第8話 日常と非日常
ここ最近、いや、内臓をほぼ全て人工物に変えてからだが、体力が増えた気がする。
というのも荷運びの依頼を受けた時に感じたが、今までであれば2時間も荷運びしていると徐々に腰が痛くなり息は荒くなっていき、最後の方は喋る事すらキツく感じる程だった。
しかし今では2時間ぶっ続けで荷運びしていても多少疲れたなと感じる程度で前のように疲労が蓄積しなくなっていた。
これもやはり人工物の恩恵とでも言うのだろうか。
力で勝るとは聞いていたが、こういった面でも人間の機能の方が劣っているようだ。
「あの、何か考え事ですか?」
そんな事を考えながら僕は理紗と共にウィンドウショッピングに来ていた。
何故こんな事になったかと言うと、毎日メッセージのやり取りをしている内に休みの日ウィンドウショッピングに行くなら一緒に行きたいと言われてしまったのだ。
ここで断るのは男の恥だと気合を入れ、僕の持っている服で一番いいと思われる服装を身に纏い女の子とお買い物と洒落込んでいる訳だが、正直どんな会話をしたらいいか分からずほぼ無言であった。
理紗も理紗で恥ずかしいからかほぼ口を開かず、お互いが無言のままショッピングモールへと到着してしまった。
あまりにも無言が続き過ぎたからかやっと理紗が口を開いて冒頭に戻る。
「ああちょっと仕事の事をな。えっと理紗ちゃんは何か買いたい物があるのか?」
「はい、服を見たくて……」
理紗の表情や態度から、明らかに自分に好意を持っている事は分かっていた。
しかし、どうしても僕の頭の片隅には準新人類だという単語がチラチラ顔を見せてくる。
そのせいで純粋に彼女の好意を受け止められずにいた。
「そうだな、よし。じゃあまずそこに行こう。せっかくだし僕が買ってあげるよ」
僕の懐は潤っている。
今では300万を超えるポイントがあるのだ。
服の1着や2着買ってあげた所で大して痛みはない。
「いえ、悪いですし……」
「気にするなって。理紗ちゃんはまだ未成年なんだから遠慮するな」
「はい、じゃあお言葉に甘えて」
高校3年生と聞いているが、女子高生らしさはない。
どちらかと言うと結構大人びた見た目で性格も大人しい。
大学生と言われた方が納得出来るくらいであった。
理紗の行きたかった服屋に着くと、僕の足は止まった。
それもそのはず、その店はTHE女子の店といった外観で男の客はいない。
なかなか入るにも勇気がいるというものだ。
「どうしたんですか?」
「あ、ああいや気にしなくていい。さ、行こうか」
理紗に純粋な目で見つめられると、こういう店慣れて無くてなどとは言えず無理矢理キリッとした表情で理紗と共に入店した。
「あー!これ新作のワンピースなんです!どうですか?似合いますか?」
「うん、なかなか似合ってるね」
「これもいいなぁ。藤堂さん、これはどうでしょう?」
「それもいいね!」
「あ!これとかちょっと奇抜ですかね?」
「うんうん!大丈夫だよ!」
ぶっちゃけて言えば僕に服の良さなど分かるはずもなくとりあえず会話を続ける事に必至であった。
理紗の容姿は整っている。
どれを着ても似合うのだが、僕にはそれを正直に言えるような度胸はない。
可愛いから何を着ても似合うよ、なんて言えればいいのだが、女性との関係値などほぼ皆無の僕にそんな器用な真似は出来るはずもなかった。
「うーん、これとこれ迷っているんですけどどっちが似合いますか?」
どっちも同じだよ、とは言えず僕は悩んだふりをする。
理紗が持っているのはどちらもワンピースだ。
白いか薄い水色かの違いだけである。
どっちも同じような服でどちらがいいかなど分かる訳が無い。
そこで僕は閃いた。
どっちも買ってあげれば良いのではないかと。
そうすれば悩む必要もない。
そうと決めればさっそく、と口を開く。
「どっちも似合うから両方買おう。ほら、レジに行くよ」
「え!?いや、そんな悪いです!」
「気にしない気にしない」
どちらかを選べと言われた方がしんどい、と心の中で呟くと理紗の言葉を無視してレジへと向かった。
「お会計、6万8000ポイントです」
目玉が飛び出るかと思った。
高すぎて料金を二度見したくらいだ。
ただの布切れでなんでそんなに高いんだと腹が立ったが理紗の手前やっぱり無しとは言えず、僕は個人端末からレジ端末へと入金する。
最近の中高生向けの服は高いんだな。
とんだ出費だった。
「ありがとうございます。大切にさせていただきます」
「気にしなくていいよ。僕も勉強になった」
「勉強?」
「あ、いやこっちの話。それより小腹も空いたし何処かで食事でもしようか」
危ない危ない。
ポロッと零しかけた。
これも一つの社会勉強だ、女子高生が好む服は高いという事。
その後は適当に入った食堂で小腹を満たし、次は僕の買い物をする事になった。
「何を買われるんですか?」
「ガジェット系を見たくてね。理紗ちゃんは興味ないかもしれないけど」
僕はこう見えて案外ミーハーである。
最新型の家電やガジェットが出てこれば触ってみたくなるものだ。
理紗ちゃんはあまり興味がないのかスンとしていたが、店に着いた僕のテンションは上がった。
何しろショーケースに並ぶガジェットは最新ばかりだ。
何かいい物はないかと物色を始めると理紗ちゃんもその辺のガジェットを触ったり見たりしてそれなりに楽しんでいるようであった。
眼鏡にマイクロコンピューターが埋め込まれており、脳から贈られてくる信号を受け取るとその情報を目の前に映し出すというガジェット。
簡単に言えば調べたい事があれば頭の中で考えるだけで検索結果が目の前に表示される代物だ。
他にも自宅に置いたテレポーターから物を手元に取り寄せる零距離ポケットなども売っている。
どれもこれも最新の技術をふんだんに使ったガジェットばかりであった。
ただやはり値段は相応に高い。
眼鏡タイプのガジェットでも100万はするしテレポーターなんて1000万もする。
流石に手を出すには厳しいものがあった。
その中でも一番興味をそそる物があった。
まだプロトタイプであり完全版ではないようで金額もまあまあ手の届くレベルの代物。
腕輪のように見えるソレは装着すると身体能力を引き上げる効果があるガジェットだった。
今はまだプロトタイプだからか1.5倍の身体能力向上効果しか得られないが、完全版になるとおよそ2倍の向上効果が得られるらしい。
値札を見ると30万と記載されている。
今までであれば絶対に買えない額だが、今の懐事情なら買えてしまう。
何に使うかと問われればもちろん仕事で使う。
体力も膂力も1.5倍になればどれほど仕事が楽にできるか。
それがたった30万と思えば安く感じられる。
僕が買おうか悩んでいると理紗はあらかた見回ったのか傍に戻って来た。
「それ、買うんですか?」
「ん?ああ、悩んでいてね。これがあれば仕事が相当楽になるかなって」
「へぇ、それはいいですね。仕事なんて楽にこなせるに越したことはないですし。私も力仕事をするならこれは買いです」
「だよな……よしこれ買うよ。ちょっと待っててくれる?」
理紗と離れレジへと向かうと、会計を済ませる。
今日だけでおよそ38万もの大金を使ってしまったが、まだ200万以上あるというのが心に余裕を持たせてくれた。
腕輪の充電は約半日持つらしいが、今付けてもあまり意味はないかと袋に仕舞う。
理紗と合流しようと店の外に出るが、何故か見当たらなかった。
辺りを見回すが何処にも理紗の姿がない。
まさか勝手に別の店へと行ってしまったか?と個人端末を開き理紗へと連絡を入れた。
5分待っても10分待っても返信はない。
おかしい……いつもなら必ず10分以内に返信があるのだが今に限って一切反応がなかった。
流石に焦りが見え始め、ショッピングモールのヘルプセンターへと急いだ。
もしかしたら攫われたかと嫌な想像が頭をよぎる。
理紗が人間保護団体の会長である柴崎の娘である事は周知の事実だろう。
身柄を攫い身代金を請求する輩がいてもおかしくはないと、今更ながら目を離してしまった事を後悔した。
僕に取れる手段は多くない。
ヘルプセンターで聞き取りをするか自力で探し出すか。
「申し訳ございません。お客様がご指摘する時間帯の監視カメラを確認しましたが、何も問題はないようです」
「は?そんなはずはないだろ!さっきまで一緒に店で買い物してたんだぞ?誰かが攫った瞬間とか映ってないのか!」
「ええと……少々お待ちください。責任者を呼んで参りますので」
ただのモールのスタッフでは判断が出来なかったのか、奥から壮年の男性が出て来た。
見た目からして管理職のような男性だ。
「どうしましたか?何か問題があったとか」
「問題どころか事件だぞ!急いで監視カメラを確認してくれ!一緒にいた女の子が気付けばいなくなっていたんだ!」
「それは……すぐに確認します」
買い物をしていた時間帯を伝えると男はモニターを眺めカタカタとキーボードを打つ。
しばらく待つと責任者の顔が曇った。
やはり何か映っていたのではないか。
「どうだった?攫われたのか?」
「いえ、それが……大変申し上げにくいのですが……」
結論から言うと理紗が姿を消した時間帯の映像はなかった。
監視カメラは24時間常時作動している。
その間だけ映像が無くなっているなんて考えたくはないが、そんな事が出来る者など限られている。
「分かった、ありがとう。故障とかではないんだな?」
「はい、監視カメラはその時間帯以外正常に動作しているようですし、故障のランプも付いておりません」
ヘルプセンターを飛び出した僕は買ったばかりの腕輪を装着する。
全力で駆け出すと凄い速さである場所へと向かった。
体力、脚力共に身体能力が向上しており通常の1.5倍の速さで駆ける事が出来る僕が真っ先に向かうのは、長良の研究所だった。
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