第30話 必要な犠牲
島へと向かうラムナスとしおりを笑顔で見送ると、恭吾は踵を返し研究所内へと戻っていく。
その顔には既に笑顔はない。
暗く沈んだ表情だった。
「計画実行には最後のトリガーがいる。分かっているな?」
「はい」
所員にそう伝えると二人は地下へと降りて行った。
そこには恭吾が秘密裏に作っていたミサイル発射制御装置が置かれていた。
「やるんですね……」
「ああ、しおりもうまい具合にラムナスに付いていった。新人類が人間を圧倒するにはまだ時間が足りない」
「ええ、そうですね」
恭吾は制御装置の前に立つと、操作盤に手をかけた。
いくつものボタンを決められた手順で操作すると、起動の文字が浮かび上がる。
「時間を稼ぐにはこれしかあるまい。今の人間を少しでも減らす」
「長良美咲はどうしますか?」
「彼女が感情を制御できるようになるまで時間がかかるだろうさ。十年後には再起動するように設定してある。眠って次に目を覚ました時には作られた記憶に従って生きていくだろう」
人造人間である美咲が人間らしくなるには数年を要する。
恭吾は彼女が人間社会に紛れて生きていけるようプログラムをセットしていた。
自分が人造人間であることなどそうそう簡単には気づけないようにも作ってある。
娘の成長を見られないのは残念だと、恭吾は一筋の涙を流した。
「起動する」
「どれだけの人間がこれで死んでくれるでしょうか……せめて数千万人は減らしておきたいですね」
「ラムナスが計画を進めてくれる。あとは彼に任せよう」
恭吾は操作盤のボタンを押した。
その瞬間、世界中にある軍事基地でミサイルが発射された。
そのミサイルが向かう場所は世界中の首都。
恭吾が行ったのは、世界中のミサイル制御をハッキングし全て意のままに操作する事だった。
ミサイルが首都に落ちればとてつもない被害をだすだろう。
少なくとも数年は新人類になど構っていられなくなる。
首都の復旧に恐らく全リソースが割かれることになるだろう。
数年単位で新人類への関心を削ぐのが恭吾の目的であった。
ただし、ハッキングされた事は即座にバレる。
新人類第一研究所に軍隊が乗り込んでくるのも時間の問題であった。
これは恭吾の命と引き換えに時間を手にする作戦だった。
――――――
島へとたどり着いたラムナスは目を丸くした。
想像していた島ではない。
そこはもう要塞というに相応しい防衛設備が整っていた。
「これは凄いな……」
「凄い凄い!」
しおりは分かっているのか分かっていないのか、島をぐるりと取り囲む防壁を見て笑顔を浮かべている。
島の中央に建てられている宮殿はもはや城であった。
巨大で数百人が同時に働けるほどの広さがある。
「ここから始まるんだな……」
「何が始まるの?」
「いや、それはこっちの――」
「ラムナスさん!!」
ラムナスの言葉を遮り、一人の所員が駆け寄ってくる。
この島に来たのはラムナスだけではない。
研究所に勤めていたほぼ全ての新人類だ。
数百人がこの島に来ていた。
その中の一人が血相を変えてラムナスの下へと駆けてきた。
ただごとではない雰囲気にラムナスの顔を強張る。
「ニュースを……見ましたか?」
「何の話だ?」
所員が手に持つタブレットを奪い取るように見ると、そこには世界中の首都にミサイルが落ちたと報道されていた。
「これはどういう事だ?計画はまだ進めていないはず――」
「このニュースが流れたらこの紙をラムナスさんに渡せと長良所長が……」
所員がポケットから小さな手紙を取り出しラムナスへと手渡す。
手紙は恭吾の直筆で文章が書かれていた。
そこに書かれていたのは現在起きているミサイル事故についての内容だった。
恭吾ともう一人の所員が手を組み、時間を稼ぐ旨が書かれてありラムナスは何も聞いていなかった内容だった。
「なんだこれは!アイツ!死ぬつもりだったのか!」
ラムナスは自分が殺してやるつもりでいた。
しかし図らずも恭吾は死ぬことになる。
まだ生きてはいるだろうが、こんな世界を巻き込むテロを引き起こしておいて無事で済むはずがない。
手紙を読んでいくと、作戦の詳細が書かれている。
計画を進めるにも時間があまりにも足りない旨も書かれており、それはラムナスも感づいていたことだ。
新人類が増えれば増えるほど計画実行に近づくが、その代わり人間に関心を持たれいずれ警戒される。
それを防ぐ為、人間を極力減らし新人類への関心を減らす目的でこの作戦を実行したと書かれている。
「どうしたのラムナス……」
「いや、気にするな……」
しおりがラムナスの顔を覗き込み不安そうな顔でそう問いかけてきたが、ラムナスは平静を装い頭を撫でてやる。
手紙の最後にはしおりをよろしくと記載されていたがその文字は涙が滲んだのか少し崩れていた。
「ふざけるな!アイツは!俺が!両親の仇を取るつもりだったのに!なぜ……なぜ自ら命を落とすんだよ!」
ラムナスの叫びは島に木霊する。
最愛の娘を奪われた恭吾の憎しみは相当なものだったようで、自身の命をたかが時間稼ぎに使ってもよいと考えるほどだったのだと知るとラムナスは何とも言えない感情が渦巻く。
「お父さんがどうかしたの?」
「ああ、恭吾は……死んだよ」
しおりの目を見てそう伝えてやると、しおりは理解していないのか首を傾げた。
もうこうなれば後は新人類計画を最後までやり通すしかない。
仇は討てなかったが、何も知らずに残されたしおりの事を思うと計画を成功させねばならないとラムナスは決意する。
「全所員を宮殿に集めろ。計画の詳細を詰めるぞ。恭吾がいなくなった以上俺達だけでやるしかない。奴に恩など一切ないがこの子の父親の願いくらいは叶えてやる」
恭吾の策は見事に嵌った。
世界中での死傷者は五千万人を超える。
人間は数年単位で首都の復興に力を入れるだろう。
その間にできる限り新人類を増やし、戦力を増強していかねばならなかった。
ラムナスはその後数年かけて各地に新人類の隠れ家を作り、少しずつだが世界中に新人類の数を増やしていった。
当然五体満足の人間がわざわざ義手や義足をつけるはずもない。
ある時は事故を装い、またある時は故意に夜道で襲い掛かり、人間を新人類へと変えていった。
十年もたつと世界人口の半分は新人類へと置き換わっていた。
人間は新人類が増えてきたことに気づきデータベースや施設へのアクセス権を制限した。
新人類はレベル1。
人間はレベル2以上と。
新人類を冷遇しても既に遅い。
数は年々増えていき、いつしか世界人口の六割が新人類となっていた。
「ラムナス様、そろそろ計画を進めてよいのではないでしょうか」
歳も見た目も一切変わらないラムナスに白衣を着た一人の女性が話し掛ける。
「そうだな……そろそろ始めよう。テレビ局のアンテナをジャックしろ。私が全世界に宣戦布告する」
「そんな必要がありますか?」
「まあ人間らしさってやつだろうな。どうせなら正々堂々と完膚なきまでに人間を滅ぼす。やってくれしおり」
長良しおりは小さく頷くと手元のタブレットを操作し始めた。
カメラを持って所員がラムナスの目の前までやってくると、映りを確認する。
「準備完了です。いつでもいけます」
「分かった、おほん!……では始めてくれ」
しおりが再度タブレットに視線を落とし、何やら操作すると指でOKサインを見せた。
遂に始まるのだ。
長き年月をかけた新人類計画の最終段階が。
ラムナスは小さく息を吐くと立ち上がり口を開いた。
「新人類よ立ち上がれ。我々こそが地球の支配者だという事を見せつけてやるがいい。力も知能も全て劣る劣等種、人間は滅ぼせ。便利な道具ではないというのを見せつけよ!」
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