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第23話.征戦

 ラクセルは、スカルト国とパルト国に挟まれながらも100年以上にわたって地位を守りつづけている。


 といっても、100年前の戦争を最後に今日まで戦争が無かったというわけではなく、2年前にパルト国との大規模な戦争が起きているし、小さな争いは頻繁に勃発している。


「今日からしばらく戦場に出ることになった」


 だから、朝食中にクロフォードからそう告げられたときもそれほど驚きはなかった。だけど、不安は募った。


「どちらに赴かれるのですか?」

「大陸西部のゲリュート高原だ。ラクセルの同盟国であるカルツォーネが追い込まれているらしく、皇帝陛下直々に戦地に向かうようにと指示された」

「そうですか……」

「案ずることはないさ」


 俯く私の頭にぽんと手を置き、クロフォードは柔らかく微笑みかけてくる。


「すぐに戻ってくる。しばらくこの屋敷を守ってくれるか?」

「……わかりました」


 深く頷き、私は胸の前で拳を握ってクロフォードを見つめ返した。


「クロフォードが戻ってくるまで私が侯爵邸の守護者となります」

「うん、心強いまっすぐなまなざしだ。刺客が襲ってきた一件もあるし、今回はラムルスを屋敷に置いていく。なにかあったら彼を頼ってくれ」

「え、ラムルスを置いていって平気なのですか?」

「あぁ、問題ないよ。なにも戦場で回復魔法を使えるのはラムルスだけじゃないし、そもそも傷を負わなければいい話だ。俺は、宝剣〝祝福殺し〟に選ばれし騎士クロフォード。この肩書きだけでは不安か?」

「……いいえ、不要な懸念でしたね」


 先日の刺客との一戦を通じて、クロフォードは噂通りの実力者であると理解している。パルト国との戦争において、敵軍の司令官である公爵を単独で討ったという話も尾ひれがついてそうなったわけではなく事実なのだろう。


 クロフォードはお昼を済ませてから侯爵邸を発つとのことだ。


 それまでまだ時間はある。私はお忍びコーデに着替え、大急ぎで屋敷を飛び出した。友達にしばらく足を運べなくなると伝えるためだ。


 大通りを走り抜け、教会の扉を開ける。すると、白髭を蓄えたひとりの老人が祈りを捧げているだけで、ほかに人の姿はなかった。


「あの、すいません」

「ん、なにかなお嬢さん?」


 今さらだけど、伊達メガネをつけて髪型を変える以外に大した変装もしていないのによく素性がバレないものだなぁと思う。


 ……けど、隣町に行ったときはすぐに正体が割れて襲われた。彼らが私を識別しているのは見た目とは異なるなにかなのだろうか。


 と、今はそんなことを考えてる場合じゃなくて。


「ザクセン……大司教様はいらっしゃいますか?」

「大司教様ならしばらく出張に出て留守にしておるよ」

「出張?」

「なんでも王国の北に住んどる辺境伯のご令嬢が未知の流行り病に侵されたらしくてのう。それを治すために北に向かわれたそうじゃ」

「そうなの」


 はて、北で流行中の病などあっただろうか。


 なにはともあれ、ザクセンが不在であるという事実は揺らがない。

 私はメモ書きを認め、机の引き出しにしまう。その際にふと違和感を覚えた。


「あれ、魔道具は?」


 ザクセンは回収した魔道具をすべてこの引き出しの中にしまっていた。しかし、今の引き出しにはひとつも魔道具が入っていなかった。


 捨ててしまったのだろうか。あるいは誰かに渡したのだろうか。


 事の真相を知る銀髪の大司教のいない教会は、しんと静まり返って廃教会のようだった。



 ◇◆◇



 昼食を済ませたのちに、クロフォードは伯爵邸を発っていた。首から下げたブレスレットが陽射しを跳ね返し、まぶしく輝いていた。


「よし、やるぞ!」


 ふんすと気合いを入れて、クロフォードの頼まれた仕事に取りかかる。


 クロフォードは午前に会議に出席し、午後は部屋にこもって作業していることが多い。

 前に具体的になにをしているのかと訊ねたときに、「簡単な事務作業だよ」と笑顔で返されたけど……


「とてつもない量ね……」


 マディカが処理している書類は主に侯爵邸の出費にのみ関わるもので、クロフォードが処理している書類は、ほかの貴族との土地分配や利権云々に関するより貴重性の高いものだった。


 クロフォードは私の智慧を評価し、書類にサインするか否かの最終決定権を委ねてくれた。この大量の書類の束はクロフォードの信頼の証だ。


「ふぅ。……やりますか」


 こうして、私の仕事の幕が開けた。


 よく理解できない部分は、マディカやラムルスに話を聞いて確認する。その上で違和感がある部分があったら、一旦は後まわしにする。


 1時間もすれば勝手がわかってきた。そして、ひとつの名家が侯爵邸を侮っていることを理解する。


「お忙しい中、恐れ入ります。来客があったので報告に参りました」


 そう使用人から報告があったのは、この見るからにこちらが不利益を被る契約をどうしたのものかと頭を悩ませているときだった。


「誰が来たの?」

「ツォーグ公爵様でございます」

「……なるほど」


 クロフォードが戦地に出向くことは当然知っていたはずだ。その上で侯爵家に押し掛けてきた。それも事前にアポなしで。


「舐められたものね」


 まぁ私は元使用人だから、格下に見られても文句は言えない。

 だけど、サディエ家に喧嘩を吹っかけておいてそのまま追い返すことはできない。


「如何されますか。クロフォード様も不在ですし、訪問を改めてもらいますか?」

「なにを言ってるのラムルス。叩くわよ」

「え?」

「魔法や剣技なら到底かなわないでしょう。しかし、談議における武器は智慧のみ。あと1時間早く足を運べば勝機があったのでしょうけど残念ね、公爵様」


 余談だけど、私は智慧比べで負けたことは一度だってない。

 さて、横着な公爵にお灸を据えるとしよう。


 

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