第11話 もはや是非も無し
『あれ、マスターが復活した!?』
『… っ、耳元で騒ぎ立ててくれたお陰だ』
取り急ぎ、伏した身体を横に廻して追撃の銃弾を避け、獣系械人の膂力に任せて跳ね起きると、サイドステップで更なる連射も躱す。
別に見えている訳ではないが、常に動き続ければ当たらないという単純な発想の下、変則的な軌道で大通り脇の狭路へ飛び込み、二人揃って一息吐いた。
『このまま強引に離脱は… できないようね』
『彼我の距離が1.5㎞以内は不可、だったな』
分厚い事務的マニュアルにもあったように、交戦状態となった不特定多数の者達から一定の距離を開けないと、お互いにログアウトすることはできない。
黒犬の脚力を考慮したら、安全圏への逃走は容易な気がすれども、一方的に手の届かない場所から顔面を撃たれた挙句、尻尾を巻いて逃げるのは性分に合わないので却下だ。
『どっちが狩る側か、教えてやろう』
『ん、了解、弾丸の飛んできた方向から狙撃地点を割り出すよ』
初撃で部分的に破損した仮面に触れて、こういう “マスク割れ” は最大の見せ場というか、死闘の果てに起きるのでは? と史郎が苦笑している間にも解析は進み、物陰に隠れて近づくための道筋が告げられる。
凄まじい速度で廃墟の街並みを疾走する黒鉄の械人が向かう先、時折に垣間見える獲物を狙おうとして諦めた狩人が溜息を吐き、仮面のバイザーに投映される数値を気にしていた。
『……くそっ、完全に引き際を誤ったな』
所在不明の補助AIことクリームヒルトが優秀なのか、本体性能との合わせ業なのか不明ではあれど、瞬く間に700mほどあった相対距離は縮められてしまう。
こうなっては逃げられる機運もなし、此処で迎え撃つしか、姿なき狩人に選択肢はない。右手に握った狙撃銃を現化量子の光へ分解させて、大口径のハンドガンに造り変えると、左手には荒廃した都市の居住区で買ったスタングレネードを顕現させた。
潜んでいる部屋の扉を開けた瞬間、目晦ましを仕掛けて、急所を撃ち抜いてやろうと身構えるが… 黒い野獣は予想外の方向から窓の残骸をぶち抜いてやってくる。
『ッ、壁面を踏破したのか!?』
『ご明察、正解だ』
閃光音響弾を投げる敵手に対して、もはや関係ないとばかりに視界と聴覚を奪われながら、黒犬は寸前の位置など頼りに強烈な飛び廻し蹴りを喰らわせた。
『ぐぅうッ!!』
吹き飛ばされた狩人が咄嗟に拳銃の引き金を絞るも、対峙する械人は床面に左掌を突き、軽く曲げた右足を前方に伸ばした低い半身の姿勢で着地しており、弾丸は頭上越しの内壁を穿つのみ。
さらには重心を移動させて、身を起こすと同時に吶喊した猛獣の大爪が迫り、銃遣いの内臓をズタズタに引き裂いた。
『…ッ、ま、まさか… 狩る側が狩られるとは』
『そういう事もあるだろう、偶にはな……』
最初の一発がまともに直撃していたら、くたばっていたのは自分だと嘯き、大幅に筋力が高められた械人の右腕を振るえば、投げ飛ばされて壁面に衝突した 姿なき狩人が淡い燐光となって消えていく。
正直な話、中距離及び遠距離に特化した狩人と、黒犬の近接戦闘力は比較にならず、格闘戦に持ち込まれた時点で勝敗は決していたと言えなくもない。
未だ硝煙の匂いが漂う壊れた部屋には、破れて使い物にならないコートの他、文字通りにドロップ品といえる非殺傷系の手榴弾も転がっていた。