第6話 残業は日本の文化、二十四時間戦えますか?
――午後5時45分――
Experience Creative 社の終業時間が終わっても、エンターテインメントに係る開発部署の人員は席を立たず、黙々とキーボードを叩いている。
これが日常の風景、残業が常態化しており、定時で帰路に就くのは角が立つ。
それも踏まえて進捗管理を行い、程よい時間帯に本日の残業代含めた給料相当分の仕事が済むよう、大まかに調整していた史郎は小さく溜息を零した。
(協調性重視の傾向があるにしても、困ったものだな、日本人は)
などと、内心で悪態を吐くが、将来の出世や人間関係を総合的に勘案した結果、終業と共に退勤する “勇者” になれない本人も同じ穴のムジナである。
悲しいかな、“いち社畜の立場では同調圧力や忖度より逃れられないのだ” と、栓無きことを考えつつも、彼はデスク廻りの整理や帰り支度に取り掛った。
「高遠さん、上がりですか?」
「お疲れ様です、一足先に失礼します」
「何なら、こっちのコーディング、手伝ってくれても良いんだぞ」
「いえ、謹んで辞退させてもらいます、ご自分で片付けてください」
冗談半分、本気半分の先任技術職を真顔であしらうと、他の同僚とも挨拶を交わした上で、所属部署を後にしてEC本社ビルの外へ出る。
特に寄るべき場所もないらしく、クリスマスのイルミネーションが照らす冬の街並みを足早に抜け、お疲れ気味の史郎は地下鉄の駅へ吸い込まれていった。
そこで電車を待つ暫しの間、記憶の片隅にある “UnderWorld” のことが気になったのか、ぼそりとした小声による操作で眼鏡型の端末を扱い、網膜に投映させた半透明の検索ブラウザで概要を調べ始める。
某AI少女のような処理能力は生身の脳に無くとも、ここ最近で聞き齧った断片的な情報を組み合わせている内にアナウンスが鳴り響き、六両編成の列車が騒々しくプラットフォームに滑り込んできた。
(…… 眼鏡型の端末は便利であれども、物理的なボタンを配置する部分が限られて、ほぼ音声操作に依存するのが難点だな)
独り車内で呟く人間など、傍から見れば不審者に過ぎないと彼が考えている間にも車両のドアは開き、どっと乗客が降りてくる。
その邪魔にならないよう、少しだけ立ち位置を変えながら、幾つかの言葉で手早くウェアラブル端末に指示を出して、自宅のストレージ内で待機中のクリムに向け、短い電子メールを送った。
簡潔な内容は “ARPGのUnderWorldが知りたい” というものであり、彼女が受け取った時点で既に目ぼしい情報は出揃っていたりする。
今もなお、マスターの行動を監視するAI少女は薄く微笑んで、先ほど秘匿した胡乱な仮想世界に没入するためのアプリをGUI上に可視化させ、内部での作成日時が一連の流れと矛盾しないよう、現在時刻の15分後くらいに書き換えた。