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第5話 人類保護団体

僕が助けた女の子は高校生だった。

ちょうど受験の時期で束の間の休息として通学する時は好きな音楽を聞いてその世界に入り込むらしい。

だから僕の叫び声にも反応しなかったようだ。


「本当に!!ありがとうございました!!娘を助けて頂きなんとお礼を申せばいいのか……」

両親はとても良くできた人だった。

腰をくの字に曲げ頭を下げている。

目には涙の跡があり、よほど感謝しているのだろう。


「ああ、いやまあ。身体が咄嗟に動いたんで」

「いえ!貴方がいなければ娘はもうこの世にはいませんでした……本当にありがとうございます」

涙で顔をグチャグチャにしながらお礼をする両親とは違い、恥ずかしそうに顔を俯かせ小さく頭を下げている女の子が気になった。

もしかして突き飛ばした事に腹を立て、そこまでありがたがっていないのかもしれない。


「ほら、理紗もお礼して!」

「う、うん。この度は、助けて頂き、ありがとうございました」

なんか言わされてる感凄いな。

声も小さくてよく聞き取れないくらいだ。


顔も赤いし怒りを堪えているのだろうか。

腕には包帯を巻いていて痛々しさが残っている。

恐らく突き飛ばした拍子に擦りむいたのだろう。


「あーっと、理紗ちゃん?突き飛ばしてごめんよ。でもあの場ではああするしか無かったから」

「い、いえ……大丈夫です」

怒ってるのかなやっぱり。

人と接する事が少なかったから、対人スキルがほぼ皆無の僕とはソリが合わなそうだ。


「とにかく、お礼はもう十分です。彼女が無事であった事を喜びましょう」

「そう言って頂けて本当に感謝申し上げます!ああ、申し遅れました私こういう者です」

そう言って僕に手渡してきたのは、名刺であった。

プラスチック製の電子カードのような重みがある。


そこに書かれていたのは、人間保護団体会長柴崎十郎という肩書きとフルネームであった。


「人間保護団体……?」

「そうです、私が会長しておりまして、藤堂さんもご存知ですか?」

初めて聞いた団体名だ。

というか関わりがなさ過ぎて全然分からない。


「我々は新人類ではなく人間を全てにおいて優先すべきだというモットーを掲げておりまして……何しろ最近は新人類の数も増えてきているようですから」

「新人類が増えると不味いんですか?」

「ええ!知能も力も人間より勝る新人類が増えればいずれ人間の領域が侵されてくるでしょう。今はまだアクセス権限をレベル1にする事でなんとか抑えていますがいつ徒党を組んで人間に襲い掛かるか……」

おいおい、滅茶苦茶過激派じゃないか。

というか僕の身体は既に準新人類になってるのに、これは言わない方が良さそうだな。


「藤堂さんもあの事故は偶然だとは思っていないのではないですか?プログラムに欠陥があるなど到底考えにくい……もしかすると新人類が何か仕組んだかも知れません」

「仕組んだ?」

「ええ、何しろ新人類の知能は人間を超えています。プログラムのハッキングなど容易い事でしょうから」

まあ無くはないだろうけど、あのタイミングでそんな事をしても人間を大量虐殺するには難しいのではないか?

まさか人間保護団体会長である柴崎さんの娘だから狙ったとか?

いや、考えすぎか。

とにかく適当に話を合わせて帰ってもらおう。



「分かりました。とにかくお礼は十分ですので」

「ではせめてこちらを」

柴崎さんが個人端末をちょろっと操作すると僕の個人端末に通知が飛んできた。


見ると100万ポイントが振り込まれている。

お礼にしてはちょっと高すぎやしないだろうか。


「これは流石に頂けませんよ……」

「いえいえ!娘の命を救ってくださった藤堂さんには安いくらいです!是非それくらいは受け取って頂かないと……」

「わ、分かりました。では有り難く頂戴します。柴崎さんも事故にはお気をつけ下さい」

あまりの圧に押し負けてしまった。

まあお金はいくらあっても困らないからいいけども。


柴崎さんが帰る際、娘の理紗はしきりに僕の方を振り返っていた。

思う所があったのか、何か言いたげな表情で。



「ふう、とんでもない人だったな」

「まああの方は結構な大物ですからね。にしてもなかなか興味深い事を言ってましたね。新人類が人間を殺そうとしている、とか」

長良も後ろで聞いていたらしく、柴崎さんの話を重く受け止めていたようだ。


「万が一自動運転プログラムがハッキングされたとなると、これは大事件になりますよ。悪意を持って人間を傷付ける事が出来ない筈の新人類が人間を狙うなど……」

「あってはならない、って事か」

「はい。もしそれが可能になれば数の少ない人間側が不利になります。というか確実に争いが始まれば負けますよ人間が」

当然だな。

知能も力も上なのだから、人間が勝てる道理などあるはずが無い。


そんな争いが始まったら僕はどっちの側に付くべきなんだろうか。

既に準新人類になってしまっているし、やはり新人類の味方をするべきなのか。


「あまり深く考えなくてもいいかと思いますよ。どうせ政府が動くと思いますから」

言われてみればそれもそうか。

どうせレベル1のアクセス権限じゃ出来る事もしれている。


「そういや疑問だったんだが、長良はどうして僕を選んだんだ?同じような境遇の奴なんていくらでもいただろ」

「うーん、それを言われると何ともいい難いのですが……まあ波長が合った、といった所でしょうか」

長良の話もたまに理解できない時がある。

これがIQの差なのだろうか。

知能がかけ離れていれば会話が成り立たないとも言うし、とりあえず僕はウンウンと頷いておいた。


「とりあえず宿直室に案内しますね。研究室の中で寝泊まりするのは流石に許可がでませんので」

そもそも一般人が研究室に入ってもいいのかって話なのだが、上手く取りなしたのかそれとも隠しているのか。

……深く考えるのは止めておこう。



案内された宿直室は一人暮らしが十分できる程度の広さだった。

あまり使われていないのか家具などは新品同様である。


「この宿直室は私専用なんです。だからあまり使っていなくて」

「泊まり込みで研究する時もあるんじゃないのか?」

「ええ、もちろん。ですが私は研究してる時間を限りなく減らしたくないので研究室で寝泊まりしてます」

宿直室の意味よ……。

それにさっき研究室での寝泊まりは禁止されてるとか言ってなかったっけ。

まあ新品同様の家具だし、僕としては有り難いが。


「ではまた何かあれば呼んで下さい。私は奥の研究室にいるので。それと食事は冷蔵庫にいくらか入ってますのでそれを食べて頂いて結構ですよ。あとシャワーはそっちです。では数日程度ご不便をお掛けしますが、どうぞゆっくりしていって下さい」

「ああ、分かった。何から何まで悪いな……」

これだけ用意周到だと申し訳なくなってくる。

不便どころか十分過ぎるくらいだ。


長良が研究室へと戻って行ったのを見届けると、部屋の中を物色する。

着替えも新品が用意されているし、シャワーも殆ど使った形跡がない。

研究室に寝泊まりしているとは言っていたがシャワーも浴びずに何日も研究に没頭しているのだろうか。


案外清潔感がないのかな。



夜も深まってくるとやはり寝床がいつもと違うせいか眠気が来なかった。

ボーっと天井を見つめていると、何となく研究室でどんな事をやってるか気になってくる。

一度気になり始めると意識がそちらに割かれ、寝ようという気持ちなど吹き飛んでしまった。


研究所を勝手に出歩くのは不味いと思いつつも、長良の研究室だけなら大丈夫だろうとソッと宿直室の扉を開ける。


暗い廊下が続いており人気(ひとけ)など一切感じさせなかった。


忍び足でゆっくり長良の研究室まで近付くと、音は聞こえないがドアの隙間から光が漏れており、未だ仕事をしているようであった。


中からコツコツとドアに向かって歩いて来る音が聞こえ、僕は咄嗟に壁の窪みに身体を隠した。


研究室から出てきた長良は何か筒状の物を持っており、それを大事そうに抱え何処かへと歩いて行く。

もうここまで来たら気になって仕方がない。

僕もゆっくりと忍び足で跡を付けた。



地下へと降りていく長良だったが、やがてある部屋の前で止まった。

個人端末をドアの認証ロックに当てると、ドアが開き中へと入って行く。

流石にそれ以上追い掛けるのは無理だと判断し、僕は宿直室へと戻って行った。



――――――

ベッドに潜り込むといつの間にか朝になっていた。

昨日の事が頭から離れず、地下に何があるのか気になって仕方がない。

とはいえ朝になれば他の研究員もゾロゾロと出勤してきて、研究所を彷徨く真似は出来なくなる。


まだ数日研究所には滞在しなければならない。

ならば次の機会はあるだろうと、昨日の出来事は一旦頭の片隅に追いやった。




その日は特にやる事もなく偶に宿直室へ訪れる長良と一言二言会話をする程度で、また夜がやってくる。

今度はタオルを一本拝借し、首に巻き付けた。



夜も深まり昨日と同じくらいの時刻になると、また長良は研究室から出てきた。

また筒状の何かを持っており、地下室へと向かうのをバレないよう後を追う。



今回は昨日と同じミスはしないぞ。

僕は首に巻き付けていたタオルを手に持ち地下室のドアを開けるその時を待った。


長良が個人端末を認証ロックに当てドアが開くと中へと入っていく。

ドアが閉まるまでおよそ4秒。


バレるかどうかのギリギリの距離に隠れていた僕はドアが閉まる直前タオルを挟み込んだ。

これで閉まるのを防ぐ。

やってやった。

僕は笑いを噛み殺しながら、ゆっくりとドアを開けると地下室へと入って行った。

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