第18話.魔法が使えずとも智慧は磨かれる
矢で貫かれた痛みはすぐにラムルスが回復魔法を使ってくれたから特に感じなかったし、体調不良も一晩眠ったらすぐに完治した。
そのため大事を取る必要はないんだけど、クロフォードの命を受けた使用人の監視が四六時中ついたため、3日間はほとんどベッドの上で過ごすこととなった。寝すぎて反って腰を痛めた。休みすぎも毒だ。
「う~ん」
ベランダに出て、快晴の空から吹きつける冷気を孕んだ朝の風を浴びる。
今日からようやく部屋の外に出ることが許可されている。しかし、屋敷の外に出ることはまだ禁じられているため、この曜日はいつもなら教会でザクセンと呪い浄化の活動に励んでいる日だけど、今日は休まざるを得ない。
私は心の中でザクセンに無断欠席することを謝罪した。
「ふわぁ~、おはよロミィ。相変わらず早起きだね」
「私も二番手よ。一番はいつもこの子だわ」
「にゃ~」
今日はレーナの肉球に顔をふみふみされて目を覚ました。今日に限らずそんな日がけっこうある。
やんちゃされてもモフモフを堪能したらすっかり溜飲が下がってしまうのだから、猫という生きものは世渡り上手だなと思う。
「レーナもおはよ。もふもふさせて~」
「にゃ~にゃ」
「ふふ」
チャスシスにどうぞと言っているみたいだ。
戯れる親友と愛猫の姿を見て、朝から微笑ましい気持ちになった。
◇◆◇
朝食後、私は侯爵家の獅子の家紋が縫われたドレスから、ずっと着たいと思っていた衣装に着替えてクロフォードの前に仁王立ちしていた。
「どうかしら?」
「うん、よく似合ってる。さすが元使用人だ」
ヘッドドレスにクラシカルスタイルのメイド服。
はじめて目にしたときから可愛いなぁと思っていた。伯爵邸の使用人が着ている服は上品さよりも動きやすさを重視しているため、可愛いとは思えなかったのだ。
上機嫌にくるくる回ってはしゃぐ私を、クロフォードはやれやれといった顔で見守ってくれる。
今日一日、使用人として過ごしたい。
そんな私のわがままをクロフォードはあっさり聞き入れてくれた。
私は意識的に上目遣いをつくってクロフォードに訊ねた。
「わたくしめが必要でございましたらいつでもお呼びくださいね?」
「……んんっ、承知した」
「ふふっ」
照れちゃって可愛いわ。
こうして、懐かしき使用人として過ごす1日が幕を開けた。
……のだけど。
「メイド長、私はなにをすればよろしいですか?」
「そ、そうですね、ロミリア様は……」
「ロミリア様ではありません。ロミリアですよ、メイド長」
「……じゃあロミリアは玄関の清掃をしてくれる?」
「かしこまりました」
ササッと玄関の掃き掃除を終わらせる。その手際の良さに、使用人の子たちが「おぉ……!」と羨望のまなざしを注いできた。
「玄関の清掃が完了いたしました。次はなにをすればよろしいでしょうか?」
「じゃあ、庭園の枝木の調整をしてくれる?」
「かしこまりました」
10分で完結した。
「次はなにをすればよろしいでしょうか?」
「……ふとんを干してもらえるかしら?」
5分で完結した。
「次はなにをすればよろしいでしょうか?」
「ちょっとタイム! ロミリア様、私なにか怒らせるようなことしましたか?」
マディカが涙目でわなわなしている。
はて、どうして私が怒っていると勘違いしているのだろうか。
「べつに怒っていませんよ?」
「ならどうしてそんな爆速で仕事片付けてくるんですか! というか、ふとん干しを5分で終わらせるってなんですか! 基本20分かかる作業ですよ!?」
「えっと、どうして20分もかかるの?」
私が投げかけた率直な疑問に、マディカはあんぐりと口を開けている。
やがてふっと息をつき、マディカはヘッドドレスをはずしてフワサァと栗色の髪を振り払った。
「私はメイド長失格ですね。これからはメイド長としてよろしくお願いします、ロミリア様」
「いや、ならないわよ!?」
それから私は、指示通り動いた上で作業効率をより上げる方法をマディカに伝えた。マディカは目から鱗とばかりに膝を打っていた。
「うん、帳簿もよく書けてるけど、ちょっと過剰すぎるかもね。情報密度が大きすぎると、反って確認が困難になるから、今後はもう少し情報を厳選しましょうか」
「ロミリア様はどうして帳簿の付け方を知っているのですか? 私はメイド長という立場だから仕事を任されていますが、ロミリア様は一介の使用人だったのでしょう?」
「その通りよ、使用人の頃は一切帳簿をつけていないわ」
これは、廃れるだけだと思っていた無駄な知識。
「まだ幼かった頃、伯爵令嬢候補としてかすかばかりの期待があったときに、なんとかお父様とお母様と褒めてもらえないかと思って私は教養を深めたの」
算術を学んだ。地形学を学んだ。魔法学を学んだ。歴史を学んだ。
魔法の才能に恵まれなかった私にも、教養は努力した分だけ裏切ることなく答えてくれた。残念ながら両親はこれっぽっちも評価してくれなかったけど、培われた智慧はこうして今も私を支えてくれている。
懐かしい記憶に思いを馳せていると、マディカが私の手を両手で包んできた。
「不躾ながらロミリア様に頼み事がございます」
「なにかしら?」
「よろしければ、帳簿をつける手伝いをしてくれませんか? その、実は私、この仕事あまり得意ではないなって感じてて……」
「いいわよ」
返事に迷いはなかった。
だってそうだろう? 私が寝る間も惜しんで学んだのについに生かす機会の訪れなかった知識が、こうして誰かの役に立つ機会に恵まれたのだから。
あれからかなり時間は流れてしまったけど、あの日々は無駄じゃなかったんだなぁとあたたかい気持ちになる。努力が報われた時の心地良さは格別だった。
「じゃあじゃあ、私にもお皿早く洗う方法教えてください!」
「あ、抜け駆けは卑怯よ! 私は武具を素早く手入れする方法を知りたいです!」
「わかったわ。私が知ってることはぜんぶみんなに教えてあげる」
使用人の子たちが歓喜の声をあげる。
私を囲み、私の手を引いてくれる。
あぁ、使用人として過ごして良かったなぁ。
伯爵令嬢候補から使用人に成り下がったときは恥だと思っていたけど、今では使用人として過ごした日々を誇りに思っている。使用人になれた運命に感謝している。
17歳の絶望に沈んでいた私に言ってやりたい。
未来はこんなにも輝きに満ちているよ、と。




