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第3話 偶然とはいついかなる時も

大我の1日はまず鉄騎競馬の情報誌を見る事から始まる。

どれだけ情報を仕入れた所で運の要素もあるのだから、あまり意味がある行為とは言えないが何も知らない状態では賭けたくない。


仕事は何でも屋をやっており、依頼が来ない日はとことん暇である。

今日も今日とて依頼が来る事はなく、1日中家でダラダラしていた。


いつもであれば多少なりとも焦りがあったが、今は違う。

200万ポイントもの残高を見て終始ニヤつく始末だ。


まだあの手術を受けてから3日しか経っておらず、貰った報酬にも手を付けていないのは怖いからであった。


しっかり手術は終えた。

その報酬である200万ポイントをどう使おうが僕の勝手なのだが、やはり若干気が引ける。

もし、これを使い切ってしまったら……と考えるとまた新たな手術に手を出してしまうのではないか?


とはいえ少しくらいは使ってみたい気持ちもある。


今日の依頼は無さそうだ。

僕は日頃よく着るだらしない格好から外行きの格好に着替え、ショッピングモールへと向かった。


これといって買いたい物はないが、ウィンドウショッピングもなかなか楽しいものだ。

新製品や季節に合わせた衣服などがショーケースに収められ陳列されている。


そういえば新しい端末が出ていたなと、個人端末専門店を探して入るとそこには見覚えのある人物がいた。


前に会った時は眼鏡などしていなかったが、今はオフの日だからか眼鏡を付け真剣に端末を眺めていた。


入店してすぐ出るのも悪いなと僕は仕方なく見知った人物へと声を掛けた。

「こんな所で会うなんてな」

「え!?」


突然声をかけられたからか眼鏡の女性は驚いて後ずさる。

そんな大きな声を出していないのに。

僕は苦笑いを浮かべた。


「あれ?藤堂さんではないですか。こんな所で何を?」

「そりゃ、こっちの台詞だろ。そっちこそ何してたんだよ」

長良は手に幾つかの商品を持ち、どれにするか悩んでいたようで咄嗟に商品を後ろ手に隠した。


「おいおい、別に横取りなんてしないよ……」

「そ、そうですか。それにしても奇遇ですね、こんな所でお会いするなんて」


長良も丁度休みだったらしく、久し振りに買い物へ出掛けたとの事。

なかなか面白い偶然もあったものだと苦笑すると、長良も同じように苦笑いを浮かべた。


「で?何を買いに来てたんだ?ちなみに僕は個人端末の新しいやつでも買おうかなと思ってさ」

僕の持っている個人端末は成人した際に国から支給されるスタンダードな代物だ。

これといって個性もなくただただシンプルなのである。

せっかく大金が手に入ったのだから多少は良い物に買い替えようというのは人間の心理であった。


「ははぁなるほど。確かに無個性ですもんね。ではこれとかどうです?日ノ本工業の出した新型個人端末ですよ」

長良が勧めてくれた物は最新型の個人端末だった。

何がどう違うのか僕には理解できず、じっくり見ようと手に取り値段を見て仰け反った。


「なっ……なんでこんな高いんだよ!」

最新型の個人端末に付けられた値札は100万。

手術のお陰で手に入ったお金の半分が吹き飛んでしまう額であった。


確かに見た目はスタイリッシュでカッコいい。

男性に人気と書かれてあるだけあって僕も欲しくなったが流石に100万ポイントの個人端末を買おうという気にはなれなかった。


「そうですか?これでもまだレギュラーモデルなんですけど……」

長良と一緒に買い物をするのはダメだ。

どう考えても金銭感覚が違いすぎる。

僕は手に取った個人端末をそっとショーケースに戻した。


「そっちは何を買いに来たんだ?」

「あー私はこれです」

後ろ手に隠していた商品を見せてくれたが、いまいち何か分からず僕は首を傾げる。


「これ、個人端末に入れるプラグインチップなんです。様々な機能を追加したいのであればこういったチップを買ってカスタムするのもオススメですよ」

知らなかった。

プラグインチップか。

金額も数万から数十万とまだ比較的手が出せる代物だ。

これなら確かにいいかも知れない。


「それって例えばどんな機能を追加できるんだ?」

「んーそうですねぇ。例えばこれとか」

そう言って長良は棚に置かれているチップを一つ手に取った。


「これは料理レシピを視覚的に表示させる機能を持ったチップです。簡単に言えばこれ一つあれば料理の際に頭に思い浮かべたメニューを瞬時にレシピとして見る事が出来ます」

い、いらねぇ……。

一人暮らしにはまったく必要とは思えないチップだな。


「他には?」

「他は……あ、これとか貴方なら好きかも知れませんよ」

もう一つのチップの説明書きを読むと、なかなか唸らせてくれる内容が書いてあった。


「なになに……このチップを入れると鉄騎競馬のデータベースにアクセスする事ができます。貴方好みの馬の情報を瞬時に仕入れる事ができ他の人よりも更に詳しくなれるかも……だと?」

これは……買いじゃないか?

いやもうむしろ買ってくれと言っているようなもんだ。

たださっきの件もある。

このチップだってもしかするととんでもなく高いかもしれない。


僕は恐る恐る値札を見た。

「5万ポイント!?」

これは安すぎる。

鉄騎競馬の情報誌を毎週買って読み、次に賭ける馬を選ぶのもなかなかコストパフォーマンスが悪いと思ってた所だ。

これならいつだって情報を見る事が出来るし、何しろ最新のデータが見れるんだ。


「これは買いだな!!」

「ふふ、やっぱりそうなりましたか。ギャンブルもいいですがまた限界まで賭けてはいけませんよ?」

「ああ分かってるよ。流石に二度目はあんな馬鹿な真似はしない」

長良も少し呆れ気味だったが、生活費に手を付けるような真似は絶対にしないぞ。


「あ、そういえばあれからどうですか?不具合などは起きてませんか?」

「ん?ああ味覚の事?それなら全然違和感もないしむしろ前より食べ物が美味しく感じられる気がするよ」

機械を身体に埋め込むというのは若干忌諱していたが、案外悪くないものだ。

それどころか最近は更に改造を施してもいいのではないかとまで思い始めている。


「ちなみになんだけど、味覚以外でこう……なんというか、見た目が変わらない手術ってあったりするのか?」

「ええもちろんありますよ。まだまだ藤堂さんには手を加える余地がありますので!」

長良は満面の笑みでそう言うが、よほど研究成果が欲しいのだろう。


「まあまた機会があれば訪れるかもな。長良さんのとこに」

「いつでも来て下さい!なんなら今からでもいいですけど!」

そこまでグイグイ来られるとちょっと違う……。

お金は欲しいがそこまでして人間として生来の機能を失っていくのはちょっとな。



「新人類の研究もなかなか進まないんですよ。というのもやはり協力してくれる人間にも限りがありますから」

僕みたいな者は稀だろう。

進んで自分の身体を機械に変えていくやつはあまりいない。


「その研究が上手くいったら何かあるのか?」

「まあそりゃあ私は研究者ですから。研究する事に意味があるんです」

なかなか深い返答に僕は頷く事しか出来なかった。


長良と別れ新しく買ったチップを手に、ホクホクの笑みで帰り道を歩く僕だったが、不幸というものはタイミングを選ばないものだ。


突如クラクションが鳴り響き、何事かと振り返ると暴走した自動車が歩道へと突っ込む様が視界に入った。


自動車の進む先には一人の女の子がヘッドホンを付け口ずさみながら歩いている。


この時代の車は全て完全自動運転に成り代わっている。

なのにも関わらず暴走するという事はプログラムに何らかの異常が起きたとしか考えられない。



今走れば間に合う。

しかし、見知らぬ人の為に自身の命を投げ出すのか。

そう自問自答するが考えている暇があれば動くべきだと僕の頭の中で歯車は動く。

時間にして1秒。

僕は持っていた買い物袋を放り投げ全力で駆けた。


「避けろぉぉぉぉ!!」

大声で叫ぶが女の子は音楽に夢中で気付いていない。


全力で飛び込み女の子を抱えながら転がれば間に合う筈。

既に車は数メートルの距離まで迫っていた。


僕は全力で足を踏み込むと、女の子はいきなり視界に飛び込んできた男の姿に驚いたのか足を止めた。


抱え込んで転がるのはもう無理だ。

そんな時間はない。


僕は飛び込むと同時に両腕で女の子を突き飛ばした。

成人男性が全力で飛び込み華奢な身体の女の子を突き飛ばせば、軽く1メートルは吹き飛ぶ。


勢いよく弾き飛ばされた女の子は目を瞑りそのまま後方へと数回転がり倒れた。



慣性の法則、前に進むエネルギーが別の物体とぶつかると当然そのエネルギーは突如として止まる。

僕は女の子を突き飛ばすと同時にその場に静止した。


暴走した車は待ってくれる筈もなく、勢いを保ったまま僕を跳ね飛ばし壁へと激突した。

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