偏った修行は、虐待です
手慰み、第数弾でございます。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
魔導士の男と武闘家の男が、魔力が莫大な男児を拾ったのは、数年前だ。
教えることを面白いほどに吸収し、二人には教えることが無くなってしまったのを機に、少年に王都で教育を施してもらおうと思い立った。
様々な分野の使い手を育成している、学園の理事長に就任した旧知を頼り、入学試験を受けさせるよう手配してもらい、少年を一人、王都に送り出したのが、数日前。
今頃、入学試験を終えて、合格の知らせが届くだろうと心待ちにしていた二人にそれぞれ一通、王都の学園より召喚状が届いた。
理事長直筆のそれに、二人は悪戯が成功した気分で笑い合った。
筆跡には出ていないが、ひた隠しにして育てていた少年の、あの魔力量と実力を見て、驚いた旧知の顔が、目に浮かんだのだ。
説明を求める旨のその召喚状とともに、二人は嬉々として王都へと足を踏み入れたのだった。
学園の事務所に向かうと、事務長らしき男が理事長室に案内する。
気楽に室内に入った二人を、物々しい空気が迎えた。
「あ、師匠っっ?」
少年が、涙目で振り返り、自分たちを呼ぶ向かい側に、無表情の理事長が座っている。
その周囲と、今二人が入ってきた扉の前には、騎士が立っていた。
「? 何だ、この物々しさは?」
「……分からないのか、本当に?」
理事長は溜息を吐き、二人の後ろから入ってきた事務長に頷いた。
「事情説明を、お願いします」
「はい」
控えめに返事をし、事務長は理事長の傍に動き、手にしていた書類をテーブルに広げた。
「入学試験の申し込みをするにあたり、保護者の同行とサインが必須となります。受験者は再三、保護者を呼んだと申しておりましたが、受験手続期限を過ぎても条件が揃わなかったため、受験資格が失効したことを、ここに記しております」
「……は?」
魔導士は、思わず声を張り上げた。
「何を言ってるんだっ? そんな規約、今までは……」
「いいえ。この規約は、我々より数代前の学園理事長が作られました」
「そうだとしても、何故、期限前に知らせてくれないんだっっ?」
武闘家が喚くのにも、事務長は事務的に答えた。
「受験者が、保護者であるあなた方に、書面で知らせていると思っていたからです。まさか、伝言鳩を使っているとは、思っておりませんでした」
伝言鳩は、文字通り鳩を使って言葉のやり取りができる、魔術道具の一つだ。
便利だから、二人も少年とのやり取りに使っていたのだが、この数日、それが届いたことはなかった。
「……お前ら、忘れたのか? 伝言鳩は、然るべき場所から、然るべき手続きを踏んでのみ、使用できるよう、王都では取り決められているし、その取り決めにより、違法の伝言鳩は、飛び立った後撃ち落とされるのを?」
「……」
忘れていた。
呆然とする二人の前で、事務長の説明は続く。
「我々としても、受験すらできずに、若い芽をつぶすのは、不本意でございますので、受験生に事情を尋ねてみましたら……」
伝言鳩の違法使用と、もう一つ、衝撃的な事実を聞いた。
「申込書を書く前に、保護者問題に発展しましたので、ここまで日にちが経ってしまってからの発覚だったのが、本当に悔やまれます」
初めて、事務長の表情が揺れた。
悔しそうな顔を一瞥し、理事長が旧知の二人を交互に見据える。
「お前らその子供に、文字を教えたか?」
「……はっ」
衝撃的な、事実だった。
「学園では、幅広い層の生徒を受け入れる代わりに、身元の確認を徹底している」
冷静な理事長の声が、衝撃を受けている二人の男の耳に入ってくる。
「成人者であれば、紹介状一つで済むが、それでも後日、身元を深く調べてから入学させるかを決めている。未成年ならば、保護者は必須。そして、それ以前に、受験をさせるという事は、最低限の座学が、家庭内で行われていることも、それ相応のマナーも分かっていることも、当然の義務としていた。保護者にその辺りを確認することも、未成年の受験者を受け入れる条件の一つなのだが、お前らは紹介状と同封したそれらの条件も、守らなかったな」
「そ、それは……」
「残念だ。お前らの教え子が、どんな生徒になるのか、楽しみだったんだが」
小さくなった二人を見据えた後、理事長は周囲の騎士に合図した。
「……失礼いたします」
騎士の一人が、丁寧に声をかけ、その声と裏腹に乱暴な仕草で、二人の動きを封じる。
「っ? な、何を……」
「おいっ?」
突然、魔力も腕力も封じられた二人が理事長を睨むが、睨まれた方はそれ以上の眼力で、こちらを睨んできた。
「その生徒は、うちで居候させていたんだが……」
「っ」
「まだ十歳に満たない子供に、どういう修行をしていた? それが知れた時、お前らが罰せられとは、思わなかったのか? ああ、その心配を解消するために、私の後見を依頼したんだな? いいだろう。この子は、私が預かる」
凄みのある笑顔が、二人が見た最期の光景となった。
やり過ぎじゃなかろうかと、事務長は思っていたのだが、理事長は頑なに首を振った。
「あれくらいしてやらんと、今後に障る」
きっぱり言われても、少々不満ではあるが、これは仕方がないかと思う。
何せ、前の人生ではすでにこの時、事務長は生きていなかったのだ。
前の人生で事務長は、目の前で小さくなっている少年の持つ紹介状を見て、理事長に報告した。
平民の事務長と理事長は、元々、貴族の次男で魔導士を名乗っていた男と、貴族の妾の息子で武闘家を名乗っていた男とは同期で、身分の差を超えた付き合いがあったため、その二人が鍛え上げたであろう少年の実力もかなりなものだろうと、二人は期待していた。
結果は、期待通りだったと言ってもいい。
いや、期待以上だった。
入学試験の魔力測定の時、少年が水晶に込めた魔力の強大さを、事務長は身をもって体感した。
その後すぐに時間が巻き戻ったから、ああ、あの時に死んだんだなと納得しただけだった。
だから、前回と同じように招待状を持ってやってきた少年を待機させて、理事長に報告した事務長は、同期だった男の以前と違う答えに戸惑った。
そんな事務長に、理事長は真顔で言う。
「お前、どんな死にざまだったか、覚えていないのか?」
「勿論、覚えているとも。水晶の破片が当たって、体中不味い状態だった。……ああ、そうか。片付けが大変だったのか」
「阿保」
それは申し訳なかったと呟く事務長に、理事長は苦い顔で言った。
「崩壊したのは、測定器だけじゃない。校舎全部だ」
「……は?」
「受験生全員と講師全員、全滅だ。オレは、責任を取って辞任した」
余りに膨大な被害に呆然とする事務長に、男はしみじみと言った。
「矢張り、保護者の同伴は、必須だな」
それで、その大惨事が防げるのかと、半信半疑で事を進める中で、理事長はぽつぽつと事務長が死んでから後の、前の人生を語ってくれた。
その年の受験生は全滅し、学園も封鎖されてしまった。
そのため、生徒たちは未熟なままで社会に放り出されてしまった。
それを拾い上げたのが、あの二人だったのだが……。
「あいつら、力がすべてと考える傾向があるだろう? そのせいで、王室も荒れてな。とうとう、王家も乗っ取られた」
学園を崩壊させた少年を、王女の婿に押し込め、他の王位継承者を腕力で破滅に追い込み、その勢いのまま、国を軍事国家へと作り上げた。
「……その過程でな、お前の娘たちが王城に召喚されて、戻ってこなかった」
「……っ」
「そこでようやく決意して、反旗を翻したんだが、遅かった。遅すぎたんだ……」
そこまで事情が知れた時点で、二人の同期と連絡が取れた。
この時にはもう、少年の無教育も、無謀な修行の跡も知れていたから、今後の教育次第で、まともに育てることが可能と判断した。
「先の時の片鱗が見えた時には、オレが責任もって、早期に対応するから、心配するな」
今世紀始まった以来の、魔術師として君臨している理事長が、黒い気配を漂わせて太鼓判を押してくれたから、こちらは心配無用だろう。
諸悪の二人?
彼らは、王家に力を搾り取られた後、王城内の農園の肥料となることが決定しているから、もう頭に残す必要も、ない。
無自覚の達人。
二人以上の師匠。
? 何か、違う?




