第16話 年末に殴り合う格闘ゲームのマニアたち
余談ながら、某救世主の降誕祭を過ぎると世間一般では年の瀬になり、駆け込みの忘年会や納会が企業ごとに行われて、正月の初週まで及ぶ長期休みに入る。
家庭持ちなら親戚の挨拶廻りなど忙しないことも多く、旦那の実家に連れて行かれた長男の嫁あたりがブチ切れる訳だが… 独身の若い者達には関係なく、職場の飲み会ラッシュさえ乗り切れば、後に待つのは自由に過ごせる貴重な時間だ。
(それがVRMMOの仮想空間で費やされるの、純粋に喜ぶべきか、悲しむべきか)
“年末の仕事に忙殺されて、殆ど来れてなかった事実もあるけどね” と考えつつ、械人たる “黒犬” の固有能力で大爪付きの追加装甲に再構築され、その右腕と融合しているクリムは共有状態の視覚にて、売られた喧嘩の相手を観察する。
眩いボディアーマーを纏った “銀拳” の体躯は絞り込まれており、一切の無駄がない隆々とした筋肉を誇る細マッチョなものの、双方の攻撃手段が格闘なので戦闘自体は地味であった。
“UW” とも略されるARPGの仮想世界に於いて、各プレイヤーの拠点となる無銘都市の郊外だけあり、疎らに集まって半壊した建物等の残骸へ腰掛けた野次馬の観戦者達からすれば、少々退屈な絵面である。
(まぁ、当人たちが楽しそうだから良いけど……)
この敵械人、マスターと同じく格闘ゲームに嵌っていたようで、一つひとつの動きが “路地裏の拳士” を彷彿とさせるのだ。
瞬歩で詰めた刹那、飛んできた左脚のハイキックを見切り、黒犬が右腕の追加装甲で受け止めると間髪入れず、蹴り脚を降ろす動きに合わせて上から右拳で叩き付けるような強打を放ってくる。
『ぐッ!!』『かはッ!?』
左鎖骨あたりに直撃した剛拳は胸部装甲の一部を砕くが… そこからの連撃を止めるべく、カウンター気味に突き出した大爪も銀拳の腹部装甲を穿っており、仲良くよろめいてから数メートルほどの間合いを取った。
ここまで幾度か殴り合っているにも拘わらず、双方が健在なのは近接特化の耐久性故であり、低い防御力しか持たない “姿なき狩人” とは違うのだろう。
さらに言うと、敵械人は自らの攻撃など阻害しない程度に発動する自動防御を有しており、結構な確率で攻撃を防がれるため、厄介な存在と言えなくもない。
『ははっ、黒犬、あんたも格闘ゲーをやり込んでたクチか!』
『嗜み程度にはな、お前の再現度には驚かされたよ』
『こっちは必殺コンボの端緒を悉く潰されて、しょんぼりだけどな!!』
『いや、一発貰ったら、最後までいきそうで怖いだろ……』
取り留めのない軽口を交わしてから、にやりと仮面の下で嗤った二人は其々、手甲に覆われた両腕へ現化量子の燐光を発露させて、示し合わせたように駆け出した。
― 参考情報 ――
通称:シルバーフィスト(世良 陽紅)
分類:超人系
武器:鉄拳・強脚
技能:動体視力及び反応速度の向上
特技:反射による不随意な防御
位階:第一段階