第22話.舞踏会
私の企画したパーティー当日がやってきた。
「この度はご招待ありがとうございます、サディエ夫人」
「とんでもございません。ハイレン夫人こそ遠方から足を運んでいただきありがとうございます。今宵はサディエ家選りすぐりのシェフが用意したディナーを心ゆくまでお楽しみください」
「ふふ、貴女は元使用人とは思えないほどに礼節を心得ていて好きよ」
そりゃ元伯爵令嬢候補ですので。
なんて反論はもちろん呑み込み、ハイレン辺境伯夫人に続けてやってきたミラード男爵夫人にあいさつする。
「ごきげんよう、ミラード夫人」
良好な関係を築く上で初対面の印象は非常に重要だ。
第一印象はどれだけ長い付き合いになろうとも変わらないと言われている。ここで好印象ならずっと好印象。ここで悪印象ならずっと悪印象。
「それでですね、その小鳥ちゃんが頭に乗っかったんですよ。それが可愛くて可愛くて!」
「ふふ、道程でそんな素敵な出来事があったのですね。想像するだけで和みます」
表情筋が痛んできても笑顔は崩せないし、肩が凝っても背筋を曲げることは許されない。
私は、クロフォードと共にラクセルを支えると誓った侯爵夫人だ。この程度で音を上げてどうする。
「サディエ夫人、会場はこちらで合っているかしら?」
「あら、クロート夫人。よくぞお越しいただきました、会場はこちらですよ。えぇと……あ、ちょっといいかしらアンリ。クロート夫人の案内を頼める?」
「承知致しました、ロミリア様」
「へぇ、サディエ夫人は使用人のこともしっかり名前で呼ぶのね」
「はい、使用人といえども大切な一個人ですので」
侯爵邸に仕える36人の使用人の名前と顔は、侯爵夫人になった初日にすべて覚えて一致させた。
マディカは「すごい記憶力ですね……」と目を丸くしていたけど、一度会話をすれば誰だって顔と名前を脳に焼きつけることができるだろう。
大切なのは関わろうとする姿勢があるかどうかだ。
またひとり、招待したご令嬢が優雅な足取りでこちらにやってくる。
「ごきげんよう」
私は、自分にできる最大限の明るさをもって声をかけた。
◇◆◇
「死んじゃう……」
「随分とお疲れだな」
「えぇ、それはもう」
ぐで~っと椅子にもたれて虚ろな目で宙を仰ぐ私を見て、クロフォードはくすっと笑う。
前髪をあげ、フォーマルスーツに身を包んだクロフォードは、いつもとは違う魅力を醸している。
髪型と服装が変わっただけで、粗雑そうだなぁ~という印象が几帳面そうだなぁ~に変わるのだから不思議なものだ。
ちなみに私はどっちのモードのクロフォードもカッコよくて好きです。
私たちは、客人の様子を一望できる二階席にいる。
眼下に目をやればみんな華やいだ顔つきをしていて、私の企画で楽しんでくれてるんだなぁと嬉しい気持ちになる。
「今日は、お忙しい中時間を割いてパーティーに参加いただきありがとうございます」
「そう畏まることはないよ。俺にしてほしいことがあったら遠慮なく言ってくれ。あらかじめ時間を割くようにと言われていればそのようにするからさ」
このにっこりと笑った顔つきをみんなにも一目見てもらいたいものだ。まぁ獅子王という仰々しいふたつ名で格の違いを見せつけるためには、この笑顔が誰にもバレていないほうが都合がいいんだろうけど。
「それでは早速、追加でお願いしようかしら」
私は席を立ち、クロフォードに手を伸ばした。
「一曲、踊ってくれる?」
「もちろんだとも」
クロフォードが私の手を取ったと同時、使用人のひとりがピアノで音色を奏ではじめる。会場の視線がすべて私とクロフォードに吸い寄せられた。
慌てず丁寧に。
音色に身をまかせて。
ミトリーとの練習を振り返りつつ、私はひとつ、またひとつとステップを踏みしめる。「おぉ……」とどよめく声がぼんやりと運ばれ、うまく魅せれていることにほっとする。
ところが、中盤に差し掛かったあたりで違和感を覚えた。
クロフォードの動きが途端にぎこちなくなったのだ。
時間が無くてぶっつけ本番を迎えたことが仇となっていた。なにが原因なのか、私にはてんで想像がつかなかった。
しかし、ここまで高い水準で踊れているのだから、最後までその完成度を維持して会場を沸かせたい。私とクロフォードの息がぴったりだってみんなに知ってほしい。
つま先を思い切り踏み鳴らす。これまではクロフォードが私をリードする形だったけど、ここからは私が彼を追い越してリードする。
驚きに目を丸くクロフォードに、私は毅然と頷いて心の中で告げた。
――大丈夫、ここからは私にまかせて。
「きれい……」
私の人生はいつだってそうだ。
最初は失敗からはじまって、そして努力でその壁を乗り越えてきた。
「あの子、侯爵夫人になってまもないのでしょう?」
絶対に失敗させやしない。
ここで成功しなければ、侯爵家の権威に関わってくる。
大きく回転する。
大胆な踏み込みをする。
魅せろ。
もっと魅せろ私……!
「なんて鬼気迫る情熱的な舞踏なの……」
証明しろ、自分が侯爵夫人に相応しい人間なんだって。
お飾りの侯爵夫人じゃないんだぞって!
永遠に感じられた、実際は3分ちょっとの舞踏が終了する。
ピアノの音色が止まると同時、会場には割れんばかりの拍手が響きわたった。
みんな目をキラキラさせている。私とクロフォードに羨望のまなざしを注いでいる。
うまくやり遂げたことにほっと胸を撫でおろす。クロフォードに言葉を掛けようと視線を投げかけると、断りなく身体をひょいとお姫様抱っこされた。
「ちょっとクロフォード、たくさんの人が見ているのに恥ずかしいですって……!」
「恥ずかしがることなんてないよ。舞うように踊るロミリアは、美しく勇敢だった」
言って、私の額に唇を押し当てると、クロフォードは顔を赤くする令嬢たちに視線を投げかけた。
「すでに存じていると思うが、この方は俺の妻のロミリア・サディエだ。皆、今日は招待に応じて足を運んでくれてありがとう。肩の力を抜いて楽しんでいってくれ」
私をお姫様抱っこしたまま、クロフォードは二階席に続く階段をのぼる。その最中でボソッと伝えてきた。
「すまない。舞踏なんて久しくしていなかったから、中盤以降の動きをさっぱり忘れてしまった。リードしてくれてありがとう。おかげで助かった」
「いえいえ、お力になれてよかったです」
そっか。私はクロフォードの役に立てたんだ。
嬉しさのあまり頬に口づけしてしまう。
クロフォードはかぁ~っと顔を赤らめ、視線を明後日に逃がした。
ふふ、お可愛いひと。




