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第24話.侯爵夫人VS公爵

 玄関に足を運ぶと、華美なる赤服に金色の刺繍がいくつも縫われ、胸元では公爵家の人間であることを意味する犬鷲のしるしを輝かせる黒髪の男がいた。


 男の意識が私に向けられる。

 私はスカートの裾を持ち上げ、恭しく頭を頭を下げた。


「ようこそおいでなさいました、ツォーグ公爵様」

「いえいえ、こちらこそ突然の訪問となってしまって申し訳ございません」


 人好きしそうな笑みをたたえ、ペコペコと頭を下げてくる。侯爵らしからぬ弱気な物腰だ。


「本日はどのようなご用件でお越しになれたのですか?」

「はい。それがですね、クロフォード侯爵に掛け合っていた土地分配の件なのですが、早急に結論を出す必要がございまして……」

「なにゆえ早急に結論を出す必要があるのですか?」


 まさか質問を重ねられるとは思っていなかったのだろう。

 取ってつけたような公爵の笑顔が一瞬だけで乖離したのを私は見逃さなかった。


「説明が不足し申し訳ございません。我々ツォーグ家は更なる発展のために新しく事業を興そうと考えておりまして、計画自体は先月に定まっているのですが、場所だけがまだ定まっていない状況なのです。ここだけの話、父に早く決めろとせっつかれてましてね」


 後頭部をさすって苦笑いしている。


 ふむ。


 この男、かなりの会話巧者だ。身振り手振りを交え、つらつらとそう言われたら、きっと誰もが話を疑うことなくその話を信じることだろう。1時間前に情報がない状態で迫られていたら、私も同情して彼の手のひらの上で転がされたに違いない。


 反撃の材料は整っている。今すぐ論破して追い返すこともできる。

 しかし、先ほど目を通した資料から推測するに、この男はこれまでクロフォードをかなり心労させたと推測できる。


「ふふ」

「なにかおかしなことでもありましたか?」

「いいえ。立ち話もなんですので、中へ入ってお話しましょう」


 人がもっとも精神に傷を負うのはどの段階か。

 それは、成功を目前に控えた高所から落下する瞬間である。


「突然の来訪にもかかわらず、ご丁寧に対応いただきありがとうございます」

「とんでもございません。マディカ、紅茶と菓子の準備を」

「は、はいっ」


 さて、この男の腐った本性を引っ張り出し、今後はクロフォードに纏わりつかないようにするとしよう。

 私の愛する夫を苦しめた対価はしっかり払っていただきますよ。



 ◇◆◇



「この紅茶すごく美味しいですね!」

「お気に召したようでなによりです。茶葉の取引先の栽培管理が徹底されているのは然ることながら、用意した使用人の腕にも目を見張るものがありますからね」

「お褒めに与り恐縮です、ロミリア様」

「ふむ、公爵夫人になってまもないと聞いていたけど、使用人と良好な関係を築いているんだね」


 マグカップを机に置き、公爵は身体を傾けて両手の指先を絡める。


 どうやら和やかな時間は終わりのようだ。

 息をつき、私は神経を研ぎ澄ませる。


「お話をする前にご確認ですが、サディエ夫人は土地分配の件についてクロフォード侯爵から話を聞いていますか?」

「えぇ、先々月ディータン子爵が事業の失敗に伴って撤退を決め、それにより北のヘーゲル高原に空き地ができた。その土地は、皇帝陛下のご意向によってツォーグ家かサディエ家に譲り渡すこととなり、どちらになるかはまだ決まっていないという話ですよね?」

「そ、その通りです……」


 驚いている。私がなにも認識しておらず、会話の主導権を握ったまま話を完結できると思っていたのだろう。


 さて、ここからどう出る。

 公爵は、沈黙を3秒ほど佇ませた後に口火を切る。


「では、サディエ家がひとつツォーグ家に借りがあることはご存知ですか?」

「もちろんです。まさしく私たちが嗜んでいるこの紅茶の原料である茶葉を栽培している事業を興すにあたり、ツォーグ家が多額の援助をしてくださったのですよね」


 にこりと笑って言い返す。

 本人は気づいていないだろうが、公爵の頬はピクピクと痙攣していた。


「その負債はすべて返していますよ」

「ん、それは認識に相違がありますね。まだ9割しか返ってきていませんよ?」


 やはりそう来たか。


 クロフォードが頭を悩ませていたのもこの部分だったのだろう。

 サディエ家はツォーグ家に全額返済している。マディカが管理する帳簿と合わせれば、その事実に間違いがないことは明白だ。


「これがその証拠です」


 しかし、ツォーグ家の管理する書類では9割しか返されていないことになっているのである。かてて加えて厄介なのが、この書類に皇帝陛下の印が押されていることである。つまり、これは不正がありつつも公式に成立している文書なのである。


「今すぐお金を用意しろなんて無茶は言いません。土地の利権を譲っていただければ一旦は充分です」

「一旦ですか。その先もあるのですか?」

「心苦しいですが、その通りです。具体的にはサディエ家が興している事業報酬の35%をツォーグ家に納めて頂くことを検討しています」

「さ、35%!?」


 ラムルスが声を荒げ、マディカが両手で口を押さえている。


 わかっている。このまま話が進んだらサディエ家は没落の一途をたどることになる。最悪の場合、末代までツォーグ家に隷属することになるだろう。


 公爵はどうだとばかりに表情に自信を覗かせている。


 この公爵はクロフォードを嫌っているのだろうか、あるいはこのやり口でこれまでも自分たちに迫ってきた貴族を潰してきたのだろうか。


 まぁなんだっていい。その狡猾なやり口も今日で終いだ。


 私は、公爵にひとつの書類を突きつけた。


「これがなにかわかりますか?」


 公爵の顔がゾッと青ざめる。


 語るに落ちるとはまさしくこのことだろう。

 私は勝ち気に微笑んでつづける。


「これは、サディエが負債を返した日の銀行の金銭レートです。不自然なグラフですよね、サディエ家がツォーグ家に負債を納める3分前に銀行が公開している金銭レートが一時的に下がって、そしてすぐに元に戻っています」

「……で、でたらめだ! そんな情報をすぐに用意できるわけがない!」

「そうですね、私ひとりでは難しかったでしょう」


 私は、取引時間と料金が記載された資料と、とある日の金銭レート変動が記された資料を叩きつける。


「しかし、マディカが取引があった日を正確に記録していて、ラムルスが情報を過去に遡行させる魔法を使うことができたから、この仕掛けを見抜くことができました」

「……どうして」


 とどめとばかりに、公にされている銀行に関する資料を叩きつける。


「あと銀行に最も投資しているのがツォーグ公爵家で、金銭レートを変える権利を有していると資料に小さな文字でわかりづらく書かれていたのですが、これは事実ですか?」

「……お、お前、ただの使用人だろ? どうしてそんなに頭が切れるんだよ!?」

「ふふ、ようやく化けの皮が剥がれましたね」


 私は、指きつねをつくって言った。


「コンコン。どうですか、侮っていた元使用人に看破されるお気分は」

「こ、この女狐め……!」

「女狐とは人聞きが悪いですね」


 頬に指を添えて、私は白々しく唸る。


「う~ん、この不正を皇帝陛下に伝えたらどうなるのでしょうね~?」

「っ! や、やめろっ」

「えぇ、やめてあげますよ」

「え、そんなすんなりやめてくれるの?」

「その代わり、負債はすべて返済されていたと改めてください。土地はサディエ家のもので、事業報酬の35%を提供するという話も全部無しです。いいですね?」


 笑顔で圧を掛ける。

 公爵は唖然としている。


「いいですね?」


 笑みを深める。

 公爵はコクコク頷いた。


「うん、物分かりがよくて助かります」


 私はすぅと目を細めて言い放った。


「次、クロフォードに悪さしたら容赦しませんから」

「っ! すいませんでした!」

「仕方ないので許してあげますよ。ひさびさに頭の運動ができて楽しかったですし」


 紅茶をすすり、マディカとラムルスににこりと笑いかける。


「か、カッコいいですロミリア様……!」

「こりゃサディエ家が公爵の爵位を授かる日も遠くないかな」


 こうして私は、クロフォードに迫る悪意をこっそりと追い払ったのだった。


「これからも仲良くしましょうね、ツォーグ公爵様」

「は、はい……」


 あと、おまけで使い勝手が良さそうな駒がひとつ手に入った。

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