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第20話.君はそのままがいい

「どうして魔法が使えないんだ!」


 お父様が声を荒らげ、頬を思い切り叩いてくる。


 私だって知りたい。お父様もお母様もプラリネもみんな魔法が使える。なのにどうして同じ血を分けている私だけが魔法の使うことができないのか。


 ……さては私はお父様の一夜の過ちで生まれた子なのではないだろうか。


 だとすれば、私の魔法の才が目覚めずにお父様が焦り、お母様が私を忌み嫌っていることも納得がいく。

 もしそうなら、期待に応えていない以前に、私は生まれることが望まれなかった存在ということになるから。


「話を聞いているのか!」


 私が黙りこくって思案することを無視していると誤認したお父様は、私の横腹に思い切り爪先を突き刺してきた。

 私は激しくえずいた。腹の底から焼けるような痛みが込み上げた。


 そんな私を見て良心が咎めてきたのか、その日の説教という名の虐待はそこで終わりを迎え――そして、お母様から激しく頬をぶたれて火花が散る。


「お前なんて死んでしまえばいいのよ」


 開口一番、帳簿を取ることができるようになったと報告するつもりだった。魔法は使えないけど、それ以外の分野でなら活躍できる。

 一度でいいから、私はお母様に笑って頭を撫でられたかった。


 そんな願いも虚しく、私は何度も何度も、頭を踏まれて蹴られる。お母様は執拗なまでに私の顔を傷つけようとしてくる。口のなかはとっくに血の味に染まっていた。


「……ごめんなさい」


 不意に私の唇から震え混じりの言葉が転げ出た。


 何に謝っているのだろう。自分が魔法の才能に恵まれていないことにだろうか。それとも、意図せずお父様から性的な視線を向けられていることにだろうか。


 暴行は続く。


 全身が痛い。

 胸の奥が苦しい。


 どうして私は伯爵家に生まれ落ちてしまったのだろう。

 今日を生きるのでやっとの家庭でも、そこに愛さえあれば私は構わなかった。頑張ったら頑張った分だけ褒められて、笑い合って、そんな家庭に身を置きたかった。


「……助けて」


 主よ、お願いします。

 どうかこの人生をもう一度別の形でやり直させて下さい。


「死ね売女!」


 おおよそ娘に浴びせるものとは思えない小汚い言葉で私を罵った後に、お母様は花瓶を私の頭に叩きつけようとしてきた。


 あぁ、死ぬのか。


 いやに冷静な頭で状況を分析していると、突如として現れた金髪の騎士が私を守った。獅子の家紋が縫われたマントを靡かせつつ、騎士はおもむろに振り返る。


「無事かロミリア?」


 その声を聴き、あぁこれは夢かと安堵する。

 安堵と同時、私は悪夢の底から浮上した。



 ◇◆◇



「ロミリア! ロミリア!」


 私の愛する精悍な顔立ちが、今にも泣き出しそうな歪み方をして私を揺さぶっている。


 記憶がよみがえる。私はクロフォードの部屋で隣あって彼と眠っていたのだ。

 私はクロフォードの頬をそっと撫で、幼子をあやすような声色で訊ねた。


「どうされたのですか? こわい夢でも見ましたか?」

「それは俺の台詞だ。ずっとうなされていたぞ。平気か?」


 先ほどまで見ていた悪夢は鮮明に覚えている。なにしろ頻繁に見る夢だ。忘れよう忘れようと努めているけど、なかなか忘れられずにいる。


「私はなにか言っていましたか?」

「あぁ。頻りに愛してほしい、愛されたい、とつぶやいていた。涙を滴らせながらな」


 目尻に触れる。そこには涙が滑り落ちた痕跡があり、そりゃ焦るわけだと苦笑してしまう。立場が逆なら、私もクロフォードのように焦燥に駆られていることだろう。


「ごめんなさい。心配させてしまって」

「チャスシス嬢から聞いている。ロミリアは頻繁に悪夢を見ている、と。それは誠か?」


 クロフォードに心配をかけたくなくて隠していることだった。

 チャスシスが自発的にそれを明かしたとは考えにくい。クロフォードに迫られてチャスシスが答えたのだろうか。


「えぇ、ほんとうです。嫌な記憶はなかなか拭えないものですね」

「魔道具の探索にあたっていたのも、愛されたいからか?」


 息が詰まった。


「存じ上げていたのですか?」

「あぁラムルスとマディカからすべて聞いている。隣町に向かったのは子爵家にあいさつに行くためというのは、俺が咄嗟についた嘘だ」

「……機転が利くのですね」


 誤魔化し笑いを浮かべてしまう。

 クロフォードは下唇を噛み締め、私をそっと抱き寄せてささやいた。


「もう魔道具の調査はしなくていい」

「私がへまをしてしまったからですか?」


 やめて。使えない子だって言わないで。

 

 体裁こそ保ちつつも、内側はぐっちゃぐちゃな私に、クロフォードは柔らかい声色で続ける。


「へまをしたかどうかは関係ないよ。成功していようが失敗していようが、俺はロミリアが危ないことをしていると知ったのなら止める。もう大切なものを失いたくないんだ」


 クロフォードの両親がすでに他界しているという現実が脳裏をかすめる。背中にまわれた彼の手のひらが少し震えている気がした。


「……でも」

「魔道具の調査だけが、ロミリアが国の繁栄に貢献できる道じゃない」


 まるで私の怯懦はお見通しだとばかりに、クロフォードは言葉を被せてくる。


「マディカや使用人から聞いている。帳簿が取れる。効率化できる点をすぐに見出すことができる。すぐにほかの令嬢と仲良くなることができる。ロミリアにはいくつもの才能が満ちているんだ。なにも魔道具だけに固執する必要はないよ」

「……私がうなされる件といい、私の長所といい、クロフォードはどうやって知ったのですか?」


 答えはわかりきっている。

 だけど、聞きたかった。彼の口から予想通りの言葉が欲しかった。


 クロフォードはぽりぽりと頬を掻き、笑った。


「簡単な話だ。俺がみんなに訊ねた。ロミリアのことをもっとよく知り、もっと愛したいと思ったからね」


 顔を赤らめつつも言い切り、クロフォードは私の頬を撫で、口づけしてきた。


「背伸びしなくていい。貴女は貴女にできるやり方で俺を支えてくれればいい。俺はありのままをロミリアを心から愛している」

「……ほんとうにいいの? 私は今に満足してしまって?」

「あぁ。だって貴女はもう充分頑張ったじゃないか」


 あたたかい笑顔がぼやけている。


「魔法が使えないという欠点を補うべく、ロミリアはいくつもの特技を身につけた。立派じゃないか。俺は努力家の貴女を尊敬している」

「……ぅぇぐ」


 あぁダメだ。


 ずっとずっと頑張ってきた。

 褒められたくて、愛されたくて、必死になって……


「これまで誰にも言ってもらえなかったというのなら、代わりに俺が何度でも言おう。――よく頑張った、ロミリア」

「あぁああああぁぁ!」


 頭を撫でてくれるクロフォードに抱きつき、私は子どものように泣きじゃくった。


「来月、結婚式をあげよう。そして、みんなに祝福してもらおう」

「はいっ。はい……!」


 今日まで積み上げてきた努力がすべて報われた気がした。


「大丈夫。ロミリアはすでにたくさんの人から愛されているよ」

「……はいっ」


 私は、この瞬間のために歩き続けてきたのだと生きてきた意味を見出せた。


 生きていてよかった。

 そう強く思えた。

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