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不思議! ストーカーが結構かわいい

作者: びっくり鳩ポッポ

「最近変なことがいっぱい起こるんだ」


 一日の講義がすべて終わり、大学から駅へと向かう帰り道で布施は言った。


「ほおん。たとえば?」難波がたずねる。

「なんかいつも視線を感じるんだ。ずっと誰かに見られてるような気がする。それに知らない番号からよく電話がかかってきて、全部同じ番号なんだけど、電話に出ても相手は何も言わないんだ」

「なんかストーカーみたいやな」

「うちの妹もそんなこと言ってたよ。ぼくにストーカーがついてるんじゃないかって。ぼくなんかに付きまとう人がいるとは思えないけど」

「そうか。しかし、念のため聞きたいんやけど――」


 難波は布施のすぐ後ろに目を移す。


「まさか、その娘のこととちゃうよな?」


 難波は、布施の背後三十センチのところにいる少女を指さした。キャップを深々とをかぶり、サングラスをかけ、マスクで口元を隠している。


「その娘って?」布施は首をかしげる。

「いや、朝からずっとお前の背後にぴたっとくっついてるその娘やけど」

「は? どこにそんな奴がいるんだよ」


 布施は後ろを振り向く。

 途端に少女は布施の死角に素早く回り込む。


「誰もいないじゃないか」

「えー、マジで言ってんの? それともツッコミ待ち? おい明石、どっちやと思う?」


 難波は隣でスマホをいじっている明石にたずねた。


「うーん、こんなに近距離で一日中付きまとわれて気づかないなんて、普通はありえないよね」

「せやな」

「でも布施だから」

「せやな」

「二人とも何ブツブツ言ってんだよ。ぼくは真剣に相談してるっていうのに」


 布施は唇をとがらせる。そのすぐ背後に、相変わらず怪しい少女がついてきている。


「布施、後ろ」


 布施は振り向く。少女はさっと身をかがめた。


「もう、誰もいないじゃん」


 布施は怒ったような声で言う。

 その背後にいる少女も眉を吊り上げている。無言で難波に抗議しているようだ。


「明石、どうする?」

「面白いし、もう少し様子を見ようよ」

「せやな。おい布施、他にはどんな変なことがあったんや?」


 すると布施は表情をくもらせた。


「実は――、お風呂に入るときに覗かれてるみたいなんだ」

「「え」」


 難波と明石は、怪しい少女を見た。

 少女は激しく首を横に振る。


「ほんまに?」

「布施、大事なことだよ。ちゃんと思い出して」

「昨日お風呂に入ってたら、いつの間にか窓が開いてたんだ。で、窓の開いた隙間から人の顔が見えたんだ」

「それは――、完全に覗きやな」

「警察呼ぶ?」明石がスマホを操作する。

「私じゃない! 私そんなことしてないから!」


 少女が声を張り上げ、布施はびくっと身体を震わせた。


「え、何。誰?」


 布施は振り返り、ようやく少女の存在に気づく。


「ええと」少女は言いよどんだ後、「あなたの、ストーカーです」

「言っちゃうんだ」

「ストーカーってこういうもんやったっけ」

「え、君がぼくのストーカー? 実在したんだ」

「ストーカーっていうか、ストーカーは言い過ぎですけど、昨日と今日、あなたを尾行してたのは私です」

「じゃあ、ぼくの入浴シーンをのぞき見してたのも君なの?」

「だから違う! それは私じゃありません」

「そっか。ごめんね」

「いや別に、謝られても困りますけど」


 少女は居心地悪そうにもじもじしている。


「なあなあ、なんで布施を尾行してたん? まさかと思うけど、こいつに惚れたん?」

「はあ? そんなわけないじゃないですか」

「まあ、せやろな」

「当然だよね」


 難波と明石、それにストーカー少女が布施を見てうんうんとうなずく。


「なんだろう。ちょっと傷つく」布施はしょんぼりした。

「じゃあなんで尾行してたん?」

「それは、言いたくありません」

「やっぱ惚れてるん?」

「だから、違うって」

「好きな人の前では素直になれないタイプなん?」

「本当違うから! こんな人全然タイプじゃないし。ぼけっとしてるし、取り得とか何もなさそうだし」

「ひどい」布施はますますしょんぼりした。

「まあお年寄りとか子供に優しいみたいだし? そこは悪くないと思いますけど」

「お、なんか風向き変わってきたやん」

「布施はお人よしだからね。困ってる人でも助けてたのかな」

「まあそれはそれとして、しばらくあなたに付きまとうつもりなので、よろしくお願いします」


 少女は深々と頭を下げた。


「これはこれはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします」


 布施も少女と同じように深く頭を下げる。


「なんか俺の知っとるストーカーと色々ちゃうねんけど」

「芸能人も生で見たら違うって言うし、そういうもんなんじゃない?」

「ほおん、生ストーカーはこういうもんなんか」


 難波と明石が小声で話し合うのをよそに、少女は「じゃ、今日はこれで失礼します。また明日!」と元気な声で告げ、ぱたぱたと走り去っていった。


「またねー」布施はのんきに手を振っている。


 小さくなっていく少女の背中を見つめながら、難波はつぶやいた。


「よっしゃ、じゃ行こか」

「行くってどこに?」布施が難波にたずねる。

「決まっとるやろ。あの娘の後をつけんねん。お前のストーカーの正体を確かめるんや」


 難波の言葉に明石もうなずく。


「そうだね。彼女の名前も素性も不明だし、なんで布施をストーキングしてるのか知りたいよね」

「せやな。なんなら男かもしれんし」

「女の子だと思うけどな」

「まあとにかく、おもろそうやん、行くで!」


 三人は少女の後を追った。


   ※


 五分後、三人は警官に囲まれていた。


「お前らか、この娘をつけまわす凶悪なストーカーは」


 夕日に照らされる公園のど真ん中で、布施、難波、明石の三人は正座させられていた。その前後左右には屈強な警官たちが立ち並び、険しい表情で布施たちを見下ろしている。


「あ、あの」


 例のストーカー少女が困ったような顔で何か言おうとするが、一人の警官が制止する。


「お嬢さん、離れて。あまり近づくと噛みついてきますよ」

「犬かな?」布施が首をかしげる。

「ちょっとおまわりさん、俺らなんもやってへんのですけど」

「なに言ってる。善良な市民から通報があったんだ。怪しい三人の男がいたいけな少女の後を尾行してると」

「え、何、私のこと尾行してたの?」


 少女は少し引いている。


「いやなんで引いてんねん。自分のやったことやり返されただけやろ」

「そりゃそうかもだけど、男と女とじゃ事情が違うっていうか、正直気持ち悪いっていうか」

「まあ、気持ちはわかるね」


 明石はうなずくが、難波は警官に猛然と抗議した。


「おまわりさん、元はといえばこの女が布施のことをストーキングしとったんですよ。俺らは友人のストーカーの正体を突き止めようとしただけっす。いや、俺らは別に彼女を捕まえてもらおうなんて思ってないんですけど、俺らを捕まえるんは筋違いとちゃいますかね」


 警官たちは互いに目くばせをした。やがて一人の警官が言った。


「この娘がこの男をストーキングしてたって?」

「そうです」

「まあ、はい」


 難波が勢いよくうなずき、少女は気まずそうな顔をする。


「信じられないな。君、サングラスとマスクを外して」

「え? は、はい」


 少女は警官の言葉に従い、彼女の素顔が明らかとなる。


「おやかわいい」と布施。

「意外だね」と明石。


 一方、正座していた難波はよろよろと立ち上がった後、膝から崩れ落ちた。


「そんな、嘘やろ? こんなかわいい子が布施なんぞをストーキングしてたなんて」

「わかったか? 日々街の治安を守る警察の観察眼をなめるんじゃない。これほどの美少女がこんな見るからにマヌケな男のストーカーになると思うか?」


 腕組みする警官の言葉に、難波は力なくうなずく。


「……思いません」

「なんか今日、全体的にぼくへの悪口が多くない?」


 悲しい目をする布施を明石が適当に慰めた。


「そんな日もあるよ。ドンマイ」


 少女が遠慮がちに手を挙げる。


「あの、なんか色々おかしくないですか? 見た目がどうとか関係ない気が――」

「それはどうかな」警官は難波に目をやる。

「関係あるに決まっとるやろ! かわいい女の子に付きまとわれるなんて完全にご褒美やんけ。俺をさしおいて布施にそんな栄誉が与えられるなんて、そんなこと信じられ……、うっ、うっ」


 感極まってむせび泣く難波に、警官は無言でそっとハンカチを差し出した。


「おまわりさん……!」難波はハンカチを受け取り、あふれる涙をぬぐった。

「まあとにかく、君らには署まで来てもらおうか」


 警官がパトカーを指さす。


「はあ、しゃーないな」

「パトカーに乗るの初めてだよ。ちょっとワクワクするかも」

「三人そろって前科持ちだね。親になんて言おうかな」


 のんきな布施たちを見かねたのか、少女が「待ってください」と声をあげる。


「あの、本当に私が布施さんに付きまとってたんです。私がストーカーなんです!」


 少女の言葉に、警官は顔をしかめる。


「信じがたいな。なぜそんなことを?」

「それは、その、信じてもらえないかもしれないですけど、そこの布施さんには幽霊がとりついてるんです!」


 少女は勢いよく布施を指さす。


「……ええっと」警官は困った顔でほほをかく。

「まあ布施につきまとうくらいやし、変な女やろうと最初から思っとったけどな」

「難波、急に元気になったね」

「せやな。気分爽快やわー」

「ああもう言うんじゃなかった! やっぱ信じてもらえないし」


 頭を抱える少女に布施が冷たい声で言う。


「幽霊なんているわけないだろ。全く、初めてできた自分のストーカーがこんな霊感少女だなんて、やれやれだよ」

「え? いや、何言ってるんですか」少女は信じられない、といった表情で布施を見る。「他の人はともかく、あなたには見えてるでしょ?」

「見えてるって、何が?」

「そこの女の人ですよ!」


 少女が布施の背後を指さす。


「え、マジでなんかおるん? こわ」

「なんにも見えないけどね」


 警官たちは無言で目くばせを交わしあう。彼らにも何も見えないようだ。

 一方、布施は首をかしげる。


「ん? 確かに顔色が悪くて白い和服を着て両手を前に垂らしてた女の人がいるけど、幽霊ではないでしょ」

「それは幽霊やろ」

「幽霊だね」

「幽霊でしょ! ずっと『うらめしや』って言ってるし」

「ハロウィンの仮装じゃないかな」

「今四月ですけど」

「うーん確かに気が早いとは思うけど、最近はお化けの仮装した人をそこら中で見かけるよね」

「それ多分お前にしか見えてへんで」

「心霊現象否定派の布施にだけ幽霊が見えるなんて皮肉だね。ぼくも見たい」

「もういいです! 幽霊の隙を突こうとうかがってましたけど、私がその幽霊を除霊しますから」


 少女は真剣な表情で目をつぶり、深呼吸をした後、かっと目を見開き、両手を布施の背後に向けた。


「破ぁーっ!」


 公園に少女の声が響き渡る。


「今のはなんなん?」

「……私の霊力を高めて幽霊にぶつけたんです」

「結果はどうやったん?」

「残念ながら、幽霊は健在です。布施さんの耳に何かささやいています」


 明石がたずねた。


「布施、幽霊さんはなんて?」

「何これウケる、だって」

「ウケてんじゃねえ! こっちは真剣にやってるのに」


 少女は地団駄を踏んだ後、布施の背後を指さして言った。


「いったん出直します。明日こそあんたをやっつけてやるから」

「え、何急に。こわ」布施はびっくりした。

「お前じゃなくて幽霊に言ったんやで。文脈でわかるやろ」

「じゃあまた明日」


 駆け去る少女の背中を布施たちはぼんやりと見送った。


「よし、解散!」


 警官が声を上げ、その場はお開きとなった。


   ※


 翌日、布施はげっそりとした様子で難波たちの前に現れた。


「めっちゃ顔色悪いやん。どしたん?」

「昨日解散した後色々あったんだ。帰り道に急に知らないおじさんに声かけられてさ。『お前あそこ行ったんか。禁じられたあの場所に』って、すごい権幕で」

「ネット怪談の中盤で発生するイベントだね」

「禁じられた場所ってどこやねん」

「うーん、唯一心当たりがあるのは、本屋さんのBL本コーナーをうろついたことなんだけど」

「多分そこじゃないと思うよ。それでその後はどうなったの?」

「知らないお寺に無理やり連れてかれて訳知り顔の住職から変な儀式を受けて、いつの間にか古い小屋に監禁されて朝まで出てくるなとか言われてさ」

「そんで朝になって出てきたんか?」


 難波の問いに布施は肩をすくめる。


「まさか。夜のうちに脱出してちゃんと家に帰ったよ」

「いや、そういうのって途中で出ちゃダメでしょ」

「えー、でもぼくって枕が変わると眠れないタイプだし」

「心霊現象に巻き込まれとる癖に快眠を追及すんなや。そもそもお前講義中にめっちゃ居眠りしとるやん」

「それとこれとは別だよ。でも小屋を出てから色々変でさ。幽霊とかゾンビのコスプレした人がどんどん寄ってきて部屋までついてくるし、ぼくが寝てる間もずっとぼそぼそ喋ってるから寝不足なんだ」

「ようその状況でのんきに寝ようと思ったな。幽霊がめっちゃ集まってるってことやん。住職の言うこと聞かへんからやで」

「他には何か変なことはなかったの?」


 布施は腕組みして考え込んだ。


「うーん、蛇口から赤い水が出たり、部屋の天井に赤い手形がべたべたついてたくらいかな。これもストーカーのしわざかな?」

「絶対ちゃうやろ。住職のとこ戻ってもう一回儀式やってもらったらどうや?」

「脱出したのが夜中だったから、どこなのかよくわかんないんだよね。全く、警察に行っても相手にしてもらえないし、本当弱ったよ。こんなに大勢ストーカーがいるってのに」

「あれか。また俺らには見えてへんけど、今も布施のまわりには幽霊がいっぱいいる感じか」

「だろうね。昨日のあの子に除霊してもらうしかないかな」

「でも今日はあの子おらへんやん」

「いや、いるよ。距離をとってるだけ。あそこの電柱に隠れてる」


 明石が指さす方に難波と布施が目を向けると、確かに十メートルほど先の電柱の陰から少女がこそこそとこちらの様子をうかがっていた。


「なんであんなとこにおるんや」

「布施の近くにいっぱいいる幽霊が怖いんじゃない?」


 布施がため息をついて言った。


「幽霊でもなんでもいいから、この集団ストーカーを何とかしてほしいよ」

「難波行ってきて。僕は女の子苦手だし、布施は幽霊を引き連れてるから」

「しゃーないなあ」


 難波が少女に向かって歩き出すと、どこからともなく警官が現れた。


「こら、またストーキングするつもりか! 逮捕するぞ」

「うわっ、ごめんなさい!」


 難波はあきらめて布施たちのところに戻ってきた。警官はそれを見て満足したのか、薄くなって消えていった。


「ムリムリ。俺らからあの子に近づいたら即逮捕されるわ」

「警察ってこういうシステムだっけ?」

「知らん。でもどうしよ」


 難波と明石が悩んでいると、布施が明るい声で言った。


「女の子なら捕まらないんじゃない?」


    ※


 その日最後の講義が終わった後、学生たちが次々と建物から出ていく中、布施はお目当ての女子を見つけて呼び止めた。


「伏見さん、ちょっといいかな」

「え、なに?」


 伏見みかげに対し、布施は事情を簡単に説明する。


「というわけで、ぼくらに協力してほしいんだ」


 すべて話を聞いた後、みかげは目をそむけて答えた。


「いや」

「え、なんで?」

「なんでって言われても。むしろなんで私なの? 私たちただのクラスメイトだし、そんなに話したこともないよね」


 二人のやりとりを見ていた難波と明石は小声で話し合う。


「ほらやっぱりな」

「ま、クールで知られる伏見さんが布施の謎の提案に乗るとは考えにくいよね」


 しかし、布施はあきらめることなく、みかげに迫る。


「お願い。特に理由はないけど、なんとなく伏見さんならいけるんじゃないかって気がするんだ」

「いや、意味わかんないから」


 後ずさりするみかげに、布施はにじり寄る。


「ちょっとだけだから。あそこのあの娘をここに連れてくるだけでいいんだ」


 布施はやはり十メートルほど先にいるストーカー少女を指で示す。


「そんなこと言われても……って、え?」


 みかげはストーカー少女を見て、目を大きく見開いた。


「ちょっと、え、まどか?」


 ストーカー少女はさっと木の陰に隠れる。


「まどか、あんた何してんの」


 みかげは走って少女を木の陰から引っ張り出した。


「あれ、なんなん? ひょっとして知り合い?」

「あー、よく考えたら、あの二人って顔が似てるよね。布施は気づいてたの?」

「全然」


 みかげは少女と何やら言い合いをしている。そこに布施たちは近づいていった。


「ひ、ひいい!」


 布施を見て少女があからさまにおびえた。


「わあ傷つく」布施はしょんぼりした。

「お前じゃなくて幽霊にビビってるんやで。なんでまだわからへんねん」


 ため息をついたみかげが少女を示して布施たちに言った。


「この娘はまどか。私の妹。なんか布施くんに付きまとってたんだって? ごめんね。もう近寄らせないから」

「ちょっとお姉ちゃん、勝手に決めないで」


 抗議するまどかを、みかげはぎろりとにらんだ。


「うるさい。妹が奇行の目立つクラスメイトのストーカーをしてたら、止めるのが普通でしょ」

「ぼくって奇行が目立つの?」

「目立つよ。ついこの間もテスト中やら講義中やら食事中やら、ことあるごとに美少女フィギュアを取り出して奇声を上げてたろ」

「秀子のこと? あれはしょうがないでしょ。美少女フィギュアが自分の意思を持って動くことがあるなんて知らなかったんだから、そりゃ驚くよ」

「呪いの美少女フィギュアが受け入れられるのに、なんで幽霊は信じひんねん」

「秀子は実際に動くとこを見てるからね。でも幽霊なんて見たことない」

「いや、むしろ布施には見えてて、ぼくらには見えてないんだよ?」

「そういや妹さんには幽霊が見えとるんやろ。伏見さんはどうなん?」


 難波たちの視線がみかげに集まる。みかげは目をそむけた。


「……何も見えない」

「お姉ちゃんは嘘ついてます! よく見てください。これが嘘をついてる女の顔です!」


 まどかが大声で訴える。


「へえ、なるほど」

「まどか、うるさい!」


 みかげの制止を聞かず、まどかは続ける。


「お姉ちゃんにどうこう言われたくない。お姉ちゃんは布施さんを助けるつもりがないんでしょ? 私が除霊するから」

「あんたにどうこうできるレベルじゃないって言ってんの」

「またそうやってバカにして。私だって成長してるんだから。霊力だって強くなってきてるし」

「そういう話はしてない。とにかく家に帰るよ」


 みかげはまどかに手を伸ばし、腕をつかもうとした。

 が、まどかはその手を乱暴に払いのけた。


「私は行かない。この人を助ける。帰りたいなら一人で帰れば?」

「まどか……」みかげは呆然と立ち尽くす。

「何これどういう状況?」布施が明石と難波にたずねる。

「姉妹ゲンカやな。内容は知らん」

「たぶんポリシーの違いが原因だね。伏見さんと妹さんはどちらも幽霊が見えて、さらに除霊する力を持ってる。でも力は伏見さんの方が上で、伏見さんはなるべく他人に干渉しない主義なのに対し、妹さんは自分の力で人を助けられるなら助けたいと思ってる。妹を心配する姉と、自分の力を信じない姉にいらだつ妹が対立してる構図だよ」

「そこ、うるさい!」


 みかげの怒声に明石は震えあがった。


「はい! さーせん」


 みかげはまどかに近づき、ささやくような声で言う。


「まどか、私はあんたを心配して言ってんの。この状況がヤバいのはわかるでしょ。さっさと逃げるよ」

「私たちが逃げたら、布施さんはどうなるの」


 まどかにまっすぐ見つめられたみかげは、目をそらして言った。


「大丈夫でしょ。布施くんはこういうのに耐性があるみたいだし」

「今日は大丈夫でも、明日はどうかわかんないじゃん!」

「除霊ってのは、あんたが思ってるほど簡単じゃないの! 私だって昔は――」


 そこでみかげは我に返り、「いや、なんでもない」と首を振る。


「お姉ちゃん、何かあったの? もしかして三年前のあの時?」


 そんな姉妹のやりとりを布施たちは固唾を飲んで見守っていた。


「これからどうなるのかな」

「伏見さんの悲しい過去が明らかになるんだよ、きっと」

「あかん、何も聞いてへんのにすでに泣きそうや」


 小声で話す布施たちのもとに、突然警官たちが出現した。


「こら、ストーカーども! 今度こそ逮捕するぞ」

「えー、やめてほしい」

「伏見さんの悲しい過去を聞かなきゃいけないのに」

「いやほんま、この人らどっから来たん?」

「うるさい、逮捕だ!」


 警官たちに追いまわされ、布施たちは大学構内をうろちょろと走り回った。

 追跡劇が三十分ほど続いたころ、期せずして元の場所に戻ってきた。


「お姉ちゃん――」

「まどか――」


 二人は慈しむような目で互いを見つめあい、手を取り合っている。


「うわ、これって良いとこ見逃したんじゃない?」

「なんてこった。逃げる前にぼくがセッティングしてたスマホもあらぬ方向を向いてるよ。これじゃ動画が撮れてない」

「どうしよ。あの、伏見さん? 俺ら色々見逃したから、もっかいやってもらってもええかな。あかん?」


 難波が問いかけるが、みかげとまどかはそれを無視して、手を取り合ったまま布施へと目を向けた。


「やろう、まどか。私はもう逃げない」

「うん、お姉ちゃん、力を合わせよう」


 二人は深呼吸をした後、布施へと手を向ける。


「「破ぁぁーっ!」」

「あ、かけ声はやっぱそれなんだ」


 二人の手から白い光が放たれ、布施の周囲を包み込んだ。


「うわ、なんか生暖かい。あとちょっと良い匂いがする」

「へえ、除霊ってそうなんや。知らんかったわ」

「それより布施、まわりのストーカーたちはどうなってる?」

「あ、なんか薄くなって消えていくよ。良かった」

「どうや。これで幽霊を信じる気になったか?」

「バカなこと言わないでよ。プロジェクションマッピングか何かじゃない?」

「だいぶ無理あるやろ」


 その時、明石が「あれ見て」と声を上げた。

 布施たちが明石の視線の先を目で追うと、布施たちを追ってきていた警官たちが薄くなって消えようとしていた。


「逮捕、たい、ほ……」


 警官たちは消えていった。


「へえ、あの警官たちも幽霊やったんやな。なんであの人らだけは俺らにも見えたんやろ」

「ぼくらの警察におびえる心が、彼らを見せてくれたのかもしれないね。しかし死んだあとも街の治安を守ろうとするとは、感心する他ないよ。布施もそう思わない?」

「うーん、わりとどうでもいいかな」


 警官が完全に消え去った後、布施たちのもとに息を荒げたみかげとまどかが近づいてきた。


「布施くん、とりあえず全部除霊したけど、君は霊をひきつけやすいみたいだから、もう霊をひきつけるような変な場所には近づかないでよ」


 布施は力強くうなずく。


「わかった。これからは書店のBL本コーナーには近寄らないようにするよ」

「難波くん、通訳して。この人何言ってんの」

「気にせんでええよ。それより、布施は幽霊に好かれやすいん?」

「うん、そうみたい」


 まどかが横から口を挟む。


「幽霊に好かれる体質の人はちょくちょくいますけど、布施さんほどの人はすっごい珍しいです。もう本当、お姉ちゃんから話は聞いてたけど、初めて見た時はびっくりしました。布施さんを先頭に幽霊が行列作ってましたから」

「えー、なんでやねん」

「幽霊にとって布施は人気アトラクションみたいな扱いなのかもね」

「へえ、幽霊なんて信じないけど、ふふ、悪い気はしないね」

「何言うてんねんこいつ」

「でも、なんで布施がそんなに幽霊に好かれるんだろうね」


 明石の疑問にみかげが答える。


「わかんないけど、多分あれが原因じゃないかな。ほら、ちょっと前に大学に連れてきてた美少女フィギュア」

「ああ、秀子ね」

「あの人形は本当にすごい霊力を秘めてたから、あれの影響だと思う」

「何それ? それも撮りたい!」


 目を輝かせるまどかに、みかげはため息をつく。


「あんたはまたすぐそうやって……、ん、ちょっと待って。撮る?」

「うん」


 笑顔のまどかはスマホを手にしている。


「ちょっと待って、まどか。まさかあんた、さっきの除霊とか撮ってたんじゃないでしょうね」

「もちろん撮ってたよ。あれ、言ってなかったっけ? 私心霊系ユーチューバー目指してるから」

「え、さっき心霊現象で悩む人を助けたいって熱く語ってたのは――」

「もちろん人を助けたい気持ちは本当。でも他人をタダで助けてあげるだけだとアレだし、人を助けつつ、私もチヤホヤされて、なおかつ楽にお金を稼ぐのが夢」


 まどかは胸を張って言った。みかげは膝から崩れ落ちた。


「うそでしょ。私が感動したのはなんだったの? あんなに小さかった妹がこんなに立派になったんだって、ちょっと涙ぐんだのはなんだったの? 家族を守ることばかり考える狭量な自分を恥じたのはなんだったの? うそ、え? とんだピエロじゃん」


 ぶつぶつとつぶやくみかげを放置して、まどかは布施にたずねた。


「布施さん、秀子ちゃんでしたっけ? 今度そのフィギュア撮らせてくださいよ」

「いいよ」

「良くない!」みかげが吠えた。「まどか、やっぱあんた布施くんに近づくの禁止! 絶対変なことに巻き込まれるし」

「えー、そんなのお姉ちゃんに決められたくないですぅ」まどかは唇を尖らせる。

「あとさっきの動画絶対消しなさいよ! あんな恥ずかしいとこ見られたら外で歩けないし」

「はあ? いやですぅ」


 姉妹はケンカを始める。


「やれやれ、ほっといてぼくらは帰ろうか」

「せやな。しかし布施が幽霊をいっぱい引っかけた『禁じられた場所』って結局どこやったんやろ」

「布施の行くとこなんて限られてるし、意外とぼくらも知ってるとこかもね」


 布施たち三人が駅へと歩き始めると、背後から近づいてきたミニバンが布施の横でブレーキ音をたてて停まった。その扉ががらりと開く。


「こんな所におった! こいつ、儀式から逃げよってからに」


 車内の小柄な中年男が声を上げる。


「あ、この人だよ。ぼくを変な寺に連れてった変なおじさん」

「本人の前でそんなん言わんとき」

「布施、逃げた方がいいんじゃない?」

「え、なんで」


 首をかしげる布施を、中年男が背後から羽交い絞めにして車内に連れ込んだ。


「ウ、ウワー!」


 扉が閉まり、ミニバンは走り去っていった。それを見ながら難波はつぶやいた。


「なあ、どうする?」

「ま、大丈夫でしょ。儀式の続きをやるだけだろうし」

「せやな」(了)

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