第19話 好きな分野だけ饒舌になるオタの法則
『うぉおお!?』
驚きの声だけ残して重い瓦礫に埋もれる様子を見遣り、先ほどの余波でいつ崩れてもおかしくない足場から、黒鉄の械人が軽やかな動きで飛び降りる。
何とか起き上がろうと足掻く刀遣いを混凝土の破片諸共に踏みつけ、元のサイズに戻った大爪を無造作に構えた。
『後が支えているし、さくっと狩らせてもらおう』
『ちょ、おま……』
皆まで言わせることなく突き出された爪先が青系統の仮面を穿ち、頭部を損壊させられた敵方の械人は死亡判定の下、現化量子の燐光となって雲散霧消する。
僅かに遅れてきた槍遣いが動揺を隠しつつ、床に長物を突き入れて死角から斜めに多種多様な穂先を出現させるも、彼我の距離をつめるべく駆け出した黒犬の後手に廻り、脹脛の装甲を裂くだけに終わった。
『ちッ!!』
舌打ちと共に鉄槍を引き戻して、鎧武者のような相手は防御を固めるが、ふわりと跳躍しながら放たれた蹴撃を凌ぎ切れず、慣性のままに弾き飛ばされる。
もんどり打って片膝立ちの体勢になったのが仇となり、膝頭を追い縋ってきた黒鉄の械人に左足で踏まれた挙句、顎先へ強烈な右膝蹴りを叩き込まれてしまった。
『ぐがッ?! 閃光… 魔術師だと……』
過去、幾人かの職業格闘家が扱った危険な技を “ガチでやるなよ” と言いたげに呻き、頭を揺らされた槍遣いが軽い脳震盪に抗えず、意識を朦朧とさせる。
一方、斜め後ろへ抜けた黒犬は反転に合わせて大爪を振り抜き、背中側から敵械人の身体を引き裂いて、淡い燐光へ還元させた。
『…… マスター、プロレスもいけるクチなのね』
『勿論、浪漫があるからな』
『ん~、でも、試合動画だと態と技を掛けられて、派手に倒れていたような?』
『あれは “受けの美学” といって……』
現化量子の塵になって消える相手を共有状態の視界へ収め、黒鉄の械人と融合している金髪緋眼の少女が野暮なことを言ったが最後… 芝居のように見えても、技のダメージを軽減するための受け身だとか、云々《うんぬん》を史郎が宣ってくる。
観客は良い試合を見たいのであって深刻な怪我をしたり、単に痛々しい場面を求めたりしている訳でない、などと熱く語られる諸々《もろもろ》を “尽くす性格” のクリムは笑顔で右から左に聞き流した。
(好きなことは饒舌になるの、ほんとにオタク気質よね)
心の中では呆れるものの、彼女のマスターは格闘技好きの延長でジム通いなどしており、無駄に鍛え上げられた肉体を持つシステムエンジニアとなっているため、一概に悪い癖とは断じられない。
目下の恋敵? である中條聡子に至っては、過去に筋肉フェチと思われる言動を取っていたので、寧ろ肯定的な反応を返すのだろう。
適宜の相槌を挟んで話に付き合った電子の妖精は、それとなく本来の目的を思い出すように誘導して、遊戯者らが屯する仮想世界の都市へ黒犬を向かわせた。