陰キャ送り犬、取材攻め、配信攻め、正義攻めに遭遇する予感が当たってしまう
これは何かの間違いだと月臣は感じていた。四方八方を人に取り囲まれあれやこれやを聞き出そうとしている。やっと貯めた小遣いで待ちに待ったジャーキーを買えると思ったのもつかの間、まりいに隠れ場所を突き止められた挙げ句、妙な獣臭を漂わせた人に取材を受け、声がでかい動画配信者にカメラを向けられる事になろうとは。
「おい、まりい。モデルはこれで中止に……」
「なるわけないでしょ! 取材を受けるのは有名になるチャンスじゃない!」
俺は有名になんかなりたくない、と月臣が言おうとした矢先だった。雑誌記者が懐から赤い何かを取り出した。
「黒野月臣さん、でしたよね! お近づきの印に激辛ソースがけお稲荷を持ってきました! 召し上がって下さい!」
そう言うなり、白山薫は月臣に激辛稲荷を食べさせようとしてきた。この記者は無自覚に月臣の味覚を殺しにかかってきている。絶対にこの人は味見はしていない。しかも、話を聞かない月臣が嫌う部類の人間だ。しかし、かすかに獣臭がするような?
「ちょっと待てよ! 俺の動画配信が先だろ?! 月臣さん、送り犬ってやっぱり後ろから噛みつくんですか?!」
質の浅い質問を繰り出してきた日野勝はこれまた無自覚に大きい声を出した。月臣の感覚は人の倍以上優れているので、このままここにいたら身が持たない。この男は声を調整し忘れたまま成長したようだ。
「う、うるさい……。耳が、痛い。静かに、しろ……」
光や雑音の暴力に月臣の体力的精神的ダメージは計り知れない。普通の人間の普通は、月臣にとっては普通ではないのだ。しかし、月臣を取り囲む彼らにそんな考慮はないも同然だ。人魂は隠れながらこの場面をスマホで撮影していたが、月臣にバレてスマホを破壊されたのは後ほどの話だ。
しかし、こんなうるさい中で黙っていない人がいた。月臣を連れていくため、薫や勝を黙らせるためまりいが天界パワーを炸裂させようと握りしめた拳から放電しようとした矢先だった。
「そこまでだ! みんなその人を放って置くんだ! 困ってるじゃないか!」
あろうことか月臣が最も苦手な部類の人間が割り込んできた。翠川賢士が竹刀を持ってないにも関わらず剣道の型で騒動の中心を睨んでいた。
「おお! 賢士さんじゃないっすか! 俺今、月臣さんに送り犬の事を聞こうとしてたところっす! 賢士さんも一緒に動画に映ったら登録者数千人、いや1万は越えますよ!」
「いいですねー。正義の剣士と送り犬の対談、僕の月間、『月夜と逢魔時』に載せちゃいましょー」
賢士が注意したにも関わらず、二人は相変わらず動画配信と取材の事を気にかけていた。月臣は二人から羽交い締めにされているため送り犬の力を解放するのがはばかられた。もしこの場で影と同化して消え去ったなら薫だけでなく勝もネタができたと喜ばせてしまう。にっちもさっちもいかなくなった月臣は早くも目が死んで虚無になっていた。
「……早く、この世から俺を消してくれ」
「ちょっと! 早く月臣に取材し終えなさい! このままじゃ天界に売り込めなくなるわ!」
ここには誰も月臣の言うことを聞く人はいやしない。送り犬の伝承を信じられていた頃は恐れられ、求めてもない感謝さえされたというのに。今は送り犬に対して畏怖さえなく軽いノリで取材を求められる始末だ。まりいもこの騒ぎの渦中に突っ込んで、月臣の目が死んでいる事に気付いている節すら見当たらない。賢士もこの騒ぎを止められずに頭を抱えていた。
その頃、天界ではまりいが送ってきた月臣の映像に困り果てていた。
「まりいがこんな送り犬という怪異をモデルにしようとは、あいつの判断力はどうなってるんだ? 顔が青白い上に不健康そうで、三白眼だし見た感じ人生の裏街道を何周もしてきたような見た目だ」
白い服を着て厳格そうな顔をした老人が苦々しげに呟いた。この人はまりいの大伯父である天界の役人である。まりいの紹介した月臣に不満で彼の死神オーラ全開の容貌に文句をぶちまけていた。神聖な天界に不浄な怪異を入らせるわけにはいかないのだ。
「ええー、楽しそうじゃないですかー。前回のモデル大会だって白い服ばかりでつまらなかったですよ」
そう言ったのは天界に来て日の浅い天界人見習いだった。人間界を約百回もやり直した挙げ句、物欲や見栄はなくなったは良いが、飽き性なところは抜けきっていなかった。
「そうは言ってもな……」
役人はかなり渋っていた。不浄な怪異をモデルにすることは天界の掟を破る事になるからだ。
「じゃあ、こうしましょうよ。送り犬を我が天界流に盛ってしまえば良いんです。それに、もうデザイナーに頼んで服は作ってあるんですよ」
見習いがそう言うと、月臣の映像が変化して、目映い白い服を羽織った姿になった。
「なんだ。これでは今までと同じではないか」
役人は落胆した声で言った。何だかんだで役人も白い服には飽きていたらしい。
「実はこれだけではないんです。この送り犬だけの特別仕様がありまして、モデル大会の開催日に明らかになる予定です」
そう言うと見習いは不敵な笑みを浮かべた。
その頃月臣は言い争いの渦中から逃げ出していた。虚無になっていたものの、その場から逃げ出したい思いが強まっていたし、取材にしろ、動画にしろ、モデルにしろ目立つのが嫌いな月臣はバレるのを覚悟して影と同化して全速力の自転車を抜く速さでその場を去っていた。
その様子を花壇の植え込みから覗き込む怪しい人影がいた。白い燕尾服に一輪のバラを持っていて中二病をこじらせたまま成人したかのようだ。痛い服をかっこよく着こなしたつもりの紫乃聖人は、月臣がいなくなったことに焦る谷中まりいを見つめながらわざとらしくニヤニヤしていた。
「ふふふ。我が妖怪の楽園にこそ、その可憐なる花は美しく咲き誇る。谷中まりい、君の周りをうろつく送り犬を私が……」
ギュンっ!
突然紫乃聖人の側を影が勢いよく突き抜けていった。月臣が聖人の横を通りすぎたのだ。あまりの速さに何が通りすぎたか一瞬分からなかった聖人だが、服についてある真鍮製のネクタイピンがなくなっていることに気がついた。
「あの送り犬めがっ。私の華麗な美学の一つを盗みおってっ」
手癖が悪い月臣は換金出来そうな真鍮クズを聖人からまんまとせしめていた。




