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第12話.獅子王の秘密

 クロフォードと対峙する刺客は、鋭利な双眸より下を闇色の布で覆い隠した細身の男だった。

 剣を正眼に構える姿は堂に入っており、剣術に精通しない私でも彼が腕の立つ人物であることは瞬時に見て取れる。


 どっしりと構える刺客に対し、クロフォードは弛緩した半身の構えを取っていた。


 紺碧の瞳が一挙手一投足を見逃すまいと見開かれている。その研ぎ澄まされた視線からは、瞬きすらも憚られる緊迫感が放たれていた。


 緩やかな風が石床の隙間から生える草花を揺らしている。

 両者、硬直したままゆったりと時間が流れている。

 

 一秒が十秒に感じるほどの重苦しい空気が横たわる中、先に仕掛けたのは――


「もらった!」


 どこからともなくクロフォードの背後に出現した短剣を持つ第二の刺客だった。


 第一の刺客とまったく同じ衣装の、しかし背丈や声色は大きく異なる第二の刺客の剣がクロフォードの首を掻っ切らんと迫る。


 刃渡りがまもなく頸動脈に触れようかというところで、炯々と光る青の瞳が第二の刺客に流された。


「その程度の小細工がこの俺に通じると思っているのか?」


 身の毛がよだつような冷たい声色だった。


 クロフォードはかすかに身を退いて奇襲を回避し、冷酷かつ正確な一閃を見舞う。

 私には目で追うことのできなかった斬撃は、第二の刺客の肩から脇腹にかけて深い傷を刻み込み、噴き出した鮮血がクロフォードの顔半分を赤く染め上げた。


 痙攣と共に散りゆく命をゾッとするほどに冷徹な視線で看取り、クロフォードは第一の刺客に視線を投げる。


「お前らは何者だ?」


 クロフォードが問うと同時、またもどこからともなく第三の刺客が出現した。それと同時、クロフォードめがけて東洋の暗器めいた物体が放たれる。


 その突飛な出来事にまるで動じることなく、クロフォードは投擲による負傷を頬からかすかに血を滴らせるに済ませ、無慈悲なる一撃を持って命を刈り取る。


 視線がふたたび第一の刺客に投げられる。

 返り血を大量に浴びている分、紺碧の瞳の美しさと冷徹さがより際立っていた。


「誰の命令で俺を狙っている?」

「このバケモノめっ……!」


 私が瞬きした後のことだった。

 いったいどれだけの刺客がどこに隠れているのか、第四の刺客がクロフォードの正面から身の丈ほどの戦斧を振り下ろす。


「話が通じないな」


 クロフォードは戦斧の側面に剣を叩きつける。

 体勢を崩した四人目の刺客の胸を貫いて一撃で屠る。


 第一の刺客は、わなわなと身体を震わせながら叫んだ。


「お、お前ら一斉に襲い掛かれ!」


 その絶叫に応えるように、十を超える刺客が一斉に出現した。

 クロフォードはふっと唇に弧を描いた。


「来い。獅子王がまとめて相手してやる」


 そこからは鏖殺と呼ぶに相応しい悲愴たる時間が続いた。


 数的優位が相手にあるのは明白だ。しかし、クロフォードと刺客との間には並々ならぬ技量の差があった。


 刺客が剣を振るう。

 かわして命を奪う。


 刺客が剣を振るう。

 かわして命を奪う。


 まるで目には見えない壁でも張られているかのように、クロフォードには攻撃が当たらないのである。


 刺客は1分と持たず全滅した。

 クロフォードの金髪は真っ赤に染め上げられていた。


「誰の命令で俺の命を狙っている?」


 肩で息を切らすこともなく穏やかに訊ねるクロフォードに、第一の刺客は雄叫びをあげながら猛進した。


「答える気はなしか」


 クロフォードはやれやれと肩をすくめると、瞳を見開き、力強く剣を振り払った。

 第一の刺客の首がぽとりと落ち、石床をころころと転がっていった。


「まぁいい。俺は不敗の獅子王。何十、何百の兵が束になってかかろうとも敗北を喫することはありえないからな」


 剣を振り払って粗雑に血を落とす。

 前髪を搔きあげると、私ににこりと微笑みかけてきた。


「こわい思いをさせてしまってすまないね」

「……そんなこわいだなんて」


 そう返す声は激しく震えていた。


 こわくなかったと言えば嘘になる。

 

 獅子王クロフォード。

 その名は知っていた。由来も当然知っていた。


 しかし、実際にその圧倒的な力を目の当たりにしてしまうと、安心感と同時に生物的な恐怖がもたげて。

 人の命ってこんなにも容易く潰えちゃうんだって、虚しさがあって。


「うっ……」

「ロミリア!?」


 血生臭いにおいに嘔吐しそうになる。


 すごいなと思う。クロフォードにも私と同じように死に対する拒絶があった時期があったはずだ。けれども今の彼からは、殺しに対する一切の躊躇いを感じなかった。覚悟が決まっているからだろう。血臭に喘いでしまう私には、絶対に人を殺めることはできないだろうなと思った。


「すみません。人の死を目にしたのはこれがはじめてでして……」

「ラムルス、ロミリアの記憶を操作できるか?」

「いえ、結構です!」


 食い気味に私は待ったをかける。


「……これは必要な記憶ですから。侯爵夫人になった以上、抱えなければならないものです」


 争いは必ず起きる。その際に死を目の当たりにしても平静を保つために、この記憶を失うわけにはいかなかった。


 深呼吸を繰り返す。

 1分ほどで吐気は去っていった。


「落ちつきました。……クロフォードこそ怪我はありませんか?」

「なに、頬に掠り傷を負った程度さ。ラムルス回復魔法を頼めるか?」

「承知しました」


 ラムルスの魔法で傷が癒えていく。返り血が徐々に薄まり、金髪と血色のいい肌に戻っていく。

 その光景を眺めつつ、私はふと気になって訊ねた。


「攻撃が一切当たりませんでしたが、あれはクロフォードの魔法ですか?」

「いいや、あれはただの技術だ。みな魔法だと勘違いしているけどね」

「では実際はどのような魔法をお持ちなのですか?」

「使えないよ」


 耳を疑った。


「魔法を使えないって……伯爵より上の貴族は大魔法を会得していることが絶対条件でしょう?」


 その規律があったがために、私は伯爵令嬢の地位を失ってしまったのだ。


「うん、その通りだ。俺はこの〝祝福殺し〟で幾数もの敵を屠ってきた。この剣は魔法を斬り跳ね返すことができる宝剣だ。しかしそれを知るのはごく少数で、皇帝陛下はそれを俺の大魔法の一環だと勘違いしている。このことはくれぐれも口外厳禁で頼むよ」


 唇に人差し指を当て、いたずらっぽく笑いかけてくる。


「凄すぎるわ……」


 如何に宝剣といえども、使い手の扱い方次第ではその性能を存分に生かせないだろう。


 大魔法と錯覚させるほどの剣技。

 クロフォードはいったいどれだけの研鑽を積んだのだろうか。・


 ……なんだか魔法が使えないから伯爵令嬢になれなくなくてもしょうがないと諦めていた自分が恥ずかしく思えてきた。


「だからだろうな、ロミリアが魔法を使えないと聞いたときにシンパシーを感じたんだ。同時にこうも思った。俺ならその子の苦しみをわかってあげられるんじゃないって」


 傷が完全に癒えたところで、クロフォードはぽんと私の頭に手を置いてくる。


「魔法が使えないことに劣等感を覚える必要はない。むしろロミリアが魔法を使えてしまったら、俺はこうして貴女と巡り合うことできなかっただろう」


 クロフォードは私の手を取り、手の甲に口づけを落としてくる。


「いつか必ず魔法が使えなくてよかったなぁと貴女が思えるほどの幸せを届けてみせる。これからもよろしく頼むよ、ロミリア」

「……はい」


 あぁ、私はなんて素敵な人に嫁ぐことができたのだろう。


 魔法が使えない私は無能だと何度も言われてきた。

 だけどクロフォードは、魔法が使えない私を必要としてくれている。魔法が使えない私でも愛してくれている。


 熱くなった目頭から、喜びの熱が滴り落ちた。

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