第14話.侯爵夫人としての務め
突如として無秩序に魔法が放たれはじめたことで、街は激しい混乱に包まれている。
誰もが慌てふためく中、ザクセンは悠然とした歩みで暴動の発生地点に迫っていく。
「君たち、いきなり猛り狂ってどうしたのさ」
建造物を魔法で破壊しようとするひとりがザクセンの接近に気づいた。そして、無詠唱で火球を出現させる。
魔法の発動には必ず詠唱が必要とされる。わかりきっていたことだけど、彼らは魔道具を通して魔法を放っているようだ。
「【空間潰し】」
ザクセンがパチンと指を鳴らす。
その直後、火球はふっと消失した。
「……なに今の魔法?」
私は魔法を使えないが、教養はそこそこにある。
けれども、今の魔法はまったく知らない未知のものだった。
「う~ん、意思疎通はできそうにないかぁ」
火に、雷に、氷に、風に。
天災の如き魔法がザクセンに襲い掛かる。
「【光よ、守護せよ】」
光の壁が半円状に展開される。ザクセンは片手をポケットに突っこんだまますべての魔法を無力化する。
ザクセンと暴徒の間に埋めがたい実力差があることは一目瞭然だった。
「ごめんね、少し痛い思いして眠ってもらうよ
――【事象・反転】」
ザクセンがパチンと指を鳴らす。
すると、ザクセンに襲い掛かる魔法がすべて小さな魔法陣に吸い寄せられた。突如として消失した魔法は、刹那の沈黙の後、特大の魔法陣から拡張されて放出される。
それらは余すことなく理性を失った人々に直撃した。直撃の寸前、彼らのまわりに光の障壁が展開されていたので直撃というのはやや語弊があるが。
「これで命に別状はないかな」
しかもその光の障壁、展開させていたのはザクセンである。
攻撃しつつ、防御魔法も的確に発動させる。にわかには信じがたい攻守魔法の並行展開だった。
なにはともあれ、この一撃をもって事態は収束した。
たった一撃で、1分と経たず、事は解決した。
「つんよ……」
クロフォードも怪物じみて強いが、下手したらザクセンもその域にいるのではないだろうか。そう思えてしまうほどの圧倒的な力による鎮圧だった。
「さてさて、なにが原因になって暴れてたんですか君たちは」
気絶するひとりに歩み寄り、ザクセンは頭からつま先まで視線を走らせる。
そして、右手首についたバングルを引き剥がした。
「これが原因か」
その後も、気絶した人に近づいてはネックレスやイヤリングといったアクセサリーを取り外していくザクセン。
私にはアクセサリーにしか見えないが、あれらが惨事を起こした原因となっている魔道具なのだろうか。
クロフォードが討ち取った刺客から掠めたものと同様、私には目にしても判別することができそうになかった。
暴動を起こしていたすべての人からアクセサリーを回収し終えると、ザクセンはそれらを亜空間に放り投げ、倒壊した建物を魔法でいとも容易く修復した。
唖然とする私に、にこっと微笑みかけてくる。
「それじゃあランチにしようか」
「うん、そうね」
この先、魔法が使えるようになったとしても、ザクセンに魔法で勝負を仕掛けるのはやめよう。
ザクセンは私が自分と同様の魔力を秘めていると言っていた。その言葉を信じるのなら、私は彼と同じ魔法を使えるということになる。
それはありえないだろうなと思った。さすがに言い過ぎだろう。
ところで、さっき彼が使った魔法【事象・反転】は、大魔法のひとつである。
幼い頃に使い手は地上に3人しかいないと教わったが、そのひとりは私のお友達のようだった。
クロフォードといい、ザクセンといい、ラムルスといい、私のまわりにいる男たちはどうしてこうも顔が良くて優秀なのだろう。
「みんなすごいなぁ」
こんなの、劣等感を抱いてしまうに決まっている。
◇◆◇
ランチを済ませた後に、ザクセンが魔道具を分解して核となる部分に巧妙な洗脳術式が組み込まれていることが判明した。
しかし、流通元がどこであるかはザクセンをもってしてもすぐには特定できないようだった。
侯爵邸に戻った後、私は大図書館に足を運んで魔道具について調べた。なんとなくは理解しているが、詳細までは把握できていないからだ。
「戦争の端緒となったもの……」
50年前に隣国であるスカルトと起きた戦争の端緒となったのは、洗脳術式が組み込まれた、一見すればただのアクセサリーであるようだった。
魔道具の流通に伴って貴族が次々と狂っては自害していき、その異常事態になにか原因があるのではないかと精査したところ、アクセサリーが魔道具であることが判明し、巧妙な洗脳術式が組み込まれていることが研究を経て明かされたそうだ。
その洗脳術式を解除するには、発動者を討つしかなく、その目標を達成するにあたり戦争が勃発したという背景があるらしい。
ラクセルは勝利を収めたのちに、スカルトから多額の賠償金を徴収し、今後一切の洗脳術式の使用を禁じた。
しかし完全に根絶することはできず、今も洗脳術式の組み込まれた魔道具は裏社会で出まわっているようだ。
「相当マズいものじゃない……」
その後も洗脳術式の組み込まれた魔道具が原因となって起きた事件がいくつも綴られていた。
厄介なことに、時代が進んで魔法が解明されるにつれて、この魔法を発動することは容易になっているようだ。
名義上、禁術とはしているが、そこは性善説に基づいて当人に委ねる形となるので、その気になれば誰でも会得できる。
「けど、どれも最後は流通元を特定できているのよね」
つまり、今日の事件を引き起こした原因である魔道具がどこから流通しているのかも最終的には判明するというわけだ。
……けど、どうなんだろう。
あのザクセンでも特定に難航していたのだ。彼以上に腕が立つ術者が何人もいるとは思えない。果たして本当に特定できるのだろうか。
「あら、ロミリア様」
降りかかった声に顔をあげると、マディカが書物の整理をしていた。
「お疲れ様。あなたはほんとうに働き者ね」
「お褒めに与り恐縮です。それがメイド長たる私の務めですので」
書物を持ったまま会話するのは無礼だと感じたのか、書物を机上に置き、私の前でピシッとした姿勢を取って会話を続ける。邪魔しちゃって申し訳ないな。
「それにしてもロミリア様が大図書館に足をお運びになるのは珍しいですね。なにかお知りになりたいことでもあるのですか?」
「うん、ちょっと魔道具について知りたくて」
「魔道具ですか。ロミリア様もなんですね」
「ロミリア様も?」
「はい。連日、ご主人様も大図書館委来られては魔道具についてお調べになられているのです。なんでもここ最近、魔道具関連の事件が多発していて頭を悩ませているのだとか。物騒ですよねぇ」
他人事のように言って、マディカは窓の外に視線を投げる。
「そういえば、そんなようなこと言ってたっけ」
ロッタンに魔道具の流通元の特定を依頼する際に、自分も同じ案件にあたっているのだとクロフォードは言っていた。
――これだ、と思った。
気持ちが高揚するままに、私は勢いよく立ち上がる。
ぎょっとして仰け反るマディカに、私は力強く宣言した。
「その問題、私が解決してみせるわ!」
私は侯爵夫人。
であれば、ラクセルのために身体を張るのは当然のことだ。
特定した悪を裁く力は持ち合わせていないけれど、その過程を埋める智慧は備えていると自負している。
その日は、臀部にじんわりと疼痛が広がるまで魔道具に関連する書物や資料を読みふけった。
全身にのしかかる疲労が生きている心地を与えてくれた。




