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第31話.初めての友達

 社交パーティーに初めて参加したのは12歳の頃だった。


 おしゃべりを楽しんでいる私よりずっと年上の女の人たち。

 戸惑う私に声を掛けてくる私よりずっと年上の男の人たち。


 辺りを見渡しても私と同世代と思しき子はおらず、華やかな世界に恐怖を覚えた私は、部屋の外にあるベンチに腰掛けてお菓子をかじっていた。


 いっぱいお話して友達を作ってるんだよ、とお父様に笑顔で送り出されてまかせてと答えたけど、まさか参加者が全員年上だなんて思ってもいなかった。


 お父様は期待に応えたら優しくしてくれるけど、期待に応えられなかったら厳しくしてくる。


 ……どうしよう、なんとか友達を作らなきゃ。


 焦りで額にじわりと汗が滲む。

 しかし、足はすくんで動いてくれない。


 ……どうやってあんなにも大人びた人たちと友達になれというのだろうか。

 私は伯爵令嬢ではある。けど、まだ12歳だ。まともに相手にしてもらえるはずがなかった。


『うぅ……』


 涙が出そうになる。私の代わりにプラリネが参加すれば良かったのに、なんて最低な考えさえ過ってしまう。


『どこか痛いの?』


 不意に優しげな声がした。


 顔をあげる。

 目の前に、紫紺の長い髪を夜風に棚引かせる綺麗な女の子がいた。

 女性ではなく、女の子だった。


『……何歳ですか?』

『え、私? 14だけど』

『同い年の子いたよぉぉ!』

『ちょ、急に泣き出してどうしたのよ!?』


 感極まって感情を爆発させる私の背中を女の子はそっと撫でてくれる。長い髪からラベンダーの良いにおいがした。


『少しは落ちついた?』

『うん……ずびっ、ありがとうお姉さん』

『どういたしまして。……ところで貴女、ロミリア・ライベルって名前だったりする?』

『え、そうだけど……』


 どうして私のことを知っているんだろう。

 困惑する私に、女の子はぱぁ~と笑顔を咲かせて抱きついてきた。


『良かったぁ~。危うく帰っちゃうところだったわ。私はね、今日貴女と会うために社交パーティーに参加したのよ』

『私に会うために?』

『そ。年が近い子が社交パーティーに初めて参加するから仲良くなってきなさいってお父様に送り出されて来たの』

『私とおんなじだ……』


 女の子は、得意げに胸に手を添えて言った。


『自己紹介が遅れてしまったわね。

 私はシクリー・シュナイゼ。貴女のお友達志望よ』

『私のお友達志望……』


 言葉をうまく咀嚼できずに唖然とする私の手を掴み、女の子は――シクリーは笑顔を輝かせた。


『真ん中のテーブルにね、美味しいケーキと紅茶があるの。一緒に食べましょう』

『っ! うん!』


 こうして私とシクリーのつながりが生まれた。


 それから頻繁に遊ぶようになり、私は初めて友達から誕生日プレゼントをもらった。初めて友達と夜を明かした。初めて友達と服を買いに行った。


 いくつもの初めてを私はシクリーと積み上げた。どんな時でも自信たっぷりに私の手を引いてくれるシクリーは姉のような存在だった。

 大切な存在だった。



「ロミリア、準備はいいか?」



 記憶の旅から今に戻る。


 クロフォードの声に、おもむろに目を開く。

 私は覚悟を決めて言った。


「えぇ行きましょう」


 目指すは伯爵邸。

 きっとそこに、彼女はいる。



 ◇◆◇



 シュナイゼ家は、兼ねてより出世を図っていた。


 しかし、生まれてくる子は女ばかりで戦果による出世は見込めず、そんな中で彼らが可能性を見出したのが魔道具だった。


 元よりシュナイゼ家はアクセサリーに一家言ある名家である。

 それらに魔術刻印を刻み込む工程は難航を極めたが、〝協力者〟の助力もあって、いくつもの呪いの魔道具の開発に成功した。


 そうした下準備の後、彼らが目をつけたのがライバル伯爵家だった。


 この一族は、代々17の魔法式典で大魔法を発動することをもって息子娘に正式な権威を与えている。加えて幸運だったのは、シュナイゼ家はライバル家と親戚の関係にあり、第二継承権を保持していたことだ。


 つまり、息子娘が生まれなかった場合は図らずも娘であるシクリーが伯爵令嬢となる。

 しかし、その期待に反し伯爵家には娘がふたりいた。なにもせず伯爵令嬢となる道は絶たれていた。


 そこでシュナイゼ家は、娘のシクリーをその娘に接近させ、魔道具を装着させる案を立てた。


 魔法が使えなくなる指輪をシクリーからライバル家の長女の娘に手渡し、魔法を使えない状態にする。次に次女に手渡し、魔法を使えない状態にする。

 すればシクリーにお鉢がまわってくるという計画である。


「シクリー、お前は大魔法が使えるのか?」

「はい、会得しております」


 かくしてその計画は、まもなく実現しようとしていた。


「【伝統の光(ララ・ミーテ)】」


 シクリーの声に合わせて魔法陣が展開され、光の柱が顕現する。

 それを目にした伯爵と伯爵夫人はパチパチと手を叩いた。


「見事だ。万一、プラリネが3日以内に大魔法を発動できなかった場合はシクリーを正式に伯爵令嬢とする」

「不躾ながら申し上げますが、3日待ってもプラリネが大魔法を使えることはないかと思います」


 伯爵の片眉が釣り上がる。


「なにを根拠にそう言っておる?」

「伯爵様も存じているかと思いますが、プラリネは先日まで問題なく大魔法を使うことができていました。ですが、突然大魔法が使えなくなりました。大魔法どころか魔法もです。なぜだと思いますか?」

「もったいぶってないで教えなさい」


 伯爵夫人が急かしてくる。

 シクリーは口端を歪め、洗脳魔法を発動させた。


「〝魔法欠乏症〟にかかったからです」


 それは、ごく一部の貴族がかかると言われている原因不明の病である。

 なにか原因があるわけでもないのに魔法が突然使えなくなるこの病は、かかってしまったら最期、魔法を諦めるしかないと言われている。


「そうか。なら待ってもしょうがないな」


 虚ろな瞳をして伯爵がつぶやく。


 洗脳完了だ。彼らは娘が魔法欠乏症にかかって魔法が使えなくなったと信じ込んでいる。


「魔法式典が二度も失敗に終わり、民草は強い不安に駆られているはずです。今すぐに私を伯爵令嬢にする式典をあげませんか?」

「そうだな。そうしよう」


 その言葉を耳にし、シクリーは目頭を熱くする。


 長い計画だった。ロミリアとプラリネと親睦を深めて、呪いの指輪をはめさせて、彼らが17歳になるまで待ち続けて。


 気づけばもう22歳だ。膨大な時間が流れてしまったけど、これでようやく両親から愛を注いでもらうことができる。欲しかったものを手に入れることができる。


 ……だというのにどうしてだろう。

 胸の奥がちくりと痛みつづけている。


「待ちなさい!」


 シクリーの背中に、聞こえるはずのない声が叩きつけられる。


 振り返る。

 ロミリアと、クロフォードと、ラムルスがいた。


 シクリーはげんなりを息をついた。


「面倒ね」


 ぽきぽきと首を鳴らし、ロミリアに訊ねる。


「どうして侯爵が生きているのかしら」


 ロミリアの顔が悲痛に歪む。

 その表情を見ても、シクリーは特になにも感じなかった。

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