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第3話.元使用人の侯爵夫人

「いやはや、ご令嬢があの獅子王様と婚約することになろうとはな」

「これからライバル家の益々の発展が見込めますな」


 クロフォードとプラリネの婚約式を目前にひかえる伯爵邸の大広間には、ライバル家と懇意にある貴族が大勢集まっている。


 今でこそ子爵に突っつかれるほどに権威が下がりつつあるライバル家であるが、過去を振り返れば公爵まで登りつめた実績を持つ名家である。

 

 先の戦争で武勲を上げ、侯爵の爵位を授与されたクロフォードは若く勇ましく、これから昇格していく見込みが大いにある。

 貴族の多くは、近い将来、ライベル家がふたたびラクセルの頂点に君臨すると期待し、此度の結婚式に足を運んでいた。


 そんな輝かしい未来を想像しおしゃべりを弾ませる弛緩した空気の中に、幾許かの切迫した空気が混じっている。

 伯爵邸に仕える使用人たちの息遣いだ。


 走ると早歩きの中間の速度で大広間を駆けまわっていたチャスシスは、イレーナに近づき情報を共有する。


「どう? ロミィ見つかった?」

「い~や、どこにもいねぇ。あの目立つピンク髪を見落とすとは思えねぇし」


 イレーナはちらと豪勢な料理に目をやってため息をつく。


「どこ行っちまったんだよ。ロミィがいなきゃせっかくうまいもんが並んでるのに食えねえじゃねぇか……」


 イレーナの毒づきを朧げに聞きつつ、チャスシスは身を翻してふたたびロミリアの捜索にあたる。


(まさかお城から出てっちゃったわけじゃないよね?)


 嫌な予感にチャスシスは奥歯を噛み締める。


『ロミリアです。……ただのロミリアです。よろしくお願いします』


 そう彼女が生気の枯渇した顔であいさつしてきたのは、3年前のことだ。


 伯爵令嬢候補である彼女が自分と同じ使用人となり、ルームになるとメイド長から説明されたときは、卒倒しそうなほどに驚いた。


 はじめは誰もがロミリアとの距離を測りかねていた。チャスシスもそのひとりだった。


 そんな気まずい日々がしばらく続いたある日のこと。


 使用人のひとりが掃除中に大広間にある花瓶を割ってしまった。

 それは伯爵夫人がいたく気に入っている花瓶だった。その使用人は顔を真っ青にし、声にならない声を漏らしていた。


 さらに運の悪いことに、そのタイミングで伯爵夫人が大広間を通りかかった。

 伯爵夫人はすぐに花瓶が割れていることに気づき、軽い癇癪を起こして使用人を睨みつけた。


 そのあいだに割って入る使用人がいた。


 ロミリアだった。


『彼女は私の足に躓き花瓶を割りました。罰するなら私を罰していただけませんか、夫人様』


 伯爵夫人は顔を真っ赤にし、ロミリアの髪を鷲掴みにして大広間を去っていった。赤いカーペットの上で、きらきらと桃色が輝いていたのを鮮明に覚えている。


 チャスシスがふたたびロミリアの姿を目にしたのは、とっぷりと日が暮れて、就寝の準備をしていた夜のことだった。


 キィと扉が開いた。


『……ただいま』


 絶句した。


 彼女の綺麗な身体にはいくつも青紫色の痣が浮かんでいた。唇には血が滴った跡があった。艶やかな髪がボサボサになっていた。


 唖然としてなにも言えないチャスシスに、ロミリアは力なく笑って言った。


『私はなんのために生まれてきたのでしょうね』


 膝から力なく崩れ落ち、壊れたように笑いはじめる。


 その瞬間、チャスシスの中から〝元伯爵令嬢候補〟というロミリアの肩書きが消失した。

 チャスシスはロミリアを精いっぱい抱き締めて言った。


『今日までよく生きてきたね。大丈夫だよ、ロミリア――いいや、ロミィ。わたしは、あなたと出会えてよかったって思えてるよ。ごめんね、これまで全然話しかけられなくて』


 背中をそっと摩る。

 ロミリアは瞳に涙をじわりと滲ませ、幼子のように声をあげて泣いた。チャスシスも、これまでロミリアの肩書きだけを見て距離を置いていた罪悪感に涙を流した。


 翌日からロミリアの世界は一転した。

 使用人が積極的に彼女に話しかけるようになったのだ。


 戸惑いの顔が、少しずつ笑顔に変わっていた。笑顔は底知れず輝きを増していった。その明るさに誰もが救われるようになった。


 使用人の誰もが、ロミリアを友人として想うようになった。


 だからこそ、使用人たちはそろって大慌てしている。

 彼女たちにとってプラリネの婚約式は二の次で、大切な友人がいなくなってしまったことのほうが大きな問題だったから。



 ◇◆◇



「おい、侯爵殿はまだか。婚約式がはじまる5分前だぞ」

「まだ5分もあるじゃないの。貴方もプラリネのように落ちつきなさい」


 焦りを募らせる伯爵と伯爵夫人に挟まれる形で椅子に腰かけているプラリネは、じっと一点を見つめている。その焦点は大広間の中央に絞られていた。


 やがて、ふっと魔力の気配がかすかに漂った。


 プラリネは頬をゆるめる。

 そして、ボソッとつぶやいた。


「貴方に託してよかったわ」


 数瞬後、大広間の中央に大きな魔法陣が出現した。


 ややあって姿をみせたのは、クロフォードとラムルス。そして、ウェディングドレスに身を包み、クロフォードの腕に抱きつき挙動不審な動きをするロミリアだった。


「ロミィ!?」


 と、大広間全体に響いた頓狂な声の主はチャスシスだ。


 会場が騒然とする中、伯爵が先陣を切って物腰低くクロフォードに訊ねる。


「こ、侯爵殿、ようこそおいでなさいました。不躾ながらお訊ねいたしますが、その女性の方はどちら様でございますか?」

「ふっ、面白いことを言うではないか。この麗しき令嬢は其方の娘だろう?」

「な、なぜそのことを……!?」


 伯爵は、ロミリアは幼くして流行り病で命を落としたと公表している。ロミリアが使用人として伯爵邸に仕えていることを知るのは、この宮廷で暮らすごくわずかだけなのだ。デランジェ子爵がロミリアを妻に抜擢したのもまったくの偶然なのである。


「伯爵殿、俺はかねてより伝えていたはずだぞ。伯爵家の令嬢と再婚する、と。俺を騙したのか?」


 獅子の如き形相で凄まれた伯爵はがたがたと身体を震わせる。


「だ、騙してなどおりません! ライベル家の伯爵令嬢はプラリネでございます!」

「それは重々承知している」


 クロフォードの視線は依然として伯爵に注がれたままである。


「俺は、どうして令嬢がふたりいるのに片方を紹介しなかったと聞いている。ライバル家は齢17の魔法式典での大魔法の発動をもって正式な伯爵令嬢となると聞いている。プラリネ嬢がその式典に出席するのは3か月後だ。となれば今はまだ、この家系に正式な伯爵令嬢はいないはずだろう? なのにどうして、伯爵令嬢候補をひとりしか紹介しなかった。理由を述べよ、伯爵殿」

「……そ、それは」


 目を逸らす伯爵に、クロフォードは口端をかすかに釣り上げて告げた。


「魔法の才能に恵まれていないから血縁関係を断った、だろう?」

「っ!」

「は、くだらんな。魔法の才に恵まれずとも、美しさと器量さえ備えていれば文句は言わん」


 クロフォードは力強くロミリアの剥き出しの肩を抱き寄せる。ロミリアはあわあわと唇を震わせていた。


「ゆえに伯爵殿、プラリネ嬢と再婚する話は破棄させてもらう。俺はこの伯爵令嬢候補だった使用人の娘に惹かれてしまったからな」


 高慢に言葉を続け、クロフォードはロミリアの額に口づけした。

 そして、伯爵に鷹のように鋭い視線を突き刺して問いかける。


「異論はないな?」

「……は、はい」


 こくこく頷き、伯爵はすとんと膝から崩れ落ちる。


「決まりだな。今日からこの女を――ロミリアを俺の妻とする」


 こうして、クロフォード侯爵の再婚相手に、伯爵邸の使用人であるロミリアが抜擢されたのだった。


 誰もが事態を呑み込めず呆然とする中、プラリネだけはニコニコしながらロミリアを見つめていた。


(はぁ~、お姉様かっわいぃ~♡ 好き♡ 大好き♡ 結婚したい♡)


 この突然の出来事が、才色兼備、だけども超がつくほどのシスコンであるプラリネの思惑であることは、クロフォードのみぞ知る裏事情である。

 すべては、プラリネが計悪した通りに進んでいた。

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