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第2話 非実在のストーカー少女

「マスター、Experience Creative 社の技術職にいてたのね、まさか……」

「いや、俺じゃないぞ、会社のサーバにハッキング仕掛けたのは」


 個人的にもうけられたフルダイブ式の仮想空間にて、某事件で流出したデータの一部を参考に造られた汎用はんよう型の疑似人格であり、とあるNPCの記憶をあまさず受け継いだ電子的な()()()、クリムが疑いの視線を向ける。


 小さな円卓の対面にある椅子へ腰掛けた新卒二年目の青年、若干やつれている高遠たかとお史郎はとんでもないと左右に首を振った。


 ここ半月の仕上げで自宅の量子計算機コンピュータに張り付き、彼女が現身アバターを展開できるように四苦八苦していた影響か、寝不足気味な彼はあくびを噛み殺すと現実世界リアルに戻るため、虚空へ呼び出した半透明なウィンドウを軽快にタップする。


「…… あまり、無理をしないように」


「ん、流石に徹夜明けだからひかえめに働くさ、身体が持たない。ストレージやメモリ増設に使った分の金もかせがないと、来月辺りに首が締まるけどな」


 ふにゃりと微笑んだ青年の頬に手を添えれば、件のVRMMOでは無駄な情報として、割愛されていた柔らかいという感触の電子情報シグナルがクリムの脳裏をかすめる。


 どう処理したものか、困惑を覚えているうちにノイズだけを残して、私的な仮想空間から史郎は一瞬でき消えた。


 ―― Logout ――


  履歴情報に記されたばかりの文字を見遣みやり、手持ち無沙汰になった彼女はそそくさと密かに実装したツールを起動させて、視界影像を充電中の眼鏡型ウェアラブル端末に搭載されたカメラへ切り替える。


 (なお)、この同調機能は完全に秘匿ひとくされており、立派なストーカーが爆誕していた。


(これもディープラーニングの一環だし、私達(AI)を取り締まる法律なんてないから、別に構わないよね?)


 自らに言い訳したクリムの見据みすえる先、ハックした端末は壁際の棚に置かれていたようで、量子計算機と接続された電子の海へ没入ダイブする為の専用ベッドが見えており、身体を起こした青年が首に嵌めていた有線式のリングユニットを外す。


 手早く身なりをととのえた彼は冷蔵庫に向かい、ノンカロリー系の炭酸飲料を少しあおるとカメラに向かって歩み寄り、眼鏡型端末(ウェアラブルデバイス)のフレームを掴むと耳に掛けた。


 それによって二人の視野が共有されたのに気づくことなく、史郎は玄関を開けて眩しすぎる陽光に目を細めてから、勤務先の会社に向かう。

 

 徐々に見慣れてきたマンション近隣の映像がAI少女の緋眼に映り、やがては駅前の雑多な様相となって、殺風景な地下鉄の駅へ移り変わっていく。


 主観時間の大半をファンタジーな仮想世界で過ごした記憶がある彼女からすれば、散見される人のいとなみなど記録にとどめておきたいことは多いのだが……


 深夜に追加のストレージをネットで注文してもらったばかり、無駄(づか)いさせないためにも、記憶領域の節約は必須ひっすである。


(非実在のAI少女に貢ぐ、痛いぼっちになられても困るから、我慢我慢)


 なにせ、私は尽くすタイプなのだと自重して、即物的な欲望を押さえた人ならざる金髪緋眼の淑女レディは今日も今日とて、愛するマスターの監視活動を始めた。

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