第16話.No2の根暗男
社交パーティーの翌日、私はお忍びコーデに着替えてラムルスと隣町にやってきていた。
「僕ってやつはほんとゴリ押しに弱いよなぁ。万一なにかあったらどうするんだよ。クロフォード様に首を撥ねられちまうぞ」
「心の声が漏れてるわよ」
クロフォードは会議で不在、ロッタンは単独で案件にあたっていて不在。となれば頼れるのはラムルスだけで。
何度いっしょに行こうと頼みかけても頷いてくれなかったけど、私がひとりで行くと言ったらついてきてくれた。いつも気怠そうにしているけど、ラムルスは面倒見がいいのである。
隣町にやってきた目的は、いわずもがなシクリーが教えてくれた魔道具による魔法災害の調査だ。
事前に伯爵邸で調べたところ、真新しい情報だからか資料などは作成されていないようだった。
「ん~、空気がおいしいわね」
長閑な街だ。目につく店はどれも小規模で、坂道の下からは潮の香りが運ばれてくる。侯爵邸の付近にも伯爵邸の付近にも海はなかっため、鼻腔をくすぐる潮っぽい風が新鮮だった。
「ちょっとお店見てきていい?」
「お好きにどうぞ。僕は空気だと思ってください」
「そんな風には扱わないわよ。ラムルスはラムルス。大切な臣下よ」
ラムルスは目を丸くし、やれやれと肩をすくめる。
「ロミリア様はほんとうに夫人である自覚が足りませんね」
「なんだとぅ~!」
なんて冗談めかして憤慨してみるけど、頬が緩んでるから満更でもないってことはバレバレなんだからね。
ちょっぴり街の観光を楽しんだところで、私は腰に剣を携える騎士に声を掛けた。
「すみません。先日この街で魔法災害が起きたとお聞きしたのですが、現場はどちらになりますか?」
「魔法災害? そんな事件は起きていないが……」
首を捻っている。
極秘事項だから隠しているのだろうかと勘繰る。けれど、ご親切にうんうん唸って頭を悩ませている姿をみるに、嘘偽りなく件の事件を把握していないと見える。
別の騎士にも聞いてみる。
結果は同じだった。
町の人にも聞いてみる。
結果は変わらずだった。
「おかしいわね……」
「ロミリア様は誰から魔法災害が発生したとお聞きになられたのですか?」
「私がこの世界でいちばん信頼している親友よ」
「チャスシス様ですか?」
「また別の子。う~ん、隣町で、子爵邸が近くにあるって聞いた段階でここだと目途をつけたけど、さては場所が違うのかしら」
「騙されたんじゃないですか」
淡白な声にムッとしてしまう。
「そんなわけないじゃないのっ。根暗なのは表情だけにして!」
「なるほど、これがロミリア様の沸点か。うん、勉強になった」
こんにゃろ、とラムルスのふくらはぎを軽く蹴る。
そんなじゃれ合いをしているときだった。
「伏せてっ!」
切迫した顔つきでラムルスが叫んだ。
私はビクッとするだけで動けなかった。
らしくない焦燥に駆られた顔つきで、ラムルスが無理やり私の身体を下げる。その直後、肩口に焼けるような痛みを感じた。
矢が突き刺さっていた。
「【傷を癒せ】」
痛覚が機能するよりも早く、ラムルスが回復魔法で癒してくれる。
「失礼します」と断りがあった後に矢を引き抜かれる。痛みこそなかったが、並々ならぬ倦怠感に意識がもうろうとしていた。
「くそ、こいつただの矢じゃなく精神汚染魔法が組み込まれた魔道具か。……すみません、ロミリア様、1分間だけお時間をいただけますか?」
こくりと頷くので精いっぱいだった。
「ありがとうございます。早急に片をつけますので」
言うが早いか、ラムルスは私をお姫様抱っこし、両目を閉じてじっと固まった。
……なにをしているのだろうか。的が私に逸れないように抱きかかえたのだろうか。重たい頭でそんなことを考える。
「見つけた」
つぶやいてラムルスがおもむろに瞳を開くと同時、風を切って弓矢がこちらに迫った。それも三つ同時だ。魔法の補助か、あるいは魔道具だから為せている常軌を逸した事象だろう。
「魔力源を特定すればなんてことないな」
ラムルスは一瞬だけ私を左腕だけで抱き、自由になった右腕をシュパパパっと動かした。弓矢が三本握りしめられていた。さすが軍部長、お見事。
「いろいろ聞きたいことがあるから来てもらうよ。――【物質転換】」
三本の弓矢を魔法で錨に変化させ、数十メートル先にそれを放つと、弓を背負ったひとりの大男が宙に浮かび上がってこちらに引き寄せられた。
その男に空中で拘束魔法をかけ、ラムルスは踵で踏みつけて冷酷に話しかけた。
「よかったね、僕が相手で。クロフォード様が相手なら死んでたよお前」
「な、なんだよお前! 魔法が使えない無能な女しかいないって聞いてたのによぉ!」
「へぇ魔法が使えない無能な女しかいないって聞いてたんだ。誰から?」
「っ!」
ラムルスの笑みが濃くなる。
対照的に大男の顔は青ざめていった。
「口が軽そうだねお前。今、ぜんぶ吐いた方が楽になれるよ?」
「……」
「ま、そうなるか。いいよ、今は黙ってて。ここで情報を吐かなきゃ、この後もっとひどい拷問をされることになるけど、それは承知の上で黙秘を貫いてるんだよね?」
大男を雑に蹴飛ばし、ラムルスは私により高度で精密な回復魔法を使ってくれる。疲労感はみるみる消失していった。
「調子はどうですか?」
「ばっちり!」
力こぶをつくって元気をアピールする。
ラムルスはでかでかと息をついた。
「これでとりあえずは命を繋ぎとめたかな。傷が癒えたとはいえ、完全に回復しているとは言いがたい状況なので、侯爵邸に戻ったら安静にしてくださいね」
「わかったわ!」
「ほんとうにわかってるのか……」
活力が有り余ってハイテンションな私に胡乱な目を向けるラムルスだった。
それからラムルスはお得意の転移魔法で部下を呼びにいき、しばらく待ってやってきた部下に大男を預け、私はラムルスと馬に相乗りして侯爵邸に帰ることになった。
「ねぇラムルス。貴方の転移魔法って、もしかして自分ひとりしか使えないの?」
「そうですよ。加えてあらかじて設定した3地点にしか移動できないので、どこでもひょいひょい移動できる便利魔法というわけでもありません」
「けど、伯爵邸でプラリネに婚約破棄したときは、私もクロフォードもいっしょに転移できていたわよね?」
「あれは、同じ建物の中に限り術者とその周辺の人物を転移できる魔法です。この際ロミリア様には明かしておきますが、この無条件転移魔法のマーティングのひとつはクロフォード様、ひとつはロミリア様、ひとつは侯爵邸に設定されています」
「なるほど。じゃああのシュパパって弓矢を取ってたのはどんな魔法なの?」
「あれはただの体術です。魔法は関係ありません」
「……根暗だから忘れがちだけど、貴方って侯爵家No2の男だったわね」
「根暗は余計じゃないですか? まぁ否定はしませんけどね」
帰路をたどりながら思う。
先日といい、今回といい、刺客を送っているのは誰か、と。
今回の件だけをみれば、シクリーがもっとも怪しい人物である。しかし、クロフォードとご両親の墓参りに行った際にも刺客は襲ってきた。その直前でシクリーとの交流は一切なかった。先日の件と今回の件、どちらも裏で糸を引く黒幕が同じだと仮定した場合、シクリーがそれであると結論づけるのは暴論がすぎるだろう。
……そもそもシクリーを疑うことが間違っている。きっと私が足を運ぶ街を間違えたか、シクリーが騎士から傍聞きした情報に誤りがあったのだ。
「ロミリア様、僕、思うんですけど、昨日社交パーティーで隣町で魔法災害があると話してきたご友人は限りなく黒じゃないですか」
「……そんなはずないじゃない」
そう言い返す声は、か細く自信無げだった。
この魔道具騒動にシクリーが関与しているはずがない。
私は、昨日シクリーからもらったネックレスを強く握りしめた。




