第17話.愛を知った侯爵
ラムルスからロミリアが刺客に命を狙われたと報告を受けたクロフォードは、皇帝陛下が主催する会議を途中で離席し、大急ぎで伯爵邸に戻った。
「ロミリア!」
勢いよくロミリアの部屋の扉を開く。
ビクッと肩を跳ね上げこちらを振り返ったのは、ふんわりした茶髪の少女――ロミリアの専属侍女であるチャスシスだった。
ベッドに目をやる。ロミリアは顔を赤らめ苦しげに胸を上下させている。そんな彼女をチャスシスは甲斐甲斐しく看病していた。
「こ、侯爵様? 今はまだ会議のお時間じゃないんですか?」
「会議よりもロミリアのほうが大切だ。容体はどうだ?」
「は、はいっ、微熱がありますが、ほかは問題ありません。右肩を矢で貫かれたそうですが、ラムルス様の回復魔法で完治しています」
「そうか」
深く息をついて気を鎮める。
「……驚かせてすまなかった。引き続きロミリアの看病を頼む」
「はいっ。おまかせください!」
マディカから彼女は優秀な使用人でありながら軽い回復魔法も使うことができると聞いている。寄り添うことしかできない自分よりも彼女のほうがずっと看病役に適しているだろう。
クロフォードは拳を固く握り、魔法の才に恵まれなかった己が運命を恨んだ。
ロミリアが無事であることを確認したところで、クロフォードは急ぎ足で捕虜が収監されている地下室に向かう。
「ひっ……!」
途中、すれ違う使用人が顔を恐怖にゆがめて後ずさる。
「誰が俺のロミリアを傷つけたのは……」
無理もないだろう。クロフォードの金髪は獅子の如く逆立ち、紺碧の瞳は怒りに燃えているのだから。
収監室には、捕縛された大柄の捕虜とラムルスがいた。
クロフォードはズカズカとふたりの元に歩み寄り、鞘から剣を抜いて捕虜の肩に深々と突き刺した。
「あぁぁあぁ……っ!」
苦悶に悶える捕虜をクロフォードはなにも言わず凍てつくまなざしで見つめている。
「ちょちょっ、大切な捕虜ですよ! 殺しちゃダメですってば!」
ラムルスが仲介に入り、ようやく捕虜の肩口から剣が抜き出される。剣先から滴る血液が石造りの床にいくつも赤い染みをつくった。
「言葉なく暴力を振るうだなんてクロフォード様らしくないじゃないですか。どうされたのですか?」
「本気で言ってるのか」
クロフォードに凄まれたラムルスが全身をわななかせる。
怯える部下の胸倉を掴み上げ、クロフォードはゾッとするほど冷たい声色で言う。
「事が済んだら詳細に事情を説明しろ。いいな?」
「は、はい……」
ラムルスがすとんと膝から崩れ落ちる。
クロフォードは痛みに喘ぐ捕虜に歩み寄り、右脚のふくらはぎに剣を突き刺した。
「ぐぁぁ……!」
「お前は何者だ」
剣を抜き、左脚のふくらはぎに突き刺す。
「ぐぅぁぁっ!」
「誰の刺客だ」
抜いて、刺す。
抜いて、刺す。
刺客の叫びが空気を震わせる。
血しぶきがクロフォードの全身を赤く染め上げていく。
「とっとと吐け。でないとお前を殺せないだろう」
刺客がガチガチと歯をぶつける音が響く。しかし、その硬質な音が長く続くことはなかった。泡を吐いて気絶したからだ。
クロフォードは身を翻し、剣を鞘にひっこめた。
「ラムルス、こいつの傷を癒してやれ」
「は、はいっ。……あのクロフォード様」
「なんだ」
「無礼を承知の上でお訊ねいたします。今、この男から情報を聞き出すつもりはありましたか?」
「なかったと言ったらどうする」
クロフォードは足を止めて振り返る。
「愛する妻を傷つけられた怒りのままにやり返す俺をお前は悪だと咎めるのか」
紺碧の瞳がぎろりとラムルスを睨み据える。ラムルスは片膝を地につけ、畏敬の意を示した。
「とんでもございません。尊重すべき感情であるかと」
「無駄話もほどほどにとっととそいつを癒せ。お前から事の詳細を聞かねばロミリアのもとに行けん」
「早急に済ませます」
椅子に腰かけたクロフォードは、足を組み、片手で頬杖をつき、ロムルスが回復魔法を終えるのを今か今かと待ちかねる。
――必ず一連の事件の黒幕を見つけ出しこの手で殺す。
滾る殺意がクロフォードの金髪を逆立てていた。
◇◆◇
手のひらに温もりを感じ、意識が浮上する。
重たいまぶたをおもむろに開くと、すぅすぅと寝つく精悍な顔立ちが窓から差し込んだ月光に照らし出されていた。
「クロフォード?」
私の声に、ぱちりとクロフォードが目を覚ます。
視線を合わせると、クロフォードはふっと笑み、私をそっと抱き締めてきた。
「ちょ、ど、どどどうしたのですか!?」
奥手な彼からのいきなりのハグに、私の心臓はバクバクと高鳴り、顔からは火が噴きだしそうになる。
そんな風に私が大慌てでいる一方、クロフォードは至って平常だった。
「よかった無事で」
……いや、平常というのは誤認だ。
遅れながらに気づいた。私の背中にまわされた彼の手は震えていた。
「ごめんなさい。心配させてしまって」
「本当にその通りだ。貴女まで失ってしまうんじゃないかって俺がどれだけ恐れたと思っている」
そう口にするクロフォードの瞳はかすかに潤んでいるように見えた。
……それほどまでに私を大切に想ってくれているのか。
胸があたたかくなる。愛を実感してうれしくなる。
私はネックレスをはずし、クロフォードの首につけた。
「これは?」
「親友からもらったお守りです。私にはすでに指輪というお守りがあるので、このネックレスはクロフォードに贈ります。私、お手製のものでなくて申し訳ないですが、きっとそのネックレスがどこかで貴方を救うはずです」
「そんな大切なものを俺に……ありがとうロミリア」
「どういたしまして!」
にぱっと笑って、むぎゅ~っとクロフォードに抱きつく。クロフォードはぼぶんと頭から湯気を出し、明後日に視線を流した。形勢逆転だ。
「ここ私の部屋ですよね? どうしてクロフォードがいるんですか? チャスシスは?」
「今日は俺がロミリアの侍女代わりだ。俺じゃ役者不足か?」
雨に打たれた子犬のような顔をしている。クロフォードらしからぬ自信が枯渇した表情だ。
「そんなことありませんよ。私のためにありがとうございます」
うれしくて胸に頬を擦りつけてしまう。そんな猫みたいなじゃれつきをする私を、クロフォードは優しく撫でてくれる。
「ラムルスから話は聞いている。能動的なロミリアには酷かもしれないが、しばらく屋敷の外に出るのは禁止だ」
「ラムルスからどこまで聞きましたか?」
ちゃらけた空気を一転、私は頬を引き締めて訊ねる。
クロフォードは柔らかな面持ちで応えた。
「彼と共にシュナイゼ子爵家にあいさつしに行ったのだろう? ご苦労だったね」
ほっと息を漏らす。
私がこっそり魔道具探索をしていることを明かしてしまったのではないか懸念していたが、どうやらそのことは隠してくれたみたいだ。ナイスラムルス。
その夜、私はクロフォードの温もりに包まれて眠りについた。
「すぅすぅ」
「愛していますよ、クロフォード」
普段は悪夢にうなされがちな私だけど、ぐっすりと夢の底に沈むことができた。




