第30話.魔法式典
「調査の末、魔道具の流通元がシュナイゼ子爵家であることを特定しました」
朝食の直前、屋敷に帰還したロッタンが片膝をついてクロフォードに報告する。
「そうか」
今ひとつ感情の読み取れない表情で返事をするクロフォードは、血色のいい顔つきをしている。
私の魔法で病を癒せたことにほっとする。私にできるのはそれだけなので、寝たきりの生活で損なわれてしまった筋力はこれから食事や運動で取り戻していくしかないだろう。戦場に召集されるタイミングが、病に侵された後ではなく、病に侵される前であることは不幸中の幸いと言えた。
クロフォードがちらと私に視線を流してくる。
シュナイゼ子爵家、つまりはその名家の娘であるシクリーが友人であることはクロフォードに伝えている。
魔力を取り戻した私は魔道具の精査ができるようになった。そして、クロフォードにお守り代わりに渡したネックレスに強力な精神汚染の術式が組み込まれていることを特定した。
クロフォードの命を奪わんとしていた謎の病は、ネックレスがじわじわとクロフォードを蝕み引き起こしたものだった。
彼女が一連の事件に関与している可能性は前々から疑われていた。そしてロッタンの進言があったことで、それは可能性から確信になった。
私は頷いて言った。
「制裁を加えましょう」
指輪のついていない拳を強く握りしめ、クロフォードをまっすぐ見据える。
友達だとか、友達じゃないとか、そういった葛藤の以前に、シクリーは魔道具でたくさんの人の人生を狂わせた。
資料を読んだから知っている。正気を失って暴走した結果、駆けつけた貴族によってやむなく命を奪われた人物が大勢いるのだ。
悪は裁かなくてはならない。
たとえそれが、親友であろうとも。
「いいんだな?」
「はい、構いません」
「……わかった。なるべく穏便に事を済ませる」
「ご配慮いただきありがとうございます」
話が済んだところで、朝食に手をつける。
……ザクセンからこの問題には関与しないようにと釘を刺されている。
わかっている。シクリーと親密な間柄にあった私が下手に首を突っ込んでも事態をより混沌とさせるだけだと。クロフォードに任せきりにするのが最良の選択だと。
だけど。
「聞いてよロミィ! あのね、明日伯爵邸で催されるプラリネ様の魔法式典にわたしも参加していいんだって! ひさびさにイレーナに会えるかな~」
「……会えたらいいわね」
「ん、なんだか元気がないね? 侯爵様が元気になったのにまだなにかあるの?」
「……ううん、少し考えごとしてるだけよ」
顔を覗き込んでくるチャスシスに繕った笑みを返し、膝のうえでゴロゴロとおなかを鳴らすレーナの背中を撫でる。
友情の裏側にある真実が私を傷つけるものであることは疑いようがないだろう。呪いたいと思わせるほどのなにかをした覚えはないけど、私は呪われていたのだから。
話がしたかった。
どうして呪ったのか、ぜんぶ演技だったのか。
こわいけど知りたかった。
だって、シクリーは私のいちばん最初の友達だから。
このまま終わりなんて嫌だった。
「……魔法式典、きっとシクリーも参加するわよね」
シュナイゼ家はライバル家と昵懇の間柄にある。プラリネの17歳の誕生日を祝う式典に、子爵令嬢である彼女が参加しないということはないはずだ。
「にゃぁ?」
「ふふ、なんでもないわよ」
私の不安を察知したかのように見上げてくるレーナの背中を撫でる。
明日の魔法式典でこっそりシクリーに近づいてみよう。
私は、密かにザクセンとの約束を破る決断をした。
◇◆◇
魔法式典の開始を目前にひかえる伯爵邸の前には、貴族民間人問わず大勢の人が押しかけていた。
「どうしてみんな押し合いへし合いしてるのにわたしたちだけこんなゆとりがあるの?」
「僕が魔法を使っているからですよ。僕とプラリネ様とチャスシス嬢のまわりに見えない空気の膜を張っています。だからゆとりがあるんです」
「すっごい魔法だね! ありがとラムルス様!」
ライバル家とのつながりが浅い名家は民間人に混じっているけど、ライバル家とのつながりが深い名家は列の前のほうに集まっている。もともとライバル家の人間であり、一度主役になったことのある私は、そういった方針があることを知っている。
今、私たちがいるのはちょうど列の中間あたりだろう。シクリーがいるとしたら間違いなく最前列だ。ここからは姿を窺えない。
「ラムルス、私、妹の晴れ姿が見たいからもっと前にいくわ」
「ここでも充分じゃないですか?」
時間が無い。私はラムルスの問いかけを無視して、自分に【透明化】の魔法をかけた。ふたりには申し訳ないけど、ここからはひとりのほうがやりやすいのだ。
人波を縫って前に進む。
その途中で、屋敷から空に魔法が打ち上げられて極彩色が咲いた。
城の二階の扉が開く。お父様、お母様に続けて、城からいつも以上に豪勢なドレスを着たプラリネが姿をみせた。
観客がどっと沸く。可愛い衣装だなぁ……と見惚れるのもほどほどに、足を動かして最前列に向かう。
「皆様、本日は魔法式典にお越しいただきありがとうございます」
……見えた。
何度も見てきた紫紺の長髪。
「私の娘、プラリネは本日齢17を迎えました。伴って、正式に伯爵令嬢となる資格を得ました。これより大魔法を発動し、それをもって娘を正式に伯爵令嬢とします」
万雷の拍手が鼓膜を突く。
その時、私は確かに見た。
シクリーが手を伸ばし、指輪から黒いモヤが出ているのを。
「やめてっ!」
人目もはばからず叫んでいた。
脳裏をよぎったのは私が人生でもっとも忘れたい想い出だった。
それは、魔法式典で、大勢の人の前で魔法の発動に失敗するという、死にたくなるほどの羞恥。
喧騒は強く、私の制止の声は誰にも届かず、プラリネは大魔法の発動をはじめる。
浮かび上がる特大の魔法陣。
すっと正面に手を伸ばし、彼女は告げる。
「【伝統の光】
魔法陣が輝きを放つ。
「あぁ……」
果たして、その輝きがシクリーの指輪に吸い込まれている光景が目に焼きついている人物がどれだけいただろうか。
魔法陣が輝いた後に、天を衝かんばかりの光の柱が立つ。
誰もがこの魔法を知っている。
知っているからこそ、その先が続かないことが失敗を意味すると理解していた。
「おい、なにをしているプラリネ!」
「す、すいません……! 【伝統の光】!」
再度、プラリネは魔法を発動する。
失敗に終わる。
もう一度、涙目でプラリネは詠唱する。
魔法は彼女の呼ぶ声に応えない。
「ふっ、お恥ずかしいこと」
観客が静まり返る中、ボソッと毒づく声がした。
シクリーが肩を小さく肩を揺らしていた。
お父様がプラリネを手の甲で叩いた。
シクリーの笑い声が強くなった。
私の中のなにかがぶつんと音を立てて切れた。
私は手を伸ばし、魔法陣を展開させる。
「なにしてるんですか!」
手首を力強く掴まれる。ラムルスが切迫した形相で私を見つめていた。
さすがだ、私が使っている【透明化】はかなりの精度を誇るのが、彼には通じないようだ。
「離してください」
「離しません。……あの女を今ここで討っても、一時の感情が満たされるだけです。ロミリア様は、あの女にちゃんと償ってもらいたいのでしょう?」
「……だけど」
少し冷静になって顔をあげる。
プラリネが子どものように泣いている。そんなプラリネに集まった人々は失望に塗れた視線を向けている。またか、と呆れてため息をついている。
私は、シクリーの背中をきっと睨みつけた。
「絶対に許さない」
プラリネを続けて打とうとするお父様に拘束魔法をかける。それに気づき、シクリーがこちらを振り返るが、【透明化】を使っている私に彼女は気づかない。
「私の大切な妹に恥をかかせた罪はちゃんと償ってもらうわよ」
沸々と怒りが燃えている。
私は、シクリーの計画を完膚なきまでに叩き潰す決意をした。




