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花の繭 ―10―

「どうして、薬がこんなに高額な値段なんですか!?」


「物価が上ったんだよ」


薬屋の主人は、田舎者でも見下すような視線を、ユンユに投げた。

ユンユは、村から持ってきた薬草を売りに、港町の薬屋へ赴いていたのだ。

天井から乾燥した薬草がぶら下がり、トカゲや蛇の酒浸け、調合された薬を精密に量り売りする計量器、寒くて薄暗い薬屋は独特な匂いがする。


朝になると熱も下がったソーパが、今すぐ、店に行きたいと言い出しので、心配性のラズが付き添うことにした。アンは闘技場へ、ユンユは薬屋へ、それぞれ別行動を取ることにしたのだった。

薬屋に着いたユンユは、薬の高額な売値に驚いた。通常の倍以上はしている。


「この値段では、薬が買えないじゃないですか!」


「物価が上ったんだよ! 経済が潤えば、モノが高騰する、それ常識。それによ、今は都から宮廷医師団っていう、お偉い方々がいらしてるんだ。彼らがどんな高額でも薬を買ってくださる」


薬屋の主人が金塊を見せて、にやりと笑った。港町の名だたる貴族や豪商は、宮廷医師に取り入ろうと、袖の下を渡したりもしていた。


「宮廷医師団?」


「そうさ、国王から認められた、偉いお医者様だ」


偉い医師が、富民層からお金を搾り上げ、貧乏人はほったらかし。いや薬が値上がりした分、以前より現状は悪くなっているはずだ。

基本、医師は免状は要らない。しかし、宮廷医師は難しい試験に合格して、国から特別な免状を賜るのだ。


「そんなのおかしいですよ」


「坊主、お前はまだまだ甘ちゃんだね。理不尽だろうが何だろうが、世の中、権力と金が全てさ。只の坊主はさっさと消えてくれ、商売の邪魔だ」


店から放り出されたユンユは、苛立ちを押さえきれなかった。

権力とお金を持つ人間だけを救うのが、医学ではないはずだ。それを権力を持つ宮廷医師が率先して行うなんて! どうしても納得がいかない。このままでは(こころざし)を同じくする師匠のラズの元には帰れない。ユンユは、町の薬屋を片っ端から、訪ね歩くことにしたのだった。



* * *



「昨日、行った所と違うわね」


ラズとソーパは、豪華絢爛で、華やかな賑わいを見せるお店の前に来ていた。


「はい、こちらは貴族向けのドレスの販売を請け負う支店になります」


ソーパは細い横道を抜け、店の裏に回ると、店員専用の戸口から店の中に入って行く、ラズも急いで後に続いた。


「ソーパさん!」


数人の裁縫師が、驚いた顔をソーパに向けている。


「やあ、こちらに若旦那はいらっしゃるかい?」


「……あの、その」


裁縫師たちはお互いの顔を見合わせて、もじもじしている。返事をするのを躊躇(ちゅうちょ)しているようだ。

ソーパが解雇になった事は昨夜のうちに、皆に知れ渡っている。裁縫師たちは、傲慢な若奥様と、長年苦楽を共にしたきた番頭の間で揺れ動いていた。番頭のソーパに肩入れしたいが、その事がばれたら、自分も解雇されかねない。

ソーパは少し寂しそうに笑うと、無言で赤い絨毯がひいてある豪華な階段を登った。足取りに迷いのないソーパは、大きながっしりとした扉を開けた。部屋の中でまず目が行くのは、巨大なシャンデリア、そして大きなマホガニーの執務机。その執務机にどっしりと座っている男が居る。向こうを向いているため、こちらから顔が見えない。


「ソーパか」


姿勢を正したくなるような、重厚な声が部屋に響いた。男は椅子を回して、堂々たる態度で振り向く、獅子のたてがみのような髪は見事な白髪で、鋭い眼光の上には、(かいこ)のような白い眉毛。異様なまでに体格が良く、背の高い老人だ。老いてもなお、堂々たる威厳をかもし出す獅子のような人だ。そして、見るからに頑固そうだ。


その人物は間違いなく、村長の奥方の父親だ。


「大旦那様!」


「何をそんなに驚いている」


「お体はよろしいのですか?」


「ふん、少し倒れたからといって、病人扱いするでない」


ふんっと鼻を鳴らす老人に、ソーパはやんわり笑った。


「相変わらずですね。それで今日は若旦那様は?」


この支店を任されているのは若旦那だ。ソーパは本社が駄目なら、支店の若旦那に話しを通して貰おうとしたのだ。


「アレは最近、虚ろに酒ばかり飲んで、ワシの言うことなどひとつも聞かん」


「そんな……」


若旦那は大旦那や若奥様に、尻に敷かれつつも、地味にこつこつ頑張る人だ。そんな人がお酒に溺れるなんて、ソーパはショックを隠しきれなかった。


「まったく、この忙しい時に」


大旦那がむっつりと言う。ソーパは自分が居ない間に、何かが変ったと確信しつつ、変らない繁盛振りを思い起こした。


「相変わらず、お店は繁盛しているみたいですね」


「闘技場のおかげで、経済が潤っているのでのう」


大旦那はソーパとラズをテーブルに座らせると、お茶を用意させた。

若旦那に会いにきたのが、大旦那に遭えるとは好都合だ。ラズが見る限りでは血色はよく、とても健康そうだ。食欲もあるようで、用意された、白いカリントウのお菓子をボリボリ食べている。しかし、こけた頬が気になる。


「して、こちらのご婦人もドレスをご入用かね。お急ぎだったら、既製品を直してお渡しする事は出来るが」


大旦那は、ラズを見ながら言った。最近では、ラズのような庶民でも、玉の輿を狙ってドレスを買いに来るそうだ。


「いえ、彼女は……」


ソーパが説明をしようとすると、大旦那の言葉がかぶさる。


「ふむ、玉の輿をを狙うには、ちと、とうが立っておるな」


ラズの顔がピキッと引きつった。女性に歳のことを無遠慮に言う辺り、間違いない、大旦那とダトンは血が繋がっている。


「そんな人もひと安心。コレを使えばお肌が若い子のようにつるつるになるぞ!」


大旦那は、軽い調子で(うた)い文句を言いながら、空の繭玉を取り出した。


「コレは新商品でな、コレで石鹸をこすると、泡が細かく立つんじゃ」


「へ~」


ラズは前のめりになり、大旦那の説明に興味津々で聞いていた。


「その泡で、顔を洗うとな、肌がきめ細かく、つるつるになるんじゃ。今なら石鹸もついて大特価価格!」


「すごいわ!」


ゴホン、とソーパの咳払いが聞こえ、ラズは、はっと我に返った。ついつい真剣に謳い文句を聞いてしまった自分が恥ずかしい、自分は何をしに来たんだろうと、ほんのり頬を染めた。


「相変わらず商売上手ですね、大旦那様。それで、彼女はですね――」


「私はしがない村医者で、ラズと言う者です。今日は村長の……じゃなくて、お嬢様の手紙を預かって来ました」


居住まいを正したラズは、ソーパの言葉を遮ると、名誉挽回と預かってきた手紙を渡した。


「お嬢様だと!?」


「リ・アンお嬢様です」


ソーパが横から補足した。


「リ・アンだと……」


大旦那の大きくて、しわのよった手が震えだした。その額に大粒の汗が滲み出す。


「大旦那様、リ・アンお嬢様はとてもお元気そうで――」


「出て行け!!」


大旦那はラズとソーパに向かって、いきなりがなりたてた。その咆哮に、ラズとソーパはのけ反る。


「またワシから金を取ろうとしている輩が! 出て行け!」


大旦那の元には、今まで何人もの詐欺師が、お嬢様を連れ帰る、とお金を騙し盗るために来た事があるのだ。


「ち、違いますよ、大旦那様。私はお嬢様に直接お会いしました」


「うるさい、さっさと帰れ! ソーパ、貴様は解雇された腹いせに、下らん嘘をついて、金をせしめる気だな」


「大旦那様、本当に本当なんです。話だけでも聞いてください」


「本当だと言うなら、何故、娘が直接来ないのだ!」


「それは、今、村を離れなれないからで……」


説得力の無い言葉が、ソーパの口から漏れた。それは、大旦那の不信感をますます強める結果を招いてしまった。


「ワシはだまされんぞ!」


ラズは2人のやり取りを聞いて、唖然としていた。大旦那は頑固な老人と聞いていたが、聞く耳さえ持とうとしない。

ラズの瞳に、お金に固執した、孤独な老人が写った。


「お金は一銭も要りません。だから、コレを見てくださらない」


大旦那とソーパの間に割って入ったラズは、首から村長の奥方から預かった掛香を外すと。大旦那に見せた。

大旦那は震える手で掛香を掴むと、確かめるようにじっくりと見つめた。


「――!」


「大旦那様!」


大旦那は胸の辺りを掴むと、ゆっくり膝を突いた。ラズが直ぐに駆け寄る。


「誰か! 誰かいないか!」


ソーパの大声が店に響き渡り、すぐに裁縫師が現れ。そして、あの妖艶な若奥様が姿を現した。


「ソーパ、何故お前がここに!?」


一瞬、虚を衝かれた若奥様だったが、苦しむ大旦那を見て、すぐにテキパキ指示を出した。大旦那はあっと言う間にベッドに運ばれ、周りを宮廷医師団に囲まれた。ラズが手を出す暇がない。


「部外者は邪魔だ。出て行きなさい」


おろおろしていたソーパは、医師団長に、一喝された。


「お前たちは出ておいき!」


大旦那の腕を摩り続けた若奥様が柳眉を逆立て、ラズとソーパに命じた。若奥様は血の気の失われた顔で、大旦那の側を離れない。本当に心配しているように見える。コレが演戯だったら、彼女は素晴らしい女優だ。


「待ってください、奥様――」


なおも言い募ろうとしていたソーパを止めたのは、ラズだった。ラズはソーパを引っ張るようにして部屋の外に出た。


「ラズさん、どうして止めるんですか?」


「医師団の処置に不手際は見えなかったわ。今、大旦那様は最適の治療を受けているの。だから私たちが側で邪魔をしてはいけないわ。大旦那様が落ち着いた頃にまた来ましょう」


しかし、ソーパは納得がいかないようだ。私は梃子(てこ)でも動きません、と床に座り込んでしまった。



* * *



「…………ン……リ・アン……」


「大旦那様、何? 何をおっしゃっているの?」


ベッドに横たわる大旦那は、うわ言のように、リ・アンと呟いている。リ・アンが昔、家出をした娘だという事は、若奥様も知っている。若奥様は大旦那の手に握られている掛香に、見覚えがあった。白い繭を五色の糸で包み、贅沢に宝石があしらわれた掛香。

それは、まだ何も知らない純粋な娘だった頃。貧しい農村から身売りされ、はじめて見た、華やかな街。美しい装いの女性たち、煌びやかな装飾品、その中で1番目を引いたのが、真っ白な掛香だった。


――あれが欲しい。


幼い子供は、何時しか穢れを知った。惨めな自分を救ってくれたのは、美しい服や豪華な装飾品、お金だった。だから全てを手に入れようとした。もう少しで、莫大な富と権力を手中に収めるところなのだ。誰にも邪魔はさせない。


「ソーパとあの女を速やかに処分してちょうだい」


若奥様は、近くにいる医師の一人に囁いた。医師は能面のような顔で、虚ろに頷いた。


――ゆるさない、この家も財産も全部私の物よ。誰にもあげない。


若奥様は、大旦那の手から繭の掛香を奪うと、憎しみを込めて握りつぶした。純粋だった、幼い自分をつぶすように。




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