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花の繭 ―13―

ラズは、賑やかな町の、裏通りを歩いていた。

梃子(てこ)でも動こうとしないソーパを店に置いて、昨日のあだっぽい女性から貰った、宿屋の住所を探していたのだ。

何時までもナアダ夫妻と相部屋では申し訳ない。そう思ったラズは、とりあえず、宿を探すことにしたのだが、やはり、どこも満室だったのだ。


あの客引きの女性は無料でもかまわない、と言ってた。この住所の先が、どんなにボロ宿でも文句は言うまい。


しかしラズがたどり着いた先は、けばけばしいまでの豪華絢爛(ごうかけんらん)な宿だった。


「ここが無料?」


どうしてだろう? いぶかしがりながら宿の門をくぐると、そこで目に入ってきた光景に、ラズは面食らった。


――そこに居たのは。


「………………ユンユ?」


なんと、ユンユが妖艶な薄絹をまとった女性たちに囲まれていたのだ。広げた絨毯の上に果実や飲み物が置かれ、まるで砂の国のハーレムだ。


「っ!?」


女たちに囲まれ、冷酷な皇子のようなユンユの鉄仮面の顔が、ラズを見た途端、髪の付け根まで、一瞬で真っ赤に染まった。


「ラ、ラ、ラ、ラズ先生!!」


「どうしてユンユがここに?」


「ち、ち、違います! 誤解です!」


真っ赤な顔で、慌てふためくユンユを見たのは、後にも先にも、この時だけだった。



* * *



「もう、分かったわよ、そんなに力んで説明しなくてもいいのよ」


ラズはいたずらっぽく笑いながら、馬車や人の行き交いする、賑やかな街道を歩いていた。その横でユンユは不遜な顔をしている。


(ラズ先生は、本当にわかっているのか?)


ラズは初恋のブラフを一途に思い続け、人生のほとんどは医学に捧げているため、色恋に無頓着なのだ。

ユンユはカオという老人に連れられて、正確には背負って、患者を診るために花売宿に行ったのだと力説した。にも関わらず、ラズはユンユの慌てぶりに爆笑したのだ。おそらく、男性が女性を買うあいまい宿、もしくは花売宿の意味をイマイチ分かっていないのだろう。


「でも良かったじゃない。臨時収入があって」


「ええ、まあ」


ユンユは、我先にと押し合い圧し合いする女たち、全員の健康診断をしたので、たっぷりお給金を頂いたのだ。これで路銀はまかなえる。問題は宿屋に空きがないことだ。大旦那の体調がよければ、すぐにでも村に連れ帰りたい。そろそろ、大旦那も、落ち着いたところだろう。


「とりあえず私は、ソーパさんの所に戻ってみるわ」


「では僕は、ナアダ先生と合流しますね」


ユンユは給金の入った袋を、()られないように、しっかり懐に締まった。


「ええ、ありがとう」


ラズとユンユは手を振ると、別々の方向に進んだ。が、ユンユはカオという老人から貰った手紙のことを思い出した。そう、ラズ宛の手紙を預かっていたのだった。

ユンユは手紙を取り出すと、ラズに声を掛けようと、振り向いた。


「ラズせん――」


振り向いたユンユが見たもの、それは。


――ラズが何者かに連れ去られている瞬間だった。



「なっ!!」


驚愕に目を見開いたユンユが、駆け出した時にはすでに遅く、ラズは黒装束の男たちに乱暴に馬車に放り込まれ、いななく馬に連れ去られてしまった。賑わう街道のど真ん中で、一瞬で人を連れ去るとは、大胆な犯行だ。


「待て!」


ユンユは乱暴に走る馬車の後を、必死で追いかけた。


(何故、ラズ先生が連れ去られるのだ!? まさか、若奥様の差し金か?)


だとすると、ラズの命が危険だ。



* * *



「ユンユ君どうしたんだい、そんなに急いで? アンさんなら勝ち続けていますよ~」


ユンユは汗だくで、ヒューヒューなる喉を押さえながら、必死に言葉を紡いだ。


「ら、ラズ先生が、連れ去られました!」


ナアダと奥さんが顔を見合わせた。


「ラズ先生が?」


「馬車に、連れ込まれて、ひ、必死で、追いかけてきたら、この格闘場の近くで、見失って……」


闘技場ならナアダ夫妻が居るはずだ。ユンユは機転を働かせて、急いでナアダ夫妻の元に駆けつけたのだった。


「…………そうですか」


いつもの、のんびりした不雰囲気に、少しばかり緊張を滲ませるナアダが、顎に手を掛けて考え込んでいる。


「ナアダ先生?」


「ラズ先生はおそらく、格闘場の地下にいると思いますよ~」


「地下? 格闘場に地下があるんですか?」


「こういった格闘場には、必ず地下が作られているのですよ。猛獣や罪人を閉じ込めて置くための牢屋が在るはずです」


格闘場では、罪人と猛獣を戦わせ、猛獣に勝てば罪人は晴れて無罪放免という、残酷な刑がある。


「博識ですね」


「私を誰だと思っているのですか? 学校の先生ですよ~」


えっへん、と胸を張るナアダ。薄い髪が無情にもなびく。


「そんなことより、早くラズ先生を助けなくては」


「そうですね~、私はユンユ君と偵察に行ってきます。君はここで待っていて下さい。すぐに戻ってきます」


ナアダは奥さんにそう言うと、ユンユを連れて人ごみの中に消えていった。



* * *



ラズは湿った地下牢に閉じ込められていた。光の差し込まない地下は、揺らめく松明が唯一の明かりだ。寒くて、薄暗くて、かび臭い地下牢の端をネズミが駆けている。


「もう、開けてよ! 私が何をしたって言うのよ!」


ラズが鉄格子を前後に揺らした。頑丈な鉄格子は地下牢にガチャガチャと音を響かせる。


「無駄ですよ」


牢屋の隅でうずくまっているソーパが言った。ソーパはラズより先に牢屋に入っていたのだ。


「なんで、こんなことになったのよ」


突然、馬車に連れ込まれ、犯人を見る間のなく、麻袋を顔に被せられ、気づいた時には地下牢に入れられていた。ソーパも似た様なものだと聞いた。


「おそらく、若奥様の差し金です」


「……どうして、私たちが若奥様に地下牢に閉じ込められなきゃならないの」


「それは、リ・アンお嬢様のお話をしたからですよ。若奥様はお嬢様が帰って来て、財産を奪われるのを何より恐れているのです」


「もう! 何よそれ、馬鹿みたい。村長の奥方は財産を捨てて、今の生活を選んだのよ」


「……若奥様は、娼婦だったのです。だからでしょうか。昔、見下された分、権力を振り回しては満足して。お金に固執して安心を得るのです」


寂しい方なのです。ソーパは小さく呟いた。


「……ソーパ、もしかして若奥様の事が好きなの?」


直球、ストレートな質問である。見事ストライクしたそれは、ソーパの顔を真っ赤に染め上げた。


「お、お分かりになりますか!」


「ごめんなさい、あてずっぽうで言ったの」


ラズはソーパの隣に座った。地面は湿気ていて、冷たくて居心地が悪い。


「そ、そうでしたか……確かに私は若奥様に懸想しております。しかし、それは叶わぬ恋でございますよ。……あの、昨夜のことなのですが――」


唐突にソーパの話が変わり、昨夜? とラズが首を捻ると、アンに押し倒されたことを思い出した。その横のベッドでソーパが熱を出して寝ていたのだ。寝ていたはずだ。


「……起きていたの?」


「……はい、無理やり事に及ぶようでしたら、非力ながら止めようと思っておりました。……結婚もした事のない私が言うのは恐縮ですが、アンさんの胸に飛び込んでみるのもいいのではないでしょうか?」


「…………」


「私は、今の若奥様が結婚される前から、お慕い申し上げておりました。ただ遠くから眺めるばかりで、日に日に恋心を募らせていた時に、若旦那様とご結婚されたのでございます。もし、あの時、私の思いを伝えていれば、今が違ったかもしれない。いつも考えてしまうのです」


「ソーパさん」


「私は石橋を叩いて渡る人間なのですよ。石橋を叩きすぎて、渡れなくなってしまったことも多々あります。もう後悔はしたくない、と思い立ち、若奥様を止めるためにも、大旦那様の生きている間に、リ・アンお嬢様をお連れしたかったのです」


「そうだったの」


「はい、結果、お嬢様は連れて来られなかったし、店は解雇になるし、挙句の果て地下牢に閉じ込められていますがね。アハハハハ、ハア~」


ソーパの乾いた笑い声とため息は、地下牢に虚しく反響した。ラズは、掛ける言葉も見つからなかった。


「でも後悔はしていませんよ! それと、まだ諦めていません!」


「そうね、まずはここから出る方法を探さなきゃ」


ラズは、鉄格子をくまなく調べてみた。施錠はしっかりかけてあり、出られるような隙間はない。次にあちこちの壁を叩いてみた。どこかに抜け穴はないだろうか? 湿気を含む石の壁は苔でヌルヌルしている。


「それにしても、ここの看守たちおかしくありませんか?」


ソーパの言葉にラズは、松明の下に立つ見張りを見た。空ろな瞳に、生気が感じられない。

ラズはもっとよく見ようと、眉間にシワを寄せた時、見張りの男の操り糸が切れたように、どさっと崩れ落ちた。


「!?」


ラズとソーパが目を見開いて驚いていると、のんびりとした声が聞こえてきた。


「あ、ラズ先生が居ましたよ~」


松明の明かりが、地下の闇の中から歩いてくるナアダの姿照らした。その手には吹き矢が握られている。すぐに心配そうなユンユが牢屋の前まで駆けつけた。


「ラズ先生、お怪我は?」


「私もソーパさんも怪我ひとつないわ、でも……」


ユンユはラズの視線の先を追った。そこには倒れてピクリとも動かない見張りの姿。


「ユンユ君の持ってきた、眠り薬が役に立ちました~」


ナアダは吹き矢を振りながら、のんびり言った。


「ここに来るまでの間、看守には眠ってもらいました。でもすぐに起き出します。早くここから脱出しないと」


ユンユが辺りを見渡しながら小声で言った。いつ誰かが来てもおかしくない状況なのだ。


「でも、鍵が……」


「鍵なら開いていますよ~」


ラズが声のした方を見ると、なんと、ナアダが牢屋の扉を開けているではないか。


(まさか、私はきちんと確認したわ、鍵は間違いなく締まっていた)


ラズは目を丸くしてナアダを見上げた。ナアダは穏やかに笑っている。


「無用心ですね~」


笑顔で言うナアダは、あくまで白を切るつもりだ。


「ラズ先生、急いでください!」


ユンユがせっつく。


「わ、わかったわ」


ラズはソーパと牢屋の扉を潜ると、ユンユに(なら)って、忍び足で歩き始めた。その後ろをナアダがのんびりと着いて来る。


ナアダ先生は、絶対、普通の学校の先生じゃないわ、と考えながら歩いていると、急に立ち止まったユンユにぶつかった。


ラズは鼻を押さえて、ユンユを見上げた。ユンユは驚愕(きょうがく)の表情で、何かを凝視している。ラズはユンユの視線の先を追ってみた。そして、ラズの全身に戦慄が走る。


――なに……あれ……。


人の3倍はありそうな、身の毛のよだつ巨大な芋虫が(うごめ)いていた。

揺らめく松明の光を反射して、ぬめぬめと光沢のある白い芋虫が鎖で縛られている。なんて不気味で醜悪な生き物だろう。腐敗したような匂いが鼻をつく。辺りには甲冑や剣が散らばっている。


「見ようによっては、蚕みたいにも見えるけど。まったく違うわね。うう、気持ち悪い」


ラズが口を押さえて、吐き気を堪えた。


「しっ、隠れて! 人が来ます」


松明の明かりと、人の足音。逃げる時間がない。見つかったら、全員が牢屋に入れられるか、その場で処分される。

ラズが真っ青な顔で、巨大な芋虫もどきを凝視していると、ユンユが咄嗟の判断で、ラズを抱えて、地下室の隅に隠れた。ソーパもナアダに抱えられ、上手く隠れたようだ。


隠れてすぐ、ラズに耳に聞き覚えのある、女性の声が届いた。



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