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6.スペース・ピープル

 なぜ紙の本がいかがわしいもののように世間一般に思われているのか。それは、紙に印刷された書物の融通のきかなさのゆえである。万物は流転し、技術は日々進化する。人間や動物だって進化するのに、紙の本というのは、ただひたすらゆるやかな劣化を続けるだけで、内容が刷新されるということがない。うっかり校閲を逃れた誤字脱字を発見しても、修正することができない。新たな手間と安くないコストをかけて改訂版を出すことはできる。それでも古い版を完全に回収し破棄することは難しく、後世に残り続ける。こんな野蛮なものがあるか、というのが二十三世紀人に広く流布している考え方だ。時代に即したアップデートを拒むものを、我々はよしとしない。

 もちろん、紙の本の出版社は現在も細々と存続しているし、それを支える愛好家もいる。だが、レコードやCD、ビデオテープやDVDといったかつて消滅しかけたものの愛好家と違って、紙の本の信者というのは、どうにも胡散臭い連中だと思われている。本とはすなわち情報伝達のための手段。その情報に不備や誤謬があったとしても、我存ぜぬでそのまま誤情報を発信し続ける、そんな無責任なものはない、というわけだ。


 そしてこれには、スペース・ピープルの意向も踏まえられている。


 地球外生命体が現れたのは二十一世紀末のことだった。ある日予兆もなく現れた彼らは、個体の全長が三千メートルを超える超大型の生命体だった。宇宙船も何もなく、手品師が指をパチンと鳴らしたらそこに現れた、といった風情で、爆風とともに出現した。見た目は、そのサイズ感にマッチして、山に似ていた。

 彼ら、といっても実際には二体。一体は砂漠のど真ん中で砂塵を巻き上げただけだからよかったが、もう一体は、ジャパンの地方都市のど真ん中に出現した。三千メートルといえば、山なら年間に死人を何人も出してもおかしくない高さで、ニワカ登山者など寄せ付けない標高である。マウント・フジ(約三千七百メートル)よりは小さい、というのは気休めにしかならない数字で、とにかく三千メートル級の山ほどもある地球外生物が、突如として人口約三十万の地方都市に現れたのだ。一瞬にして瓦礫と化したビルが吹き飛び、多くの生命が失われた。死傷者は二十万超、行方不明者は数千名に及んだ。

 しかし、この破壊と殺戮の行為は、意図的ではなかったからと、不問に付された。

 要するに、被害国政府および当時は世界の覇者面をかろうじて保てていたステイツその他先進国も、すっかりビビってしまったのである。

「地球の最初の訪問地として我が国を選んでいただいたことは誠に名誉なこと」

 と薄ら笑いさえ浮かべながら記者会見で述べ、

「トーキョーじゃなかったのが、せめてもの幸いでした。あはは」

 被害地が地方都市でああよかったという安堵の気持ちを隠しもしなかった時の首相は、この失言によって辞職に追い込まれることさえなかったという。

 だいぶどうかしている、と大勢が思ったそうだ。

 文化の違いは、しばしば軋轢を生むものだ。そのためにどれほどの地球人の血が流されてきたことか。同じ人間同士でもわかりあえないのだから、むしろ異星人と意思の疎通が図れないのは当然で、無駄な努力に労力を費やす必要がないだけマシといえようか。

 しかし、人類は無駄な努力をするのである。即ち、スペース・ピープルとの話し合いを試みた。


 通じなかった。


 言葉は通じた。彼らは、地球上のあらゆる言語を理解し、コミュニケーションをとることが可能だった。彼らは、全人類に向けて一斉に発話をすることさえできた。どういうからくりでそんなことが可能なのかは、未だ解明されていない。彼らのコミュニケーションは独特で、それをタイムリーに経験した者によれば、脳内に直接話しかけてくるというよりは、脳内に文字が浮かぶ、いや、その両方の中間であった、と要領を得ない。

 言葉ではなく映像を受信したという者もいた。要するに、それまで人類が経験し得なかったコミュニケーション方法だった。こちらからの返答も声に出す必要はないらしいのだが、我々は、なかなか慣習を捨てられない生き物だ。

 当時、地球代表としてステイツ大統領とスペース・ピープルが対談した映像を観ると、脳が揺れて船酔いのような感覚を引き起こす。映像からさえ、地球外生命体の言葉は、我々の脳に直接語りかけるのだが、大統領は口に出して返答をする。でんと鎮座した山(実際三千メートル級だ)と相対し、だらだら汗を流しながら、虚空に向けて喋る滑稽な男。まことに珍妙な映像だった。

 そして当時の地球の全人口の三分の一が命を落とした。

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