第28話.目覚め
まだ私が魔法を使えた頃、プラリネが高熱に侵されて寝込んだことがあった。
お父様とお母様は、連日腕利きの医者を呼んでいたけど、プラリネの病状は日に日に悪化の一途をたどった。
私は朝から晩までプラリネの手を握り、治って治ってと涙混じりに祈りつづけた。大切な妹を失いたくなかった。
そのために、私は微力ながらもプラリネに魔力を注ぎつづけた。少しでもプラリネの苦しみが和らぐようにと絶えず魔力を流した。
そうして、4日休まず魔力を練りつづけた朝にプラリネの体調は回復した。
私は安堵の涙を流してプラリネに抱きついた。医者は信じられないと目を疑っていた。両親は奇蹟が起きたと涙を流していた。
――その日からだ。私が魔法を完全に使えなくなったのは。
後悔はなかった。
パッとしない私の魔法で妹を救うことができたのなら万々歳だ。翻って魔法の才能をむくむくと開花させる妹を見ながら、私は誇らしい気持ちになっていた。
「……お願いします」
懐かしい過去から意識を今に戻す。
私は痩せ細ったクロフォードの手を両手で包み、額に押し当てて祈る。
「私が捧げられるものならなんでも救えます。どうかクロフォードを救ってください」
クロフォードは目が落ちくぼんでしまうほどに衰弱していた。
ラムルスは魔法を使っている。回復魔法に長けた魔法使いも何人に召集している。けれども、クロフォードの病が癒えることはなかった。
あの頃、私には微力ながらも送れる魔力があった。だけど今は、それすらもない。温もりしか届けられるものがない。
祈ったところで、なにも変わらないことはわかっている。
だってそうだろう。もし願えば叶うというのなら、私は両親からあんなにも暴行を受けなかったはずだ。
神様なんて信じていない。私はぜんぶ実力で勝ち取ってきた。クロフォードに嫁ぐことになった理由はいまだにわからないけど、これも運などではなく、私の人徳や付き合いが功をもたらした結果に過ぎないだろう。
……そう、わかっているけど。
「お願いだから……」
屋敷の外に出る。
圧雲からは滝のような雨が降り注ぎ、突風が吹き荒れていた。
今日は不要な外出は控えるようにと前もって注意喚起があったからか、街を歩く人はほとんどいない。
時折すれ違う人は、傘もささずにおぼつかない足取りで歩く私を見てはぎょっと目を剥いている。
……あ、お出かけコーデに着替えてないや。
ま、いいか。
この雨なら誰も私が侯爵夫人だなんて気づかないだろうし。
やがてたどりついたのは、毎日通っている教会だった。悪天候だからか、いつもお祈りしているご老公は今日は欠席のようだった。
雨を含んだ服の感触が気持ち悪い。ぜんぜん寝ていないから吐き気がする。
私は崩れ落ちるように膝をつき、そして額を床に押し当てた。
「助けてください……」
ゴロゴロと雷が落ちる音がする。
まるで都合よく頼ってくる私を神様が跳ねのけているようだ。
それでも私は祈る。
無力な私に唯一できる信仰という道に逃げる。
「どうか、クロフォードを助けてください……」
「わかった。その頼み、大司教が引き受けよう」
懐かしい声がした。ここ2週間、聞きたくてたまらなかった声。
振り返る。
すぐ目の前にザクセンの顔があった。
「んっ……」
唇と唇が重なる。
私の両頬を優しく包み、ついばむようなキスをしてくる。
夢ではないかと思った。しかし、夢ではないようだった。遠ざかるどころか鮮明になる意識が私にこの瞬間が現実であることを教えてくれた。
ザクセンの顔が離れる。
「【炎よ、咲け《バーニン》】」
私の目の前で青い炎が燃え上がる。……あたたかい。
ザクセンは、いつの間にか用意したタオルで私の頭をわしわしと拭いて、にこりと微笑んだ。
「どう? 体調は良くなった?」
「……うん。良くなったけど」
「なら良かった。あまりにロミィの顔色が悪いものだからつい乱暴な治療をしてしまったよ。今の口づけはノーカウントにしてくれる?」
いたずらっぽく片目を閉じ、唇に人差し指を当てている。
「……ぁあ」
声にならない声を漏らし、私はザクセンを服を掴んで頭を押し当てた。
「やっと帰ってきたよぉぉ!」
「ごめんね、待たせて。話の断片しか聞いていないけど、あいつに……んんっ、侯爵になにかあったの?」
「うん。誰にも治せない病にかかって……。日に日に弱っていくのに私はなにもできなくて……!」
「なるほど。……ちょうどいいな。ロミィ、少し話を聞いてくれる?」
私の両肩に手を置き、ザクセンが真剣なまなざしを注いでくる。
私はずびっと鼻をすすり、こくりと頷いた。
「落ちついて聞いてほしい。ロミィが魔力を使えない原因を突き止めた」
「えっ、ほんと!?」
「うん、本当。けど、ロミィにとっては悲しい決断をさせることになる」
そう言って、ザクセンは私が右手にはめている指輪を指差した。
「それがすべての元凶だ」
「え?」
そこに嵌まっているのは親友との友情の証だ。
「一見すればただのアクセサリーだけど、それは身につけている人物から魔力を吸い上げ封印する魔道具だ。いいや、魔道具なんて言い方じゃ生ぬるいな。
――そいつは呪物だ」
「……そんなはずないわ」
指輪を握り、一歩うしろに後ずさる。
だってこれは、シクリーから誕生日にもらった指輪だ。私を護るからねと言って贈ってくれたお守りだ。
「事実だ。ロミィ、現実を受け止めるんだ」
「嫌だ! ……だってこれは、私が人生で初めてもらった誕生日プレゼントなのよ? シクリーとの『友情の証』なのよ?」
「大方そう言えば優しいロミィが肌身離さず身に着けてくれると彼女は思ったんだろうね」
ザクセンはやれやれとばかりに肩をすくめ、背後に魔法陣を展開させる。
「どうする? 自分で外すのが嫌なら僕が無理やり外してあげるよ?」
「……外したくないわ」
「じゃあ侯爵を失ってもいいんだね?」
「っ……!」
ザクセンが嘘を言っていないことはわかる。認めたくないけど、ぜんぶ本当なのだろう。
シクリーは、私の敵だったのだ。
「……」
片時も離したことのない宝物だった。お揃いの指輪を見せては笑い合った。ずっとずっと友達だと互いに言い合ってきた。
けど、そう思っていたのは、もしかしたら私だけかもしれなくて……
「……さようなら、私の親友」
私は指輪をはずした。
あっけないくらい簡単に指輪は取れた。
その直後、全身に魔力がみなぎる感覚があって私はどうしようもないほどに悲しくなった。
私は、クロフォードを救うために、大切な友達との想い出を捨てた。




