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第29話.優しい魔法

 クロフォードは魔法を嫌っている。


 父親は微弱な炎魔法しか使えず、母親はかすかばかりの魔力も持たず。

 そんな両親から生まれたクロフォードが魔法の才に恵まれないことは想定の範疇であり、それゆえクロフォードは失望されることもなく愛を注がれて成長した。


 自分が下級貴族の息子であるという認識が芽生えはじめた頃、両親がまわりの人々から悪く言われていることを知った。どうやらクロフォードが魔法を使えないことに皆は呆れているようだった。


『魔法を使えないぼくは要らない子ですか?』


 そう無邪気に訊ねたとき、今にも泣き出しそうな母親がきつく抱擁してきたことをよく覚えている。

 母親はしきりに「ごめんね、ごめんね……」と涙混じりにつぶやいていた。


 母親に才能と呼べるものがない一方で、父親は剣術に長けていた。

 幼い頃から稽古をつけてもらっていたクロフォードは、元より備わっていた剣術の才も相俟って齢13にして、父親から一本を取ることに成功した。


『サディエ家に代々伝わるこの宝剣は、その時代でもっとも強い人物が所有権を持つことになっている。クロフォード、この剣は今日からお前のものだ』


 父親から〝祝福殺し〟を継承し、クロフォードはぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。これからこの剣でふたりに恩返ししていくんだと幼いながらに決意を固めた。


 その翌年に両親が他界した。


 父親は戦で命を落とした。

 母親は魔法災害に巻き込まれて亡くなった。


 ふたりとも魔法によって命を奪われた。


 葬儀の後、クロフォードは薄雲のかかった空を睨みつけて誓った。

 魔法には絶対に屈してたまるか、と。魔法が無くても、王国の人々を幸せにするというふたりの悲願は叶えられると証明してみせる、と。


 かくしてクロフォードは己が剣技のみで侯爵の地位まで登りつめ、魔法がなくとも権力を握れることを証明した。

 もっとも、誰もクロフォードが魔法を使えないことに気づいていなかったが。


 プラリネから相談事をされたのは、サーシャと離婚してから2カ月が過ぎた社交パーティーでのことだった。


『お姉様と結婚してほしいの』


 てっきりプラリネから求婚されると思っていたクロフォードは、予想外の展開に面食らってしまった。


 それからプラリネから事情を聞いた。


 自分には姉がいて、もともとは伯爵令嬢候補であったけど今は使用人であること。

 なんとかして姉を救いたいと思っているけど、今の自分にはその術が見つけられないということ。

 もう、姉の苦しむ姿を見るのは懲り懲りだということ。


『そのロミリアという姉は、どうして使用人に成り下がったんだ?』

『魔法が使えないからです』


 今にして思えば、その言葉がすべてのはじまりだったのだろう。


 魔法が使えないから不幸になる。

 それはクロフォードがこの世でもっとも認めたくない公式だった。


 それから社交パーティーに参加してはプラリネと密かにロミリアを救出する計画を立てた。

 いきなり使用人を嫁がせるのは無理があるのではないかと問うと、噂の獅子王ならそれくらいしてもおかしくないと返されて、クロフォードは主観と客観の相違に苦笑した。だけど、その相違はうまくいかせそうだなと思った。


 そして、計画は遂行された。


 プラリネとの婚約を破棄しロミリアを強引に嫁がせる。その目標を達成するにあたり、クロフォードはロミリアを探す必要があった。けれども……


『すまない』

『ひいっ……!』


『忙しい中申し訳ない』

『あ、ごごごめんなさい!』


 使用人に話しかけてもことごとく怯えて逃げてしまう。


 どうしたものか。


 ため息をついて曲がり角を折れたとき、ひとりの女性がぶつかって倒れた。

 ピンクの髪に綺麗な金の瞳を携える、優しく賢そうな女性だった。


『すいません! ほんとうにすいません! どうか命だけは!』


 その所作にクロフォードは目を疑っていた。尻尾を巻いて逃げたりせず、目を見てしっかり自分と話している。

 それはクロフォードから損なわれたはずのあたりまえだった。


 そして、婚約するロミリアという女性が彼女ならいいな、なんて思いつつ遅れてやってきたラムルスに魔法でのロミリアなる女性の特定を依頼したクロフォードは、先ほどの女性こそがロミリアであると伝えられて目を見張ったのだった。


 魔法を使えないが、いくつもの才能に恵まれたロミリア。

 クロフォードが支えずとも、彼女には幸せに到達する素質が秘められていた。


「……すまないな、ロミリア」


 彼女と出逢えて幸せだった。この2カ月は、これまで生きてきた24年に匹敵するほどに充実した時間だった。


 まぶたが重たい。心臓の鼓動が少しずつ弱くなっている。


 直に命を落とす。

 そう直感しつつも安らかな気持ちでいると、


「【超回復ミラヒーリング】」


 ロミリアの声だ。

 幻聴かと思いつつ目を開ける。


「え?」


 目を疑った。

 そこにはロミリアがいて、伸ばされた両手から魔法陣が浮かび上がっていたのだ。


「待っててクロフォード。すぐ楽にするからね」


 全身が優しい光に包まれている。


 これまで何度もクロフォードは回復魔法を受けてきた。


 だからこそすぐにわかった。

 ロミリアの回復魔法は、ほかの者が使う回復魔法とはものが違った。


 ロミリアが瞳を閉じてさらに魔法に集中する。全体を蝕んでいた倦怠感が消失し、身体がどんどん軽くなっていく。


「……うん、大丈夫そうね」


 満足げに頷くと、ロミリアはクロフォードの首にぶら下がってるネックレスを引きちぎり、ふんわりとクロフォードに唇を押し当てた。


「どう? もうおかしなところはない?」

「あぁないが……どうして魔法が使えるんだ?」

「これまで呪いがかかってたみたいなの。けど、それが解けたから魔法を使えるようになったの」


 呪いがかかっていた。

 はじめて耳にする情報だった。


「……クロフォードは魔法が使える私は嫌い?」


 上目遣いに訊ねてくる。


 どうして話してくれなかったんだろう、と寂しさが込み上げる。けれどもすぐに、ロミリアは自分を気遣ってそのことを隠していたのだろうと背景を理解する。

 自分は魔法を使えない。明かしても不安を煽るだけだから明かさなかった。

 秘め事の裏側にはきっと優しさが佇んでいるのだと信じ、クロフォードは黒い感情を鎮める。そして微笑みかけた。



「いいや、魔法が使えるロミリアも好きだ」


 クロフォードは魔法が嫌いだ。

 けれど、ぜんぶがぜんぶ嫌いなわけではなかった。


 クロフォードは、夜闇を儚く照らす父親の炎魔法が好きだった。

 心をあたためる優しい魔法が好きだった。


 ロミリアの回復魔法は、膨大で、圧倒的で。

 そして、これまで施されたどの回復魔法よりもあたたかく優しかった。


 クロフォードは身体を起こし、身体を小さく震わせるロミリアを抱き寄せた。


「ただいまロミリア。不安な思いをさせてすまなかった」

「……ほんと、すっごく心配したんですからね」


 柔らかく毒づき、ロミリアは抱きつく力を強めてくる。


 一度は諦めかけたその温もりを、クロフォードは心ゆくまで堪能した。

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