第3話 過ぎたるは猶及ばざるが如し(AI視点)
――午前8時22分――
都市の中心部にあるEC本社のビルへ到着、一階のゲートに社員証を翳して潜り抜け、私がいたVRMMOのサービス終了に先駆けて、新たにリリースされた作品の開発を手掛ける部署へ出勤する。
「おはようございます」
「ん~、おはよう」
「高遠君、この前出してくれたスケジュールの進捗だけど……」
同じチームの面々との挨拶や、受け持っている仕事の摺り合わせなど、社畜間で段取りを組むこと暫し、軽やかな始業のベルが鳴って部署の朝礼が始まった。
ウェアラブル型の端末に搭載されたバイタルセンサーの数値を見る限り、マスターの意識は散逸的な状態にあるので、上司の話に耳を傾けてないようだ。
(“何事も程々が一番” だっけ?)
鑑みるに真面目を装いつつも、我が道を行くのが彼の信条なのだろう。
仮想空間の現身を形成できない頃も含め、端末経由のストーカー行為を続けて気づいたのは優秀なのにも拘わらず、歩調を合わせて無難に生きようとする姿勢。
それとなく聞いてみたところ、割り当てられた業務を手早くこなしても、余計なものを押し付けられるか、手持ち無沙汰になるだけと答えが返ってきた。
支払われる給金が劇的に変わらない以上、下手に目立つことなく溶け込みながら、平凡な社員で在り続ける方が得策らしい。
(勿体ないね、もっと色々できるのに)
AI搭載のNPCであった自身の仕様を読み解き、記憶の避難先である汎用型の疑似人格を組み上げた技量は恐らく、並み大抵のモノと言えないはず。
されども職場での彼は時折に考える素振りを見せつつ、緩りとキーボードを叩いて、保守性優先のコーディング規約に従った杓子定規なコードを綴るのみ。
きっと人間社会では、大抵の場面に於いて独創性など求められていないのだ。それよりも大切なのは共感性や、代替性といった要素だろうか。
(優れた個人に依存するものなんて、組織の観点からすれば受け入れ難いよね、永続性にも疑念は残るし、共有されてこそ知識的な価値はあるのかな?)
そう考えると圧倒的大多数を凡人が占める現実世界では、中途半端に優秀な人ほど世間の水準に合わせるしかなく、日常生活の中で精神が摩耗していきそうだ。
やや鬱々《うつうつ》した思考のまま様々な角度から仮説を検証していると、いつの間にか時刻は正午を過ぎており、監視対象のマスターが食堂に河岸を移す。
(むぅ、またしても焼き鮭定食、この偏食児童め!)
ウェアラブル端末での決済履歴を知る手前、近いうちに日々の栄養バランスについて問い詰めようと意気込んでいれば、彼の後輩にあたるマーケティング部門の中條聡子が現れて対面へ座った。
因みに彼女も大学時代に某VRMMOをプレイしており、その相棒たるNPCや過去の私も含んだパーティーにて、各地を冒険した既知の仲間でもある。