第11話.結婚報告
翌朝、私が自室で服を着替えてからダイニングに足を運ぶと、使用人たちが期待に満ち満ちした視線を注いできた。
その圧に臆する私に、クロフォードはにっこりと、私でなくともわかる柔和な笑みを向けてくる。
「おはようロミリア」
「おはようございますクロフォード」
使用人たちが器用に無言で色めき立つ。
ほぼ間違いなく彼女たちは私とクロフォードが行くところまで行ったと思っているのだろうけど、現実はただ隣合って眠っただけである。
戦場では、獅子の如き勇猛さで敵を制圧すると言われるクロフォード。
しかし、事恋愛面においては超がつくほどの奥手で、今の彼にできる精いっぱいは私の手を握ることくらいだった。
情欲に屈したときに限り、彼の方からアプローチをかけることもあるようだけど、自制心の強い彼の箍はそう簡単には外れそうになかった。
聞けば伯爵邸で私の額に口づけしたときは、心臓が破裂しそうなほどに緊張していたようだ。誰にも気づかれなかったのは鉄仮面のおかげだろう。普段は悪い方向に働くその性質にあの時ばかりは感謝したい。
「やっぱりご主人様は夜も獅子王様なのかしら」
使用人のささやきが運ばれてくる。
私もそう思っていた時期があった。
キスもハグも、私から迫らなければ彼は応じない。
そう伝えたとしても、きっと誰も信じないのだろう。
……もしそういうことをしたいと思ったら、私の方から勇気を振り絞らなければならないのか。うぅ難しいなぁ。
「ロミリア、朝食を済ませたらいっしょに出かけないか?」
朝食の席についてすぐのこと。
突飛な提案に、私は危うく手に取ったばかりのフォークを落としそうになった。
「構いませんけど、どちらに向かうのですか?」
「俺たちが婚約したことを伝えたい相手がいるんだ。ラムルスもついてきてくれるか?」
「もちろんでございます。馬車は手配されますか?」
「いいや、結構だ。馬で移動する。相乗りすればロミリアとも話しやすいからね」
照れくさそうに笑うクロフォードに、ラムルスも使用人もぽかんとしている。
驚くのも無理はないだろう。
昨日まで鉄面皮だったクロフォードがいきなり感情豊かになったのだから。
「なにか私と話したいことがあるのですか?」
「それはもう山ほどあるよ。貴女となら一日中だって語らえる」
「それは盛りすぎじゃないですか?」
くすくす笑いつつ、朝食に手をつける。
いつも美味しい朝食が、いつも以上に美味しく感じられた。
……それにしても、結婚報告をしたい人か。
思考を巡らせてふと思う。
クロフォードの両親はどこにいるのだろうか。
◇◆◇
朝食中に口にしていた通り、私は一頭の馬にクロフォードと跨り、青空のにおいが漂う高原を駆けていた。
「さすが獅子王様、私というお荷物がいても乗馬に一切の乱れがありませんね」
「獅子王様ではなくクロフォードだろう。ロミリアにはいつ如何なるときも名前で呼んでもらいたい」
「ふふ、承知しましたクロフォード」
がっしりしたクロフォードの胸に背中を預け、私は流れゆく景色を堪能する。
「ロミリアは伯爵令嬢候補だった頃、乗馬を習わなかったのか」
一晩中語らえると言われたときはさすがに誇張だろうと思ったけど、その言い分はあながち間違いではないのではないかと思えるほどに今日のクロフォードは饒舌だ。
「はい。まずは魔法を会得して、その次に乗馬や剣術を指導するというのが両親の教育方針でしたから」
つまり、魔法を会得できなかった私はその段階まで至ることができなかった。
「並行して乗馬や剣術も指導すればいいのに頭が固いですよね」
「そうか」
クロフォードが片腕で背後から私を抱き締めてくる。
え、昨夜まで手繋ぎが限界だったのにもう上限解放されたの?
「なにか習いたいことがあったら遠慮なく俺に言ってくれ。すぐに指導者を用意する」
「……はい。ありがとうございます」
クロフォードの急成長に驚きつつも、私は向けられた愛を堪能する。
乗馬や剣術もゆくゆくは技術を身につけたい。だけど今は、私にかかっている呪いを解くことが最優先だ。
呪いのことはクロフォードに隠している。クロフォードは私が魔法を使えないことをなんとも思っていないようだし、そもそも呪いがかかっていると気づいているのはザクセンだけなので、率先して明かす必要はないからである。
その後もクロフォードと他愛無い話を弾ませ、墓標地帯に差し掛かったところで馬が止まった。
「いこうか」
クロフォードが先に馬から降り、続けて私をリードする形で馬から降ろしてくれる。
一見すれば墓地しかないけど、なにか隠れたスポットでもあるのだろうか。
そう勘繰りながら足を進め、クロフォードが足を止めたのはとある墓標の前だった。
アザゼル・サディエ
リース・サディエ
墓標にはそう名前が綴られていた。
「おひさしぶりです、父上母上」
クロフォードが墓標の前で片膝を折る。私はクロフォードが今は亡き両親に結婚報告に来たのだとすぐに理解し、同じように片膝を折った。
「今日は結婚の報告に参りました。彼女はロミリア・サディエ。俺の妻です。元々伯爵令嬢候補で使用人になっていた彼女を妻に選びました。ロミリアは俺には勿体ないくらいにおおらかで明るさに満ちた女性です。ロミリアもラクセルも、必ず俺が護って幸せにしてみせます。どうか俺の行く末を見守っていてください」
クロフォードが黙祷を捧げる。
私も同じように目を閉じて願った。
――ロミリア・サディエです。
なにがあろうと私がクロフォードを支え続けます。
冷静ながらも確固たる意思を宿して。
「これで報告は完了だ。付き合ってくれてありがとう」
「いえ、クロフォードの頼みとあらばなんでも付き合いますよ」
「それは少し過言なんじゃないか?」
ふっと笑うと、クロフォードは遠くに見えるラクセルの都市に目をやった。
「父上は戦争で名誉ある死を遂げ、母上は魔法による災害に巻き込まれて命を落とした。俺がまだ10歳にも満たない頃に両親はそろってこの世を去った」
彼がどうして鉄面皮だったのか、その片鱗に触れた気がした。
おそらく彼は、これまで誰にも愛情を注がれることなく生きてきたのだ。
「ふたりはいつも王国の幸せな未来を願っていた。俺は両親の悲願を遂げるために、数多の戦争に参加し、戦果を挙げ、そして運良く侯爵の爵位を授かることができた」
胸についた獅子の紋章――侯爵である証をそっと撫でる。
「ラクセルは、スカルト国とパルタ国という敵国に挟まながらも100年以上その地位を守ってきた。しかし、100年守れたからこの先100年も必ず守れるとは限らない」
私に視線を流して手を差し伸べてくる。
「ロミリア、俺といっしょにラクセルを護ってくれないか?」
「えぇ、よろこんで」
クロフォードの手を握る。
「なにも争いの舞台は戦場だけではありません。実は私、ちょっぴり頭が冴えるんです。政治や経済といった方面から私は侯爵夫人としてこの国を支えてみせましょう」
「頼もしいな、俺の妻は」
クロフォードが笑んだ――その直後だった。
突如、背後に人影が出現し、クロフォードの背中めがけて剣が振り下ろされた。
「クロフォード!」
「案ずることはないよ」
緊迫を孕んだ私の声に穏やかに応じると、クロフォードは目に止まらぬ速さで反転し、いつの間にか鞘から抜いていた剣の剣身で奇襲を難なく食い止める。
「ラムルス! ロミリアを連れて距離を取れ!」
「承知しました」
ラムルスが私をうしろから抱擁し、魔法の詠唱をはじめる。
「待ってラムルス! 私はほっといていいからクロフォードを助けてあげて!」
「はぁ。わかっていないですねロミリア様は」
「なにがわかっていないのよ!」
「落ちついてください。いいですか? あのクロフォード様が剣を交えるんですよ?」
クロフォードが剣を構える。
たったそれだけだ。
それだけで空気が張りつめた。
「どこの誰かは知らないが、獅子王たるこの俺に殺意を向けたのだ。当然覚悟はできているのだろうな?」
その声に、ぞわぞわっと私の背中が総毛立つ。
ラムルスはふっと笑って言った。
「クロフォード様は戦場において不敗です。見ていてください。あの刺客もすぐに獅子王神話の礎になりますよ」




