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第19話.愛しのロミィ

「ひさしぶりザクセン!」


 教会の扉を開け放ち、胸の高揚のままに大声を出すと、祈りを捧げていた人たちが一斉に私を振り返った。

 ……あれ、この時間いつもは休憩中じゃなかったっけ?


「ロミリア……」


 ザクセンの手からぽとりと聖書が滑り落ちた。慌ててそれを拾いあげると、ザクセンは柔らかく微笑んで言った。


「まだお祈りは始まったばかりです。いつもの席へどうぞ」

「はい……」


 居たたまれなさに身を縮ませながら、私は最前席に腰掛けて祈りをささげる。

 その間、ザクセン目当てで教会に足を運んでいる娘さんたちが突き刺してくる鋭い視線が病み上がりの身体に沁みた。病み上がりであることは関係ないけど。


 お祈りが終われば、ザクセンの前に娘さんが群がる見慣れた光景が広がる。

 相変わらずのお友達の人気っぷりに浮き立ちつつ、足をパタパタしながら彼が自由の身になるのを待っていると、ザクセンの澄んだ声が耳に届いた。


「彼女は僕の特別な人だよ」


 耳を疑って振り返ってしまう。

 私と視線を合わせたザクセンは口端をほころばせ、それを見た娘さんがひとりふたりと半泣きになって去っていく。


「あの大司教様……」

「彼女と用事があるんだ。急ぎでなければまた今度にしてくれるかい?」

「……はい」


 最後のひとりもザクセンらしからぬ業務的な対応で追い返される。かくして教会には私とザクセンだけが残された。


 教会の扉がしまって静謐が顔を出すと同時、ザクセンはこちらに駆け出し、緊迫を孕んだ表情で私の両肩をつかんでくる。


「一昨日はどうして来なかった!? 約束しただろう、週に二度、教会に足を運ぶって!」


 どうやらザクセンは約束に厳格であるようだ。

 憤る彼を前に、私は視線を逃がしてボソッと言葉を転がす。


「ごめんなさい。……その体調が悪くて」

「体調? たかだか体調不良なら侯爵邸に仕えるラムルス卿が癒せるはずだ。なにかべつに理由があるのだろう?」


 ある。けど、部外者のザクセンに話すのは……と少し躊躇ったのちに、そういえばザクセンも魔道具暴発事件に巻き込まれていたことを思い出す。

 であれば隠す理由もないだろう。私はありのままを告げた。


「襲われたの」

「え?」

「隣町で刺客に襲われて、弓矢で肩を貫かれたの。怪我はすぐにラムルスが癒してくれたし、体調不良もすぐに治ったけど、クロフォードには危険だから屋敷にいろって言われて……今日もね、ザクセンに逢うためにこっそり屋敷を抜け出してきたの。さすがに2回連続ですっぽかすのは悪いなと思って」


 きっと屋敷は今頃大慌てだろう。

 自分が迷惑を掛けていることは自覚している。それでも、私はザクセンを優先したかった。大切な友達との約束を守りたかった。


「それは本当かい?」

「うん、すべて真実よ。隣町で刺客に襲われて――」

「そこじゃない。僕に逢うためにこっそり屋敷を抜け出してきたという部分だ」


 やけに強い語勢に少しだけ気圧されてしまう。


「……うん、それもほんとうだけど」

「そうか。……そうなんだ」


 一度目は小さく、二度目は大きく頷くザクセン。

 しばし俯いたまま無言になり、嫌われてしまっただろうかと不安に駆られていると、ザクセンは私を力強く抱き締めてきた。


「ごめんね、ロミィの事情も知らず強く当たってしまって」

「そ、それは全然いいんだけど……えと、ロミィとかハグとか、いきなりどうしたのザクセン?」

「身体接触した方が正確に効率よく相手の状態を確認できるから、ロミィが本当に無事なのか確かめているんだよ」


 私を抱き留める力が強まる。


「……うん、傷も体調も今は問題なさそうだね」

「あ、ありがとう確かめてくれて。……それで急にロミィ呼びになったのはどうして?」

「いつまでもロミリアって呼ぶのも余所余所しいかと思ってね。嫌だった?」

「う、ううん、全然嫌じゃないけど……」


 だから困っている。


 急にロミィと呼ばれた。急にハグされた。


 だというのに、私はちっとも苛立っていなかった。むしろ心地良さを感じている。

 ザクセンを、友達ではなく、異性として意識し、胸を高鳴らせてしまっている。

 私にはもう、クロフォードという愛する夫がいるのに。


 このままでいるべきか、それとも弾き返すべきか。ザクセンの友達のロミィでいるべきか、侯爵夫人のロミリアでいるべきか迷っていると、ザクセンの方から離れてくれた。表情には出さず、私はほっと安堵する。


「ねぇロミィ、今日は呪いの浄化をしたらその後はすぐにお開きでいいかな?」

「お昼は無しってこと?」

「そ。少し用事があってね」

「わかったわ」


 お昼がいっしょできないのはむしろ好都合だ。使用人の子たちを安心させるために、長い時間は屋敷を後にしていられないから。


 それから、私はこれまで通りザクセンと呪いの浄化に励んだ。

 ザクセンはやはり私の呪いが元の状態に戻っていることに頭を悩ませていた。



 ◇◆◇



 宵の縁。

 月明かりがわずかに差し込む侯爵邸の収監室で捕虜が苦悶に喘いでいた。


「【吸血ドレイン】」


 澄んだ声に合わせて、捕虜の右肩からおびただしい血液があふれだす。


「や、やめ……」

「【吸血ドレイン


 捕虜の懇願など聞こえていないとばかりに、無慈悲に魔法の詠唱は続けられる。


「【吸血ドレイン】」


 何度も。


「【吸血ドレイン】」


 何度も何度も――


 やがて捕虜は出血多量で息絶えた。


「もう死んだか。もろいなデカい図体の割に」


 銀髪の男――ザクセンはうつ伏せになった捕虜に歩み寄って脈を確認する。……脈拍は無し。完全に息絶えている。


「せっかく一連の事件の犯人を突き止める手掛かりをもらえるかもしれなかったのにやりすぎてしまったな」


 ザクセンは捕虜の躯を蹴りつけ、踵で右肩を何度も何度も踏みつける。

 額に血管を浮き上がらせ、怒りに顔をゆがめてザクセンは言った。


「誰だ僕のロミィを傷つけている奴は」


 これまで侯爵邸に侵入したことは一度もなかった。如何に自分の魔法が卓越しているとはいえ、油断は禁物だと肝に銘じていたからだ。


 そんな冷静沈着なザクセンが今回、感情のままに伯爵邸に侵入したのは、ロミリアを傷つけた相手に殺意を抱いたからにほかならない。


 大切な大切なロミリア。

 彼女を傷つけるものは滅しなければならない。


「侯爵のことは後まわしだ。まずはこちらの案件にあたろう」


 ザクセンは魔法で姿を闇にくらませる。


 翌日、侯爵邸では捕虜が殺されたと大騒ぎになったが、その犯人がザクセンであることは当然誰にも突き止められなかった。


 ザクセンが本格的に魔道具事件の調査に乗り出したことは当然誰も知らない。

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