第5話 目的を忘却させる多様性とは如何に?
「確かに仮想なら、太らず暴食できるかもしれないが、やめておいた方が良いぞ」
「ん~、その結論に先輩が達した理由を聞いても?」
学生時代と変わらず、率直な態度の聡子に微苦笑を浮かべたEC社の若い技術職、高遠史郎は刺激を受け取る脳に対して、何かしらの影響を及ぼす可能性に触れる。
少なくとも食に対して過度な依存性は出るだろうと宣い、行きつく先は覚醒剤などの違法薬物と同様だと言い切った。
「フルダイブの仮想空間にリアルな感覚を与えるのは危険だから、態々《わざわざ》法的に制限されているんだ。それを調整するツールの類は違法性が高い」
「“君子、危うきに近寄らず” ですね、桑原、桑原」
「また、妙な言い廻しを……」
自身の物真似か、小難しい言葉を好むようになった後輩女子に呆れつつ、残り少なくなった休憩時間に合わせて史郎は箸を進める。
何とか味わうことが許される速度で焼き鮭定食を腹へ収めると、まだ生姜焼きを齧っている聡子に一声掛け、社員食堂から離れて上階の自部署へと戻った。
その移動を眼鏡型の端末に搭載されたカメラで体感する傍ら、UnderWorldについて得られるだけの情報を集めていた汎用型の疑似人格、クリムは諸々の纏めに入る。
(予想通り、薬物、売春、賭博とか違法行為に手を出す輩もいるみたいだけど……)
基本、我関せずを貫く運営はポスト・アポカリプスな世界の提供に加えて、独自の “仮想通貨” と現金の交換を担うのだが、最低限の治安は維持しているとの事だ。
なお、双方向の換金ができる都合上、アクションRPGであるUnderWorldの迷宮に潜む怪物たちは、極一部のネームドを除いて金目の物を落とさない。
この世界で各種のアイテムや武装を購入したり、食事や娯楽など楽しむには仮想通貨を買うか、運営が許可した店舗の従業員として働くのが一般的だったりする。
ただ、遊戯者同士の戦闘に於いて、勝者が敗者の資金を一定割合だけ奪える仕組みもあって、数百人はいるであろうアプリを手にした者達の多くが迷宮に向かわず、荒廃した都市の外縁で辻バトルに興じている始末。
(新たにゲーム内の仮想通貨が増える訳じゃないから、法定通貨との換金を保証する運営側の損失にはならないし、今ある枠で個人間を移動する分には良いのかな?)
謳い文句通り、社会実験を兼ねているとは謂え、無駄に凝った経済的な仕組みのせいで、各プレイヤーの行動が脱線気味なのに呆れながら、クリムは彼らが纏う強化装甲にも意識を向けていく。
本作では遊戯者の深層心理に合わせて、個々人の武装が初回ログイン時に生成される仕様であり、戦闘形態に転じた電子体の姿を “械人” と呼ぶらしい。
秘匿性の高いSNSアプリで苦労して見つけたそれっぽい画像には、崩れかけたビルを背景に佇む、金属質な部分装甲付きのボディアーマーに覆われて、フルフェイスの仮面を被った変身ヒーローもどきが映っていた。