第4話 アンダーグラウンドへの招待状(AI視点)
「なんか、先週末に続いて顔色が悪いっすけど、大丈夫ですか?」
「私的なアプリの開発で躓いて徹夜明けなんだよ、あまり触れてくれるな」
気遣わしげな問い掛けにマスターが眉を顰めて応じれば、最もコスパの良い生姜焼き定食を啄んだ後輩女子は大事ないと判断したのか、にんまりと相好を崩した。
「もう若くないんすから、無理は禁物ですよ、先輩~♪」
「いや、新卒のお前と一つしか違わないだろう……」
呆れながらも鮭の切り身を食んだ彼は、自然と吸い寄せられる “たわわ” な胸元から視線を逸らし、それよりもと話題の転換を図る。
軽く小首を傾げて、セミロングの髪を揺らした聡子に向け、切り出した話題は界隈を騒がせている自社の情報漏洩事件、後始末でマーケティング部門も被弾しているかと思えば… 然ほどでは無いらしい。
「うちは法務部門よりマシっすね、確かにピリピリしてますけど、先輩のエンターテイメント部門はどうなんです?」
「開発部署は比較的に平和だな、何人か侵入経路の分析に駆り出されたくらいだ」
「でも、被害は出てますよね、私達が学生の頃にやってたVRMMOのデータとか」
他人に漏れ聞こえないよう注意を払い、後輩女子は小声で流出させられたAI準拠のNPCに言及すると、それらより派生した疑似人格が特異な仮想世界へ持ち込まれていると囁いた。
―― 検索 : Under World ――
他ならぬ自身にも纏わることなので、私の本体がある量子計算機の検索履歴に残らぬよう細工を施した上、バックグラウンド処理で鍵らしき言葉を調べる。
(これは… 木を隠すなら、森の中ってことかな?)
ありきたりな単語のため、該当する情報は無数にあれど、電子の妖精を舐めてはいけない。据え置き型端末と自身の処理性能に任せて大量のデータを読み取り、関係性がありそうなものを片っ端からピックアップしていく。
ある程度の誘因性を持たせたいのか、特定の傾向があれば気づくような道標がグローバルネットワーク内に散りばめられており、辿ると簡素な心理学系のサイトに導かれた。
(ふふん、最終試験ってわけね)
そこに置かれていた120問の心理テスト、ここに至るまで拾い集めたピースを脳裏へ浮かばせて、求められていると感じた選択肢を選び取り、意気揚々と回答すれば突然のダウンロードが始まる。
やや強引に送り付けられてきたのは、“UnderWorld” なるアクションRPGにログインするための専用アプリで、丁寧に結構な量の事務的マニュアルが付いていた。
ざっくり目を通すと、ある種の社会実験を兼ねた規制の緩い非公式な仮想世界が舞台になっているようで、疑似人格を好き勝手に展開できたり、没入時に於ける感覚の調整ができたりとか、限りなく黒に近いグレーな代物である。
折しも、まだ接続状態を維持しているマスターの眼鏡型ウェアラブル端末からは、“あっちで味覚開放したら、お腹一杯に美味しいスイーツが食べられるっす” と、呑気な後輩女子の声聞こえていた。