第13話.害虫駆除
天上にいるクロフォードの両親にあいさつを済ませて侯爵邸に戻ると、マディカが見るからに軽薄そうな額にバンダナをつけた男に絡まれている姿が目についた。
「クロフォード、あの男は何者ですか?」
「ん。……あぁロッタンだな」
「ロッタン?」
「僕と同じ軍部長のひとりです」
首を傾げる私にラムルスが補足してくれる。
なるほど。マディカの美貌に惹かれて押し掛けてきた厄介な貴族とかではないようだ。危うく馬から飛び降りてバックドロップキックをかますところだった。
ふたりに近づくに連れて、会話がハッキリと聞こえてくる。
「いーやーだーって何度も言ってるでしょ」
「んなツレねぇこと言うなよ。帰ったら好いてる女とイチャイチャできるーって毎晩自分に言い聞かせてひとり異国の地で任務をこなしてたんだぜ? それによ、たかが1日メイド長がいなくなったくらいで統率が取れなくなるほどマディカの部下たちは出来が悪くねぇだろ?」
「私の部下を馬鹿にしないでくれるかしら!?」
「してねぇよ。出来が悪くねぇだろってことは逆に褒めてるだろうが。……はぁ。お前は昔っからオレの話を最後まで聞かねぇよな」
「アンタの話は八割方聞くに足らない戯言だから脳が処理を受け付けていないのよ」
「ひどくね? 泣くよオレ?」
マディカは刺々しい態度を取って感情的なっているが、裏を返せばそれだけ信頼している証でもある。仮に心理的隔たりがあるのなら、もっと余所余所しくなるはずだから。
「ロッタン。長き渡る潜伏ご苦労だったな」
クロフォードに背中から声をかけられたロッタンは、ビクンッと肩を跳ね上げこちらを振り返る。
「お久しぶりですクロフォード様! パルタ国にて上層部の動向を観察してきましたが、我が国に弊害を及ぼすと思しき動きはありませんでした!」
「うん、承知した。帰還早々で申し訳ないが、お前にひとつ頼みたいことがある」
「はっ、なんなりとお申しつけください」
「つい先ほどのことだが、俺を命を狙う刺客がどこからともなく出現した。調べてみたところ、みな怪しげな魔道具を身につけていた。これがその魔道具だ」
一見すればただアクセサリーだ。
しかし、魔力方面に関して一家言あるラムルスが、あれが魔術刻印の刻まれたアクセサリーであること、すなわり魔道具であると明言していたから、あの道具は魔道具で間違いないのだろう。曰く、ここ最近魔道具を使った犯罪が頻発しているらしい。
「俺が対処にあたっている事案と重なるかもしれないが、ロッタンにも単独で調査を依頼したい。この魔道具がどこから流通しているか探ってもらえるか?」
「おまかせください。必ずや期待に応えてみせましょう」
クロフォードから魔道具を受け取り懐にしまうと、ロッタンは名残惜しそうにマディカを見つめた。
「悪いが、デートはお預けみてぇだ」
「私は微塵もしたくないんだけど」
「くぅ~、辛辣ぅ~。けど、そこが堪らなくいいんだよなぁ~」
身を捩っている。
顔が良くて、気さくな性格なのに、被虐体質のせいですべてがマイナスだ。ただ、その性質を好んでいる層が一定数いるのも事実だけど……
「あっそ」
うん、マディカは正常な感性を備えているようだ。残念、ロッタン。次の恋を探しにいきましょう。
「ではクロフォード様、早速調査にあたって……ん、その麗しいお嬢はどなたですか?」
あ、気づかれた。ちょうど馬で隠れているから気づかれないかと思っていたけど、バレてしまったようだ。
「ロミリア・サディエ。俺の嫁だ」
「こんにちは。先日サディエ家に嫁ぎましたロミリアです」
「あぁクロフォード様のお嫁様ですか。あはは、オレがひとり異国の地にいるあいだに再婚されたのですね。それはめでた――ぎょえええぇぇ!? 再婚されたのですか!?」
目玉が飛び出るんじゃないかという勢いで驚くロッタンにくすっと笑い、私はそっと隣にいるラムルスに耳打ちする。
「愉快な方ね」
「うるさいだけですよ。あのアホ面でこの屋敷で一番頭が切れるのですから、人は見かけによらないとはよく言ったものです」
「おいラムルス! 今オレのことアホ面って言いやがったな!?」
「相変わらず地獄耳だなぁ」
「アホ面」
「マディカの暴言はご褒美なのでOK!」
「なによそれ」
ぷふっとマディカが吹き出す。
その姿を見て、私は漠然とふたりが結ばれるような気がした。マディカの瞳の奥に優しさがたたえられていたからだろう。
あの光は一朝一夕では生まれないものであることを私は知っている。シクリーが私に向けるまなざしにそっくりだった。
◇◆◇
「魔法を後天的に開花させることってできないの?」
翌日、教会で呪いの浄化活動に励みながら私はザクセンに訊ねた。
「できないね」
きっぱりとザクセンは言い切った。
「魔力量が定まるのは17歳とされているが、そもそも魔法が使えるかどうかは生まれた時点で決まっている。それゆえ魔道具というものが広まっているのだろう。魔法の込められた道具を使えば、誰でも擬似的に魔法を使うことができるからね」
「そっか」
つまり、クロフォードは一生魔法を使えないというわけだ。
呪いが解けたら私は魔法を使えるようになる。せっかくクロフォードが魔法が使えない者同士だと喜んでいたのにその笑顔を奪うことになる。
……このまま魔法が使えなくてもいいかも、なんて。
そんなことを少しだけ思ってしまう。
「おかしいな」
不意にザクセンが魔法を中止して首を捻った。
「なにがおかしいの?」
「先日、浄化したはずの部分がまた呪いに蝕まれている。要するにまた呪いをかけられたということだ。ロミリア、なにか心当たりはあるかい?」
「ううん、なにもないけど……」
「……なにが起因となっている呪いなんだこれは?」
ザクセンが難しい顔をして唸っている。
険しい面持ちも魅力的だ。
「とりあえずは今まで通りの方向で呪いの浄化を試みようか。疲れているだろうけど、もう一回魔法をお願いできる?」
「うん、わかったわ。――うぅ~~~~~んっ」
呪いが戻っている。魔法が解ける瞬間が遠ざかっている。
そう言われて少しだけ喜んでいる自分がいた。
侯爵夫人になれて嬉しいけど使用人と過ごした日々の記憶が薄れるのが嫌だったり、呪いを解きたいけどクロフォードと魔法を使えない者同士でいられなくなることが嫌だったり。
人生って矛盾に直面してばかりだ。
けれども、それまではそもそも片方しか選択できない状況にあることがほとんどだったから、選択権が用意されている今は幸せなんだと思う。
◇◆◇
今日の呪い浄化活動が終わった。
「つ~か~れ~た~」
「お疲れ様。今日もお昼を食べにいくかい?」
「いくっ」
「はは、一瞬にして元気になった。ロミリアは随分と精神年齢が幼いんだね」
「むぅ。馬鹿にしてる?」
「してないよ。そんなところも可愛いなと思って」
「え?」
「ん、どうしたの?」
「あ、いや……」
今、私のことを可愛いと言わなかっただろうか。
気のせいじゃない。絶対言ってた。お昼ごはんを賭けてもいい。
「じゃあ早速街にいこうか」
「うん。ザクセンってばなんだか活き活きしているわね」
「そりゃそうだよ。僕はロミリアとふたりで過ごせる時間を僕は楽しみにしてるんだから」
「へ、へぇ~」
ものすごくうれしいことを言ってくれる。
私もザクセンとこうやって過ごせる時間を楽しみに思っているけど、照れ臭さが邪魔をして声には出せなかった。
ザクセンがおすすめの料理店があるというので、私は彼の後ろをとことこつける。
「ここだよ」
と、ザクセンが子どものような笑みで店を指差したのと、
「きゃあああ!」
と、絶叫が鼓膜を突いたのはほとんど同時だった。
振り返る。
正気を失った人たちが家屋や店に向かって炎や雷といった魔法を放っていた。
「どうなってるの?」
魔法が使えるのは貴族のごく少数だ。稀に庶民でも能力が開花することもあるが、だとしても一斉に理性を失って魔法を暴発することはあり得ない。明らかにおかしい。間違いなく誰かがこの惨状を意図的に引き起こしている。
「チッ、邪魔するなよ」
なにやらボソッとつぶやくと、ザクセンは私の肩にぽんと手を置いた。
にこりと頬をほころばせて言う。
「少しだけ待ってて。ロミリアが僕との時間に集中できるように騒音を起こす害虫を駆除してくるよ」
「う、うん……」
今、ザクセンがすごく汚い言葉遣いをしなかっただろうか。
……うん、たぶん気のせいだろう。
そう自己完結し、私は彼の背中を見送った。




