第6話 不穏な気配
地下室は所狭しと棚が並べられており、少し肌寒さを感じる程の室温だった。
薬品の類を置いているからか室温は出来るだけ低く保っているのだろう。
上着でも持ってくれば良かったと後悔しながら、長良の跡を付ける。
地下室は案外広く、物も多い為隠れる場所は幾らでもあった。
棚を盾にしながら少しずつ長良を追うと、やがて彼女が冷蔵庫のような物を開けて筒状の物を仕舞った。
やはり何らかの薬品らしく、冷やしておかねばならない物のようだ。
ジッと見つめていると、長良が不意に振り返った。
人の気配を感じ取ったのか、辺りをキョロキョロと見回すと首を傾げまた冷蔵庫らしき保管ボックスへと視線を戻す。
コンマ1秒隠れるのが早かったお陰で僕がそこに隠れている事には気付かなかったようだ。
時間にしておよそ30秒程保管庫の中を覗いていた長良は、気が済んだのか扉を閉めて鍵を掛けた。
何か大事な物なのだろうが、僕はは中が気になった。
どうせ薬品の類かもしれないが、一度気になればなかなか興味が薄れる事がないのが人間というもの。
長良が地下室から出て行くのを見届けると、保管庫へと忍び寄った。
「ん?これ外からは中が見えないようになってるのか」
せめて隙間でもあれば覗けるのではないかと思っていたが、アルミのようなボックスで隙間など一切なかった。
鍵は長良が持っている。
流石にあれを盗み出し中を見る事は不可能に近い。
仕方ないと諦め、他の棚を順番に見ていく事にした。
どれもこれも見た事のない器具や薬品だった。
新人類に関する書類なんかも置かれていたが、一番興味を引いたのはやはり新人類に使われている機械であった。
「これが……新人類の脳?か?」
人間の脳みそに似せた擬似脳みそをマジマジと見つめると、不思議な感覚になる。
まるで自分の脳もこの機械なのではないかと思えるような感覚だ。
そんなはずあるわけないのだが、不思議とその脳みそが気持ち悪いと感じる事はなかった。
他にも人工腕や足、内臓器官の代わりと思われる機械も置かれている。
新人類第一研究所と言われるだけあって様々な機材が置かれているようだった。
保管庫の中を覗けなかったのは残念だが、なかなか見る機会のない物を色々と見れたので満足し僕はまた宿直室へと戻って行った。
「まだ……全然足りない」
研究室で一人呟く長良の表情は険しく、お世辞にもいい顔とは言えなかった。
モニターに表示される文字や記号を眺め眉をしかめる。
「別の対象者も見つけた方がいいかな……いやでも適合する人間を見つけるのは難しいし……。はぁ、やっと見つけた藤堂さんのような人間が他にもいればなぁ」
長良の呟きは誰もいない研究室に溶けるようにして消えていった。
――――――――
朝、目が覚めるととても気分が良かった。
長良は相性もあるから具合が悪くなる場合もあると言っていたが、今の所人工内臓との相性は悪いようには思えない。
今日で4日目。
長良による健康値チェックが終われば久し振りに家へ帰る事が出来る。
そういえばあの事故の日、買った鉄騎競馬のデータベースにアクセス出来るというチップは何処にいったんだろうか。
まあ無くなったならまた買えばいいけど。
柴崎さんから貰った100万ポイントだってあるし、大して懐は痛まない。
それに最初の手術で手に入った200万ポイントだってまだまだ健在だ。
なんなら新型の個人端末を買ってもいいかも知れないな。
そんな事を考えていると宿直室のドアが数回ノックされる。
最終検査で長良がやってきたのだろう。
僕は返事をすると、白衣を着た長良が機材片手に入って来た。
「おはようございます藤堂さん。どうですか?身体の調子は」
「ああ、悪くないな。むしろ気分は爽快って感じかな」
「まあ久し振りに家へ帰れますもんね。お仕事も結構溜まってたりするかもしれませんよ?」
確かに個人端末を確認すると幾つかの仕事に関する連絡が来ていたな。
といっても僕は便利屋だ。
大した仕事ではない。
一応客先には事故の影響で仕事を受けるのも完治してから、と伝えてあるし大丈夫だろう。
長良の健康値チェックは滞りなく終わった。
何処にも異常は見当たらず問題はなかったらしい。
「はい、ではお疲れ様でした。あと、こちらのチップ、壊れていたので修理しておきましたよ」
長良の手には、事故の日購入したプラグインチップがあった。
買い直すかと思っていた矢先だった為、僕は笑顔を浮かべ受け取る。
「こんなんも直せるのかよ!すげぇな!今から買いに行こうと思ってたとこなんだ。助かったよ」
「いえいえ。こちらもいい研究成果としてデータを頂けたのでWin-Winの関係です」
僕には良く分からないが、人間の臓器から人工臓器に変える手術もそれなりに使える研究データなのだろう。
長良と別れ自宅へと向かうと、ドアの前で座り込んだ女の子がいた。
「あれ?理紗……ちゃんだっけ?」
服装は学生服で学校帰りのようである。
柴崎さんの娘さんで僕が助けた女の子がなぜここに居るのか。
首を傾げどうしようかと迷っていると理紗が立ち上がった。
「あの……連絡先……教えて貰えますか」
「連絡先?ああ別に構わないけど」
ただそれを言う為だけにここで待っていたのだろうか。
てっきり擦り傷を負ったから治療費払えとかって詰められるのかと思った。
個人端末をお互いに近付けると連絡先が登録された。
理紗は少しはにかんだ後、ペコっと頭を下げ走り去って行った。
不思議な子だな。
怒っているのかと思っていたがどうやら違うらしい。
もしかしてこれはモテ期というやつだろうか。
いやいや、そんな訳ないな。
生まれてこの方彼女なんてできた事がないんだから。
無駄な希望は持たぬべき、と強く誓い僕は自宅へと入って行った。
――――――
そんな様子を理紗は離れた場所から見ていた。
思春期であればイレギュラーが起きた際、それが自分の命を救ってくれたイベントであったなら、多少なりとも興味を持つというものだ。
理紗も例に漏れず、大我に興味を抱いた。
見知らぬただの女子高生を命懸けで救うような人とはどんな人なのだろう、と。
既に連絡先は入手した。
後は相手の事を知っていけばいいだけ。
理紗は口角を上げ薄く笑うとその場から立ち去った。
――――――――
あれから3日が経った。
玄関前に座り込み僕を待ち続けた理紗ちゃんは毎日連絡してくる。
電話ではなくメッセージを飛ばしてくるだけだが、それでも毎日送るというのはいかがなものか。
それも内容は大して面白くもない。
今日は何を食べたか、休みの日は何をしているのか、仕事はどんな事をしているのかなど、どうでもいいような話だ。
それとは別に事故依然に依頼があった仕事は問題なくこなしてきた。
といっても難しいものではない。
家電が故障したから直して欲しいというよくある依頼だ。
便利屋というだけあって様々な仕事が舞い込んで来る。
ペットの散歩や代理で物を買ってきて欲しいだとか、今回のように修理依頼もある。
だが料金を安めに設定しているからか儲けとしてはそんなに多くはないのだ。
しかし今は貯蓄があるし、そこまで稼がなくとも十分生きていける。
さて、今週は大きなレースがある。
今度こそ勝つぞと気合を込めて鉄騎競馬のデータベースを見ていく。
休みの日は専らそれしかしていない。
だから理紗ちゃんには流石にそのまま伝えるのも気が引け、ウィンドウショッピングと伝えておいた。
データベースを見た後はこれといってやる事はない。
暇になりテレビを付けると夕方のニュースが流れていた。
ボケーっとただ眺めるだけだったのだが、一つのニュースが少し気になった。
『大手企業、日ノ本工業が大規模ハッキングを受け対応に追われている』
ついこないだ柴崎さんから自動運転プログラムへのハッキングがどうのという話を聞いたばかりだったからかついつい見入ってしまう。
「昨日、日ノ本工業のデータベースに不正にハッキングされた形跡がありました。データベースには顧客情報から自動運転プログラムなどのコードも残されており、運営陣は対応に追われ現在もホームページへアクセス出来ない状況が続いています」
テレビから聞こえてくるアナウンサーの声に、まさかなと半信半疑で柴崎さんの話を思い出す。
新人類が人間へと攻撃し始めた。
どうしてもその言葉が耳に残る。
平和な世の中だったのになぜ今になって新人類が徒党を組み出したのかが分からなかった。
今までであれば所詮他人事だと適当に流していたが今は違う。
準新人類の身体になってしまった僕は他人事とは思えず、表情は固まる。
そんな時だった。
理紗ちゃんからのメッセージが飛んでくると、個人端末に内容が表示される。
ニュースも気になるが理紗ちゃんのメッセージを無視するわけにもいかず、目線を個人端末へと向けた。
『藤堂さんはまだ人間ですか?』
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