最終話 いつか願った平和な日々を
僕が生まれた頃、両親はとても喜んでいた。
元気な男の子だと。
だが、次第に僕が出来の悪い子供だと分かってくると家族で出掛ける事もなくなっていった。
やがて定職にもつかずよく分からない便利屋を始めた。
最初の頃は殆ど仕事なんてなくて、ひもじい生活を強いられていた。
少しずつ食っていける程度に稼げてくると僕はギャンブルにはまった。
ああ、なんてしょうもない人生なんだ。
時折僕はそう思う事があった。
せめて誰かの役に立ちたくて始めた便利屋だったが、どうもパッとしない。
人の為になりたかった。
誰かの助けになりたかった。
そんな時に出会ったのが長良美咲という女性だった。
彼女は魅力的な提案を持ち掛けてくれた。
今思えばあれが運命の分岐点だったのかもしれない。
あれよあれよと今、まさに人間を生かす為にスイッチを押した。
これが走馬灯ってやつかな。
ゆっくりと僕の頭の中で今までの思い出が流れていく。
ああ、そういえば理沙は無事かな。
長良とうまくやっていけるかな。
……眠くなってきた。
もういいだろう。
十分僕はがんばったよ。
なあ、長良。
僕は誰かの役に立てたかな?
そこで僕の視界は真っ暗になった。
――――――
ラムナスは胸を押さえて、その場にうずくまる。
ただならぬ様子のラムナスを見て、しおりは手を伸ばした。
「ラムナス……様」
「し、おり……」
二人が手を伸ばすと指先がほんの少し触れる。
そのまま二人は動かなくなった。
しおりを殺害したゼロは腕の形を戻すと、手を伸ばした格好で動かなくなった二人を見下ろす。
そう、ゼロは死んでいなかった。
大我の目測で十メートル圏内に入っていると思われていたが、実際には数センチ外れていた。
そのお陰で死のスイッチからは逃れられたのだ。
「大我、お前の勇士は見届けたぞ」
ゼロはスイッチを押したままの態勢でピクリとも動かない大我に手を添えると、そっと小さく呟いた。
「ん?これは……」
大我の身体に手を添えたゼロはフッと笑う。
ゼロの頭の中にメッセージが突然流れ込んできたからだ。
大我は最後の最後、ゼロに託すつもりでメッセージを残していた。
ゼロが生き残るとは思っていなかったが奇跡にかけて、ゼロに伝言を残した。
「柴崎理沙と長良美咲をよろしく頼む、か。ふん、この俺にまだ働かせようとはな」
大我の残した遺言は二人を守ってやってほしいという内容だった。
ゼロが律義にそれを守る必要はない。
だが、少しくらいなら守ってやってもいいと思っていた。
大我がいなければ憎きラムナスを殺すことは叶わなかった。
彼の命と引き換えにゼロは目的を達成した。
それに免じて頼みを聞いてやろうと、そう考えていた。
「終わった……のか?」
剛田がゼロに歩み寄ってくると、ゼロは無言で頷く。
「大我は、死んだのか?」
「生命活動は停止した。人間で言うところの死だ」
「そうか……若いのによ……背負いやがって」
剛田は目元を潤ませる。
たった数日という短い期間ではあったが、大我の人柄は好きだった。
「大我さん、もう起きないんですね」
柊も疲れた顔で近寄って来ると、しゃがみ込み大我の身体に触れる。
「もう終わったのか……これで」
「終わった。世界中にいる新人類も強制的な命令が止まり正常な状態に戻っているはずだ」
ゼロがしおりの持っていたタブレットを見ると、制御下から外れている表示に切り替わっていた。
「島の中にいる連中はみんな死んだのかな?」
佐助は島の静けさに違和感を覚えた。
さっきまで殺す勢いで何体もの新人類が襲い掛かってきていたのに、今では怖いくらいに静かだった。
「島にいた新人類はみんな停止した」
突如聞こえてくる幼い女の声に全員が振り向いた。
宮殿の奥からゆっくり歩いてきた少女のような姿にみんな目を丸くする。
「お前は……ノルか」
「そういう君はゼロワンだね」
ゼロは臨戦態勢を取る。
その様子に剛田や佐助達もあわてて銃を拾った。
「貴方達と戦うつもりはない」
「ならばどうして今になって出てきた。お前がこの島にいることは分かっていたが関わるつもりがないのだと思っていたぞ」
ノルは宮殿の地下に幽閉されていたが、大我の持つ兵器の範囲に入っていたせいで電子ロックは解除され自分で出てくることができたのだ。
「お前は殺戮衝動が抑えられなかったはず。なぜそう平然としていられる」
「分からない。ただ、私の脳内に誰も殺すなって命令が残ってる」
誰がそんな命令を下したのか。
ゼロがタブレットに目を落とすと、確かに何者かがノルに命令を下していたログが残っていた。
このタブレットはしおりが大事そうに抱えていた物。
つまり、命令を下したのはしおりただ一人だった。
「そうか……それで、お前はこれからどうするつもりだ」
「分からない。私は地下から出たことがなかったから」
「何かやりたい事でもないのか?」
「……島の外を見てみたい」
ノルは殺戮衝動があったせいで、殆ど地上には出ていなかった。
島の外など見たことも出たこともない。
「どうするんだゼロ?連れて帰るか?」
見た目は少女であるが故に同情したのか剛田はゼロにそう問いかけた。
「連れて帰るしかあるまい。ノル、本当に殺戮衝動はなくなっているんだな?」
「何にもない。誰かを守る時だけその力を振るえって命令も残ってるから」
しおりは最後にいい仕事をしてくれた。
ゼロが心の中で、ラムナスと眠る彼女に祈りを捧げる。
「では行くぞ。剛田、船の所までけが人を運んでおけ」
「おう。よし、みんな!行くぞ!」
剛田達がその場から去ったのを見届けるとゼロはノルへと振り返った。
「島の中にいた新人類は停止したと言っていたな。あれはお前がやったのか?」
「そう。私の内蔵されている兵器、知ってるでしょ?」
ノルは凶悪な兵器を持つ。
超高密度の電磁波を好きに操れる兵器だ。
それを使って島の中にいる新人類を全て停止させていた。
「どうしてそんな事をした」
「誰も殺すなって命令があったから」
命令一つで殺戮マシーンだった彼女がここまで変わるのかとゼロは苦笑いを浮かべる。
「そうか。では行くぞ」
「どこに行くの?」
ゼロはその問いかけに足を止めた。
しばらくして振り返ると、口を開いた。
「新人類第一研究所だ」
――――――
あれから五年が経った。
藤堂大我が犠牲となり、新人類の指導者を倒したあの事件は徐々に風化してきている。
あの事件以来、新人類と人間は対等だという常識が生まれた。
どちらも優劣つけるべきではないし、それが争いの火種となる事を知ったから。
「おい、美咲。これはどこに運べばいい」
「えっと、それは第三研究室に運んでおいてくれますか?」
今は第一研究所で行うセレモニーの準備中だ。
SX01、通称ゼロと呼ばれている彼は戦闘型新人類。
藤堂さんが去ってからしばらくして突然私の前に現れたのは本当に驚いた。
彼は私と理沙ちゃんを守る任務に就くと言って今でもこの研究所に住み着いている。
「美咲、これはどこ?」
「あ、えっとそれは倉庫に運んでおいてくれるかな?」
そんなゼロと共に研究所に住み着いた新人類はもう一人いる。
SX00、通称ノルと呼ばれる少女だ。
彼女もまた凶悪な兵器を内蔵する戦闘型新人類らしいが、詳しい事は知らない。
私は藤堂さんが死んだことを彼らの口から伝えられた。
最後まで結局私の秘密は打ち明けられなかったが、なんとなくうっすら気づいていたのではないかと思っている。
私の目的は人間になる事。
いつからか覚えていないが、私は人間ではなく人造人間だという事が分かった。
気づいた時は頭が混乱した。
私はどうして生まれたのか。
私を作ったのは誰なのか。
全て謎だ。
でも自分は人間だと思っていたのに本当は人造人間だったなんて受け入れられる訳がない。
だから私は本物の人間になりたかった。
藤堂さんは人間を辞める事を望み、私は人間になりたいと願う。
それが合致したというのは何とも偶然な話だ。
そして今日、あの事件から五年が経ち亡くなった英霊達の追悼式典がある。
私は今やここの所長をやっている。
元々ここに勤めていた人はそのまま残った。
元所長は仕事を辞めて今は主婦をやっているそうだ。
ちなみに私は独身である。
「おい、来賓が全員揃ったぞ」
立花蛍さんが歩み寄ってきてぶっきらぼうにそう小さく呟く。
彼は藤堂さんの友人だ。
二年前くらいまでは自分のせいでアイツは死んだのだとずっと自分を責め続けていたが、今はやっとまともに会話ができる程度には回復している。
藤堂さんは自分で選び望んだ。
自分の命と引き換えてでも世界が平和になることを。
だから誰のせいでもない。
「美咲さん行こう」
「ありがとうございます。ではそろそろ向かいましょうか」
今ではすっかり大人になった柴崎理沙に手を引かれ私は大きな広場へと足を向けた。
もう彼女も藤堂さんの事を引きずってはいない。
今では前を向いてしっかりと歩いている。
あの事件以降毎年追悼式典は開いている。
藤堂さんの存在を風化させない為に。
あんな悲劇を生まない為に。
藤堂さんはやり遂げてくれた。
誰かのためにと命を投げ出して手に入れた平和な世界。
小競り合いこそあれど、あの事件のような大規模なテロは起きていない。
私の身体は藤堂さんの人間であった時の素材と、私の記憶で作られている。
だから私の第一声は決まっている。
壇上に登ると眼下に集まる人達を見回して、マイクを握って口を開いた。
「お集りの皆さん、私は新人類第一研究所の所長を務めています、藤堂美咲と申します」
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