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ゲーム世界に転移して10年経った元ユーザーの物語

元女王の凡庸な願い

作者: 宇寿々

―――この人、こんな表情もできるんだ。そう思ったのが最初だった。


不愛想で無口だけど、腕は一流の平民神官。あと、尋常じゃなく顔が良い。余計な色恋に巻き込まれないように必要最低限だけ関わろう。


それが、彼に対する認識だった。


戦闘に巻き込まれるかもしれないと高位の神官が躊躇う中、彼は、魔獣との前線争いにズカズカと迷うことなく足を踏み入れて、負傷者を片っ端から聖魔法と癒術で治して回っていた。


初めての戦闘後で眠れない新兵に薬膳茶を入れてあげていたのも知ってる。


本来ひと月に一度の休暇が、平民だからと三か月に一度取れればいい方になってしまっていると知ったのは偶然だった。


こんなに前線に出ずっぱりで家族は心配しないのか、と余計なことを尋ねた私に、一人が好きな寂しがり屋だから心配だ、と珍しく眉を落として困ったように微かに笑った彼は、とても優しい表情をしていて。


その顔をもっと近くで、もっと沢山見ていたい。そう思ったのが、始まりだった。

≪フロンティア・ヴァンガード≫ かつてそう呼ばれたネットゲームがあった。


初期はブラウザゲームで後にアプリ化した作品は、課金無しでもある程度攻略可能なところと、流麗なグラフィック、奥深い設定と適度なやりこみ要素から、幅広い年代の男女ユーザーを獲得していた。


設定はありきたりな西洋ファンタジー世界で、魔獣が支配する大陸に国を興し、魔獣を駆逐しつつ国民を増やして領土を拡大していく、という一国一城の主の成り上がりストーリーだ。


他ユーザーと『外交』『同盟』『戦争』等をして、魔獣との戦闘で共闘したり、領地・資源・国民を奪いあうことができるが、特殊な設定の『鎖国モード』も選択できる。


『鎖国モード』だと他ユーザーとの交流が一切なくなる。そのせいと、もう一つ、特殊設定故の難易度調整要素がきつくて、人気のある設定ではなかった。他ユーザーとフレンドにならずとも、イベントとストーリーを進められる、のんびりぼっちでやりたい人間に大変優しい仕様だったのだが。


自他ともに認める陰キャコミュ障である私は、当然マイナーな『鎖国モード』で国家元首をしていた。まぁまぁ国も発展して、魔獣水晶(魔獣を狩るとドロップするアイテム)に余裕も出たし、サポートキャラを作ろう、と思い立って作ったのが息子レオンだ。


魔獣との戦闘時に、ヒーラー役がいると自軍の損耗率がかなり抑えられると攻略サイトに載っていたので、お勧めに従い、癒術と聖魔法を使えるキャラにした。外見を自由に設定できたので、当時沼っていたアニメの推しキャラと同じ、金髪に紫の瞳を持つ細身の美少年を選択。


サポートキャラは無課金の場合、『王族(子)』なら2人、『家臣』なら10人という風に、立場ごとに作成数に上限があり、上の身分程、強キャラになる。


どうせならば、パラメーター上限の高い、強いキャラクターを育てようと『王族(子)』を選んだことを後悔したことはない。


ゲームだった昔も、それが現実になった今でも、彼は私の可愛い息子なのだ。


さて、そんな元王子(本人はゲーム時代の記憶がないため知らない)の息子に、元女王(異世界転移に伴い国家の三要素たる領域国民主権を喪失中)のお母さんは言いたいことがありまーす。


高位の貴族令嬢(将来の義娘)と定期的に二人でお茶をさせるとか、まじで勘弁してください。さっきから冷汗が止まらないし、両手の震えを抑えるのに必死なんですけど。


元女王が辺境伯家の次女と話す程度で緊張するなって?


いやいやいやいや、無理ゲーにも程がある。知識として女王の振舞はあっても、それを実行できるかどうかは別だって。英語が分かるからって、日本語でも上手に雑談できないコミュ障に、外国人と楽しくおしゃべりしろっていうのと、同類の無茶ぶりですから。


ゲーム上の女王の記憶というか能力値は確かに引き継いでいるが、そもそも国が違えば、文化風習も変わる。つまり、女王として知っているマナーとこの国での常識は結構違うのだ。


だから先日もカルチャーギャップによるとんでもない勘違い案件が……いや、この話はもうやめておこう。


―――本当に誰か助けて。


そんな内心の叫びが神に届いたのか、後ろから穏やかで低い男性の声が話しかけてきた。


「おや、ラウラ。レオン殿の母君とお茶会とは楽しそうだね。僕も交ぜてくれないかな」


違った。別方面から刺客が来た。今世紀最高の生き恥を晒した事故案件の被害者ルイス様だった。


「どうですか。我が家での暮らしには慣れられましたか」


ふんわり微笑むイケメン貴族に「ハイ。トテモヨクシテイタダイテオリマス」と片言に答える。


よくある平民いじめとか一切なく、物凄い歓待を受けている自覚はある。


同じ屋敷だと気兼ねするだろうと、敷地内に別棟を建てた上で、気に入らなければ内装や家具は自由に変えていいし、なんだったら建て直すよ、と辺境伯直々に言われた瞬間に気絶しなかった私を誰か褒めて欲しい。歓迎のレベルが異次元過ぎて付いていけない。


バルリング家の皆様全員が新参者の息子と私を優しく気遣ってくださり、使用人の皆様も主家の一員として扱って下さっている。なんというか、申し訳ないぐらいである。


息子の婚約者ラウラ様には、定期的に「今日は休日で時間を持て余しておりまして。良かったら一緒にお茶でも如何ですか、義母様」と、本宅にあるガラス張りのサンルームに誘われている。実はこれ、私のために開かれているのでは、と最近気付いた。


バルリング家に連れてこられてから衝撃の連続で、意識を飛ばしながら流されていた。ある日、ふと正気に戻ったとき、おや、この会話ってもしかして……と思ったのだ。


「お食事は口に合っておりますか。宜しければ、義母様がお好きな平民の料理などがあればお教え願えませんか。私も食べてみたいので料理長にお願いしましょう」


とは、つまり、食が細いようだが、食べ慣れない貴族料理に戸惑ってはいないか、平民の食事を良かったら用意するよ、という心配で、


「私は騎士を長くしておりまして。口調が貴族の令嬢としては固いらしく、使用人の方が令嬢らしい話し方をするとよく言われます」


とは、このしゃべり方がデフォルトだから、威圧的だけど怖がらないでね、という気遣いで、


「自邸ではデイ・ドレスを着るように昔は母によく言われたのですが、どうしても着慣れている騎士服に近い恰好をしてしまって。今では、人目に付かない場所であれば何を着ても何も言われません」


とは、貴族の服は平民に比べると窮屈で着心地が悪いものもあるから、別棟の中であれば好きな格好をしてかまわないよ、という配慮だった。


そんな風に会話の中で遠回しに、困っていることはないか、欲しいものはないか、と気遣って下さるラウラ様に思ったのは、「何このイケメン……」である。


女性騎士として活躍目覚ましい彼女だが、ファンが多いというのも頷ける人柄の良さである。うちの息子、とんでもない御方を嫁にしたな。というか、良く捕まえられたな、こんなハイスペック。


仮にも元王子(本人に自覚無し)に酷い言いようではあるが、希少魔法の聖魔法が使える医術神官として爆速でエリートコースを走る息子だが、所詮は平民だ。由緒正しい辺境伯家本家のご令嬢と身分が釣り合うはずもないのだ。


一度、勇気を振り絞って「どうして息子を婚約者にして下さったのか」と、尋ねたら「私が懇願して婚約者にして頂いたのです」と頬を赤らめて、珍しいぐらい小さい声で答えたので、胸を押さえて撃沈した。尊みが凄くて、息ができなかった。これがギャップ萌え。


さて、そんな良い子の義娘(予定)とのお茶会である。今日はなんと正統派イケメンのお兄様も参戦している。陽キャ二人に挟まれて、元女王(陰キャコミュ障)にどうしろというのか。


ここで楽しくおしゃべりできるなら、最初から『鎖国モード』なんて選んでないんだよ。と心の中で悪態をつきつつ、ふと、ルイス様の前に置かれた紅茶に目を引かれた。


―――そろそろかと思っていたが今日だったか。


「あら」


口数が少ない(口に出さないだけで脳内では叫びが常時氾濫している)私の声に、注目が集まる。


視線は苦手だ。他人にどう思われるかを考えずにはいられない小心者の私は、人目を集める行為を避けている。が―――時と場合によっては、手段を選ばないことにしている。


彼らは、私達二人を家族として受け入れて下さった。


ならば、


「そのお茶、虫が入っていますね。『飲まない方が良いですよ』」


―――元世界のゲームにおいて『鎖国モード』になると自動的にONになる機能があった。それゆえに、この状態のゲームには別称があった。


守るべき家族に、毒物の混入された紅茶を黙って飲ませる私ではない。ゆっくりと振り向き、紅茶を注いだメイドではなく、その横にいる、心拍数表記が上がっているメイドに声を掛ける。


「そこの貴方。名は確かカトリンとおっしゃいましたか」


ゆっくりと席を立ち、彼女とバルベルク家の二人との間に立ち塞がり、尋ねた。


「弟さんはお元気かしら」


―――『鎖国モード』は、別名『自爆モード』と呼ばれた。なぜなら、他者との交流がないと難易度が下がるだろうと要らぬ親切心で運営が作ったNPCがいたからだ。彼らの通称は内乱NPC。


そう、人類の敵魔獣を倒すはずのゲームで、内輪もめ(人間同士。しかも自国内)要素が入った、自爆としか言いようのない形でバッドエンドを迎える可能性があるのが『鎖国モード』なのだ。


しかも攻略難易度が笑えるぐらいエグイ。


だから私の毒物察知能力はカンストしている。挙動不審者の感知スキルも、だ。


一人でのんびり国作りが『鎖国モード』なのでは? と宇宙猫を背負ったこともある元女王は、それでも、他ユーザーと交流するぐらいなら! と生存難易度爆上がりの『鎖国モード』をプレイした。


国家レベルが上がるごとに難易度を増していく暗殺や王位簒奪の阻止イベントを、ひいひい言いながらクリアし続けた一国一城の主は、銀のナイフを構えた他国の民草に宣言した。


「弟さんの命が惜しかったら、その左手のナイフから手を放しなさい。ついでに、サミーの命が惜しければ、貴方を脅したクソ野郎の風貌服装しゃべり方、覚えていること全てを教えなさい」


え、と剣を構えたラウラ様が困惑の声を上げる。サミーって犬の名前では? とルイス様が剣の柄に手を掛けたまま、こちらに視線だけ寄こしてきた。


そう、この兄妹ときたら背にかばったと思ったのに、一瞬で私の前に躍り出て、臨戦態勢を取ったのだ。リアル現役騎士すごい。画面の向こうでしか戦闘を見たことのない現代日本人は、心の中で彼らに賞賛を送りつつ、弟を人質に取られた哀れな娘に語り掛けた。


「弟さんと飼い犬サミー君を含めた貴女のご家族は、息子のレオンが保護済みとの知らせを先程、この茶会の前に受け取りました。少し待ってね。ご家族の無事な姿を見せられるよう、通信魔術具を預かっているから」


現れた画面の向こうに、呑気に尻尾を振っている茶色と白の斑模様の雑種犬と、ふくよかな顔をやつれさせた男女と小さな男の子の姿が映る。泣き崩れたカトリンを、屋敷の警護騎士が素早く縄で後ろ手に縛った。


とりあえず安全な別棟に避難を、と促すルイス様の腕から逃れ、座り込んだカトリンの前に膝をついた。もう一仕事残っているのだ。


「大丈夫。もう大丈夫よ」


胸元に抱き寄せて、幼子にするように頭を撫でる。こぼれた涙が胸元の生地を濡らすのが分かった。


「怖かったわね。苦しかったわね。もう、大丈夫。何も心配いらないわ」


辺境伯様には先に話を通してあるし、未遂だから厳罰には処されない。もう、この屋敷にはいられないけれど、次の就職先も支援する。


そう伝えて、安堵の涙を流す娘に、元女王は微笑んだ。

―――だから、貴女にこんな酷いことをさせようとした、私の敵を教えて頂戴?


篭絡スキルもカンストしている元女王は、心の中で遠い目をする。運営は一体国家元首を何だと思っているんだろう、と。レベル上げしなければ死ぬ系のスキルは軒並み、『ワクワク! 異世界大陸で国作り!』のキャッチコピーとかけ離れている内容だった。


思ってたんと違う。これ何の役に立つ能力なの?


レベル上げ中に何度も突っ込まざるを得なかったスキルが異世界でまさかの良い仕事をしてくれる日が来た。まだ現代日本で孤独にぼっちモードでゲームしていた頃の彼女には知りえないことであった。


余談ではあるが、愛犬サミー君は、大好きなお姉ちゃんが住み込みの仕事から通いの仕事に変わったため、また家で一緒に生活できるようになり、大変ハッピーに毎日を過ごしているそうだ。


そしてまた蛇足ではあるが、「どうして父には相談したのに、私(僕)には言ってくれなかったのか」とご立腹の兄妹が、交流を深めたら話しやすくなるかな、という人類みな兄弟な陽キャ思想で、別棟に入り浸り、時に本邸でのバルベルク一家の晩餐に誘いに来るようになった。


一人でのんびりまったり『鎖国モード』をしたかった元女王は、息子とその婚約者とその兄が三人揃って夕食に誘いに来たと告げる使用人に礼を言うと、静寂と孤独とは程遠い、眩いくらいに賑やかな玄関に向かい、足を一歩踏み出した。


腕に抱え込んで守っていたはずの宝物が、自ら危険な方に転がった瞬間の心境を、なんと例えたらよいのだろうか。重たい氷を胃袋一杯に詰め込まれたような、とてつもない悪寒と焦燥感に、やけに心臓の鼓動をうるさく感じた。


縛り上げたからといって安全ではないんだ。どうして君は、そのメイドに近づこうとしている。例えば爆発系の魔道具一つを対象者が持っていれば、簡単にその命が吹き飛んでしまうのに。


再び捕らえようとした手を視線一つで制される。時々、そう、彼女は時々、こんな目をする。逆らうことを許さない、絶対的な支配者の目だ。その度に金縛りにあったかのように動かなくなる体に、最初は驚き、次は疑い、今は嘆いている。


全ての危険から遠ざけたいと思っている存在が、いとも簡単に、先程己を殺そうとした存在を胸に抱く光景を、臍を嚙んで眺めるしかできない自身が情けなくて悲しいのだ。


涙に濡れるメイドが途切れ途切れに零す情報を頭に叩き込む。


宝物が自ら危険に飛び込むというのならば――ー彼女の周りにある危険を全て排除するだけだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が、話が進むごとに、素敵に思えてきます。 物静かで、淑やかで、気品のある貴婦人、に。 [気になる点] きっと運営、こんなに難易度上がっちゃうから鎖国解除してねっ♪、て言いたかったんだ…
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