出会い
1930年代、アメリカ。
この時代のアメリカは急激な株式市場の暴落により無秩序が蔓延し混沌と化していた。
マフィアやチンピラによる事件が至る所で多発し、人身売買などの悪行も横行。
しかし、そんな混沌と化した世界の中でも富裕層しか立ち入ることのできない街がこの国には存在した。
「リサ。今日はバレエのレッスンだと言ったでしょう。下に馬車を待たせているから早く支度しなさい」
ドアを強めにノックした後、こちらが返事をするよりも早く母が部屋の扉を開けた。
派手な白のドレスに見るからに高級なイヤリングやネックレスといった装飾品たち。
それは楽園と呼ばれるこの街にはふさわしい格好だった。
「分かってるわ。窓の外に変な子がいたから見ていただけよ」
「変な子?」
「こんな土砂降りの雨の中、傘も刺さずに男の子がそこのベンチで本を読んでいるのよ」
私は窓を開けて少年が座っているベンチを指差したが、母は興味がないのか私の指差した先を見ずに「どこかの家の使用人の子供でしょう」とそのまま踵を返し部屋を出ていった。
タンタンと一定のリズムで階段を降りる音が聞こえてから数秒後に「早く支度しなさい。10分後には出るわよ」と大きな声が聞こえてきた。
私は急いでクローゼットの扉を開けて着替えを始めた。
支度するタイミングが遅かったことが悪いのは重々理解しているけど、支度を始めて着替えた後ゆっくりする間もなく1、2分という短い間隔で外に出ることが苦手だ。
外に出る時は用意してから余裕の時間を持ってから出たいのが本音。
だって外に出る前は勇気がいるから。
今のアメリカでは子供の誘拐が後を経たないのだ。特に私のような富裕層で生まれた子供を誘拐し身代金の要求はもちろん、オークションで奴隷として売られることもある。最悪パーツごとに解体して売られてしまう。
それが今のアメリカの現実だ。
私は支度を終えて急いで馬車へと急いだ。
扉を開けながらも私はベンチに座る少年を横目に見てみた。少年は濡れた本を未だ無表情で読み続けていた。
私はそれを見て少し不便に思ったから、母に「少し待っていて」と言うと家から女性ものの少し高そうなフリルの付いた傘をとって少年の上に被せてあげた。
突然のことに驚いたのか少年は私を凝視したまま目を大きく見開いていた。
そんな少年のあまりにも驚いた顔に私は面白くて思いの外吹き出してしまった。
「これ良かったら使って。ねぇ、ここの近くの子?ここにまた来ることがあればその時返してくれればいいから」
少年はスッと視線を傾けると「また絶対に来るけど、返せるかは分からない」と言った。
「?ならそれはもうあげるわ。私そこの家に住んでいるの。これからバレエ教室に行くけど、あなたが座ってたらいつでも見えるからまた話しかけに来るわ」
「……ありがとう」
そう言うと少年は立ち上がり駆け足で消えていった。
雨で濡れてはいたけど彼がただの使用人ではないことは装っている服からよく理解できた。
私と同じ、富裕層の子供なのだと。