第25話.伯爵令嬢の頼み事
ツォーグ公爵が術数に陥れようとしてきた一件を経て、名誉貴族であるサディエ家は世襲貴族からよく思われていないのではないかと一抹の不安がよぎった。
しかし、それは私の考え過ぎのようで、頻繁に上流貴族が訪れてはクロフォードがいない間に困りごとがあったら頼ってほしいと笑顔を向けてきた。
「不躾ながらお訊ねしますが、なぜサディエ家を贔屓にして下さるのですか?」
「獣害に参っていることを会議で伝えたら、クロフォード様が翌日に対処にあたって下さったのです。私だけでなく、多くの方がクロフォード様にご恩を感じています。侯爵の地位にありながらも下級貴族が相手でも驕らず真摯に対応して下さるので、彼を支えたいと思っている方は大勢いますよ」
「ふふ、そうだったんですね」
愛するクロフォードが大勢に好かれていると知れてうれしくなる。
どうやらツォーグ公爵が例外のようで、それ以外の貴族とはうまくやれているようだった。
そんな風に、穏やかな日々が1週間続いた。
クロフォードが帰ってくる気配はなかった。
「ねぇラムルス、クロフォードは無事?」
「はい、無事ですよ。僕の魔法でしっかりと検知しています」
転移魔法の移動先としてマーケティングした相手なら命に別状がないかまで確認できるそうだ。大した魔法である。羨ましい。
「ならいいんだけどね」
「今日は朝からどんよりされていますが、体調が優れませんか?」
「ううん、そういうわけじゃないわ。……ちょっと寂しいだけ」
頭を撫でてもらえてうれしくなったり、突然ハグてして驚かせたり。
そんな日常がぷつりと途絶えたものだから、胸にぽっかりと穴が空いてしまっている。
どうやらクロフォードと過ごす時間は、いつの間にか私にとって必要不可欠なものとなっていたようだ。
「なら、僕が代わりになりましょうか?」
両手を広げてからかってくる。
「いい。クロフォードじゃなきゃ嫌」
「そう言ってもらえてほっとしています。先ほどライバル家のご令嬢から社交パーティーのお誘いが来ていました。明日の午後に催されるようですが参加されますか?」
「それほんと!?」
私は弾かれるように立ち上がった。
「わっ、急に元気になりましたね」
「ライバル家のご令嬢ということはプラリネからよね? 妹からよね!?」
「ちょちょ、落ちついてくださいロミリア様。そんなに近づいたらキスしちゃいますって」
「あ、ごめんなさい」
深呼吸してクールダウンする。
ラムルスはふぅと息をつき、朗らかな表情で問うてきた。
「ロミリア様は妹さんがお好きなのですか?」
「えぇ好きよ。大好き。……向こうは嫌ってるだろうけどね」
「ん、嫌われているのにお誘いの手紙が届いているんですか?」
「きっとお父様とお母様に侯爵家との関係を強固なものにするように迫られて仕方なく招待しているのよ。……そうに決まってる」
プラリネが私に良くしてくれる理由はわからないけど、裏側にはそんな事情があるのではないかと推測している。
「ほんとうにそうなのでしょうか?」
首を捻り、ラムルスは続けた。
「中身を拝見させていただきましたが、手紙には何度も文字を書いては消してを繰り返された痕跡がありました。嫌いな相手に招待を書くのでしたら、もっと雑に済ませませんか? 文字びっしりですよこの手紙」
「昔からそうなのよあの子。私に送る文章がやたらと長いの」
「……聡明な方だと思っていましたが、疎いところもあるのですね」
そう口にするラムルスは、心なしか冷ややかな目をしていた。
「なにが疎いのよ?」
「いえ。……これに関しては僕が関与するべきじゃないけど、念のため気持ちが本物か確かめておくか」
なにやらボソボソとつぶやいている。たまにこうやって根暗の片鱗を見せちゃうのがラムルスのラムルスたる所以でちょっと残念なところよね。
というわけで、私は明日プラリネが主催する社交パーティーに参加することになり、ラムルスも護衛として参加することになったのだった。
◇◆◇
懐かしの伯爵邸を前に足がすくんだ。
お父様から罵詈雑言を浴びらせられた朝が頭をよぎる。お母様から殴る蹴るの暴行を受けた夜が頭をよぎる。
サディエ家に嫁いで以降、この家に足を運ぶのは初めてのことだった。
「大丈夫ですかロミリア様」
「……えぇ平気よ」
ラムルスの前で虚勢を張り、深く息をついて虚勢を本物にする。
覚悟を決めて一歩踏み出すと、がしっと首に体重がかけられた。
「よぅロミリア侯爵夫人様。元気してたか?」
「イレーナ……」
ニッと光る八重歯を見て、胸があたたかい気持ちになる。
使用人時代の友人のひとり、イレーナは、今日も記憶と違わない赤いウルフカットをそよ風に靡かせながら、粗雑さと快活さをひけらかしている。
「貴女は変わらないわね」
「当然だろ。役職が変わろうがロミィはロミィだ。それにお前、いきなり『ロミリア様♡』とか呼ばれてあたしから距離置かれんの嫌だろ?」
「イレーナが『ロミリア様♡』って呼んでくれるなら話は変わってくるかも」
「んだとこら」
肘で脇腹を小突いてくる。
あぁ楽しいなぁ。
イレーナのおかげで、伯爵令嬢候補として過ごした嫌な記憶が、使用人として過ごした心地良い記憶に塗り替えられた。
「失礼」
と、私の手を引いて先導するイレーナにラムルスが待ったをかける。
「なんだ?」
「……いえ。頭についているラリエットがお美しいなと感じまして」
「あたりまえだろ。シクリー様があたしのためにつくってくれたものなんだからよ」
シクリー。
その名前にドキッと胸が跳ねる。
「ねぇイレーナ、シクリーはちゃんと伯爵邸に足を運んでる?」
「ん、普通に来てるぞ? 今日は所用があってパーティーに参加できないらしいけど、それがどうかしたか?」
「……ううん、なんでもないわ」
しっかり話をしたかったのになぁと少し残念な気持ちになる。こんな風にシクリーを疑って毎日を過ごすのは嫌だ。
大広間にはすでに大勢の貴族と令嬢が集まっていた。
未婚のパーティー主催者は、基本的に会場の中央に席を構えている。その法則に違わず、プラリネは相変わらずの美貌で視線を集めながら令嬢と談笑していた。
不意に金色の瞳が私を捉えた。
プラリネは話を切り上げ、たったっと忙しい足取りで迫ってくる。
「こんばんわプラリネ」
「……来てくれたの?」
「えぇ。お返事もしっかりさせてもらうわ」
手紙にはひとつ、頼みごとが綴られていた。
それは、私を伯爵令嬢候補から脱落するに至らせた決定的な出来事だ。参加すれば間違いなく苦しさが苛んでくる。
だけど私は、この子の姉だから。
「魔法式典、参加させていただきます」
妹から頼まれた以上は応える責務を背負っている。
プラリネは大きく目を見開き、つーと静かに瞳を滴らせた。私はぎょっとする。
「ど、どうしたの急に!?」
「え?」
「涙出てるわよ?」
「ぁ……えへへ、うれしくってつい」
照れくさそうにはにかんでいる。
うれしくってつい?
それって、私の参加が泣いちゃうくらいに嬉しかったってこと?
募る疑問は、涙を拭うしなやかな指に金の指輪がついていることで霧散する。
「プラリネ、結婚したの?」
「ん。……あぁ、この指輪ね。えへへ、シクリーが魔法式典での成功を祈ってプレゼントしてくれたの。お姉様とおそろい」
お姉様?
今、お姉様って呼ばなかった?
ふたたび募る疑問はともかく、プラリネが報告なしに誰かと籍を入れていないことに安堵する。まぁ報告する義務は別にないんだけど。
「ロミリア、今日は来てくれてありがとう。パーティー楽しんでいってね!」
「うん。楽しませてもらうわ」
顔見知りの令嬢とのおしゃべりで心が安らぐことは然ることながら、伯爵邸に仕える使用人が私の姿を目にしては涙混じりに言祝いできて満たされた気持ちになる。
勇気を振り絞って伯爵邸に足を運んで良かったなと思えた。




