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男たちの背中×重たい足

 翌朝。仮眠をとって、怪我人らの様子を見に広間へ赴けば。


「あ」


 避難所代わりの広間が大変賑わっていた。みんなが笑っていることはいいことだ。たとえ、つかの間だとしても……その楽しいひと時が、きっとみんなに生きる力を与えてくれる。


 だけど、その真ん中にいるのが、


「ほ~れ、刮目せい! 美少年マオくんの大道芸じゃ~!」

「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉」


 見目麗しい黒髪の美少年が、五個くらいのお手玉をホイホイッと投げては受け取っていく。……うん、もうあなたがなぜいきなりとか、そんなことはどーでもいいんですけど。


 でも、


「ピースケくん⁉」


 お手玉のひとつがピースケくんなのはいただけない! ほら、ピースケくん泣いてる! たしかに丸くなったらふわふわとちょうど手に収まるサイズでお手玉にしやすいかもしれないけど――でも実際にお手玉にしちゃダメっ‼


 私がそのくるくると回されるお手玉のひとつを両手で受け止めれば、魔王さんもタイミングを逃したのか、ほかのボールがぽたぽたと地面に落ちる。

 それに、魔王さんは文句を言ってきた。


「もう~いけずじゃのう。せっかくいいところだったのに」

「許すわけがないでしょう⁉」


 あ~、もう。ピースケくん震えちゃってるじゃん。怖かったねぇ、よく頑張ったねぇ、と撫でていると、「ぴぃ」と私の手にスリスリしてきた。可愛い。


 ――と、それどころじゃなかった。私は「ちょっとこちらへ」と魔王さんを人気のない場所へと引っ張っていく。通路の隅、誰もいないことを確認して、私は真顔になった。


「どのようなご用件でしょう?」

「おお~。頼みを聞いてやった恩人に対して冷たいの~。もっと『あの時はありがとう』となでなでしてくれても良いんじゃぞ?」


 そう艶々の頭をぐりぐりしてくるけど、私はそっぽ向く。

 だって、ちょっと怒っているんだもん。


「その件に関してはまことに感謝しておりますが、それはそれです。……どうして『イクスがいない』なんて嘘を吐いたんですか?」

「フッ、それはわざわざ聞くまでもないじゃろうに」


 小さく笑った魔王さんが、赤い目で見上げてくる。


「果たして、あの兄ちゃんがいなくても戦地に赴くのか。それとも、ただ兄ちゃんにいいところ見せたいだけなのか――その違いは大きかろう?」

「愛についての検証の続きですか」

「そういうことじゃのう。嫌な思いを……と文句言いたいなら、転移の対価だと思っておけ。ほら、安いもんじゃろ」

「それはお買い得にどーも」


 それじゃあ、好きに見学してってください――と、避難所に戻ろうとした時だった。


「でも、ワシが今来たのはそなたらの見学だけではないぞ?」

「どういうことですか?」

「そやつが、ぴーぴー寂しいと鳴いていたからのう」


 私が持っていたピースケ君が「ぴぃ」と文句ありげに鳴く。

 ……わざと置いてきたんだもん。


「ここ、危ないんだぞー」


 手のひらの上に座ったピースケくんを、指先でツンと突けば。ピースケくんが黄色いくちばしをツンツンと押し付けてくる。怒ってるみたい。


「ほんと、喋らなくなっちゃったね~」


 少し前なら、『さみしー』とか『おこたー』とか、可愛い声聞かせてくれたはずなのに。


「もう『まま』って呼んでくれないの?」

「そやつなりの、ケジメじゃろうて」

「ケジメ?」


 私が疑問符を返せば、魔王さんは目を細める。


「そやつは、嬢ちゃんとあの兄ちゃんが大好きだってことじゃ!」


 その時だった。ガランガランと、けたたましい鐘が鳴る。

 途端、砦内が騒がしくなった。


「今までと桁違いの大群だ! 総員、戦闘準備にかかれ!」


 私も行かなきゃ。慌てて門へ向かおうとすると、後ろから聞こえる。


「ワシは手伝えんからの?」

「それで結構――ただ、ピースケくんだけお願いします」


 私は無理やりピースケくんを押し付けて、すぐさま走り出す。「忙しいママじゃのう」なんて声が聞こえるけど、構ってられない。バタバタと戦闘準備を進める一向の中に、私は目的の人物を見つけた。


「ルーフェンさん!」

「聖女ちゃん!」


 戦えそうな人は、ざっと二十人程度。門前に配置してあった警備も十数人だったはずだから……何匹の魔物が現れたかわからないけど、足りるはずが――


 私も前線に行きます――そう言おうとした時だった。


「聖女ちゃんは、避難所のみんなを頼む」

「……え?」

「見てよ」


 促されて、後ろを向けば。

 私は一身に、避難民たちの不安げな視線を受けていた。子供も、大人も。傷ついた兵士も。みんな。彼らはみんな口を閉ざしているけれど……その期待が、重い。


「この不安な民を安心させるのも、聖女の務めだろう?」

「で、でも――」


 決して、この人たちを見捨てたいわけじゃない。だけど、前線の悲劇が明らかだからこそ、私は――それでも、ルーフェンさんの手が肩に置かれる。その手は震えていた。


「ここには、前線で戦う兵士たちの家族もいる。みんなが守りたいものが、ここにあるんだ。その要を守れる人材こそ、聖女しかいないと思わない?」


 それでも、気丈に彼は微笑んで。

 その時、仏頂面の顔が横を通り過ぎる。


「貴様みたいな小娘、前線に来られても邪魔なだけだ。こんな砦見捨てて、とっとと愛人と家に帰ったらどうだ? 迎えに来てただろう」

「イクス⁉」


 イクスはそれを言うだけ言って、速足で進んでいってしまい……。

 もーっ、勝手!

 思わず怒りたく私の代わりに、ルーフェンさんが笑った。


「ははっ。イクスの野郎は、キミが避難所にいるだけでも不安でしょうがないみたいだけど……帰ってくるのを待っててやってよ。それもいい女の役目だろ?」


 片目を閉じたルーフェンさんも、踵を返す。


「オレに何かあったら……あとは頼んだ」


 そして、代理とはいえ――領主自ら、前線へ向かった。彼はあまり戦闘が得意なわけではないはず。それでも、わかっているんだ。そこまで、人が足りていないことに。この砦が崩れれば、アルザーク王国全土に危険が及ぶから――なんとしても、死守しようとしている。ルーフェンさんなんか、元は他国の人のはずなのにね。


「……はい」


 男たちの覚悟に、私は砦の中で足を止めることしかできない。


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