第15話 ドッペルさん、許すまじ!!
『ご無沙汰してるね、聡子さん』
「うわっ、まさに本人じゃないですか、もしかして……」
「便乗はしたが、本社の情報漏洩事件には関わってない、勘違いするなよ」
網膜投射の機能で美しい金髪緋眼の少女が見えている聡子の機先を制して、俄かに史郎が弁解を挟み、事の次第に係る説明を汎用型の疑似人格に丸投げする。
色々と現状に至るまでの集約を相槌など入れつつ、熱心に聞いていた後輩女子は自分なりに内容を消化しようと試みるも… 困ったような唸り声を上げ始めた。
参考の程度に依るとはいえ、リバースエンジニアリングに近いことをして造られた新規の人工知能が、触れる場所へ転がっていたNPCの記憶を自発的に取り込む形で転生したという、法律上の判断が困難な経緯に頭を抱えてしまう。
「微妙、微妙っすよ、先輩!!」
「自覚はある、それ故に必要な配慮はしたと言っておこう」
『ほぼ独自の刷新された論理構成で動いてるからね、私』
「うぐっ、先輩が優秀なのは昔から知ってますけど、大丈夫なんすか?」
猶も問われた言葉に主従揃って浅く頷き、“問題ないはず” と返されては中々に喰い下がるのも容易くない。
ここは一度退いて別の切り口を探すため、原型になった疑似人格の所在を質せば、又しても予想外の返答が返ってきた。
「え゛、勝手に非合法なサーバから消去って……」
『私の同位体みたいな存在とか、“雨後の筍” のよう出てきたら嫌でしょう?』
人工知能に適用される三原則のうち、自己防衛にあたる事項を以って、後顧の憂いは断ったと、どや顔のクリムは得意げに宣う。
勿論、マスターの意志ではなく彼女の判断によるグレーな行為であり、法制度上の欠陥に付け込んで弁護の余地を残すような、あざとい意図が垣間見えた。
「悪質っす、実は腹黒かったんすね、この娘!!」
「まぁ、やり過ぎると言い訳できないし、真っ当に裁かれるけどな」
多少の補足を成すと、眼鏡型の端末を貸しているため、量子計算機と繋げたスピーカーの振動で紡がれる声しか、現状だと認識できない史郎が立つ。
棚に向かって鳴る直前の目覚ましのスイッチを押し下げ、身体に移った聡子の匂いを落とそうと、着替えを掴んで一人暮らしのマンションでは珍しい、脱衣所付きの浴室に入る間際… ふと動きを止めて、クリムと会話中の後輩へ振り返った。
「シャワー、先に使うか?」
「ん~、今日はもう休むって決めたっす。先輩、うちの課長に連絡してください」
「却下だ、却下、お前の欠勤を何故、俺が報告せねばならんのだ」
そんなことをすれば勘繰られた末、なし崩し的に深酔いからのお泊りが発覚して、事実無根の疑いを掛けられるだろうと突っ込み、気だるげな様子で部屋の主は浴室に消えていく。
勝手知ったる何とやら、室内に残された聡子は網膜に投射されるクリムとの談笑を続け、“UnderWorld” の仮想世界に没入するためのアプリの獲得手順も聞き出した上、史郎が出社の準備を終えるまで長々と居座った。