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火の海×邪魔だ

「よい返答じゃっ!」


 魔王さんの威勢の良い声と共に、私の視界が暗転する。

 そして、目を開けると――目の前に、火の海が広がっていた。


 逃げ惑う兵士たち。それに対面するのは、豚のような顔を持つ大男――ミノタウロス、だっけ? 昔、あれに殺されたことあるな。


 それに向かって、私は指さす。


「ナナリー=ガードナーを害するものに、天の裁きをっ‼」


 直後、落雷。

 天から伸びた黄金の筋に撃たれた二足歩行の豚は、わずかに痙攣したのち仰向けに倒れる。その轟音と共に、小さく「ママー」と泣き叫ぶ声が聞こえた。その声の方向は……あの燃えている民家から?


「だれか――」


 私は、消火できるほど大規模な水魔法が使えない。だから、誰かに助けを求めたくても――どんどん現れる魔族と戦う者。逃げ惑う者。戦意喪失してただ震えてる者。私の声は、誰にも届かない。


「しょーがないっ!」


 気休めの防護膜を身体に張り、燃えたぎる民家へ駆け入ろうとした時だった。


「邪魔だ」


 私は背の高い男に押され、尻餅をつく。

 その――逞しくも見慣れた背中に、思わず声を発した。見間違えるはずがない。


「イクス⁉」


 彼は躊躇うことなく、民家へと入っていくから。せめてと慌てて防護膜の祈りをかけたけど……間に合っただろうか。だけど、悠長に祈っている暇もなかった。


 そばから男性の悲鳴が聞こえる。空飛ぶ魔物のついばみで、肩の肉を大きく抉られたらしい。炎の赤い光源の中に映し出される鮮やかな桃色と白のコントラストに、私は息をする間もなく駆け寄った。


「ナナリー=ガードナーの前で傷つく者に、清浄なる癒しを‼」


 急速に浄化と再生の祈りをもたらす。淡く光る患部に「聖女⁉」なんて驚かれるけど、それどころじゃない。魔族の牙に毒がある可能性もあるから、それを取り除いたりするのに相当集中力がいるんだよ。


 こうして短時間でひとりの治療を終えるも、あちこちで怪我人が増えていく。

 くそ……魔族討伐を先決すべきか。


 私はあちこちから聞こえてくる苦悶の声を振り切りながら、前線に向かおうとした時だった。


「貴様は後方で治癒に専念しろ。治癒後にまだ動けそうなやつがいたら、市民の救助へ回せ。前線へは俺が行く」

「イクス!」


 抱えた子供を、そっと私のそばに下ろして。その女の子は苦しそうに咳をしているけど、大きな火傷は見当たらなかった。「ありがと……」と小さく声も出ているから、喉の火傷も軽度だろう。


 それを確認してから、顔を上げると。すでにイクスは駆けだしていた。

 服はどころどころ破れ、軽鎧の破損も見られるけど、足取りはしっかりしている。抜き身の剣も折れていない。……大丈夫。


 だから、私は反対を向く。そして、先に治療した兵士に声をかけた。


「この子を後方まで運んでください。その後、ゆっくりお水を飲ませてあげて」

「わ、わかった……」


 きっぱりと指示を出してから、私は次の怪我人の元へ。前線が漏らした魔物がいたら、それも駆逐しながら。


 ……だてに、何度も死地を経験してきてないんだから。


 あちこち舞い振る火の粉が、止む様子はない。

 それでも、ただ前線に走っていった彼を信じて。

 私は今、自分にできることをする。




 そうして、少しずつ後方に下がっていくと。

 砦の中は、避難所として使われているらしい。あちこちで多くの怪我人が寝かされていた。死臭がする。


 対して、治療にあたる医術師の姿は極端に少ない。聖女らしき人は……いないね。動ける人は、市民商人、大人や子供、男女問わず、みんな懸命に動いている様子。


 よし、疲れたとか言ってられない。

 私は気を引き締め直して、医術師の指示を仰ごうとした時だった。


「聖女ちゃん⁉」


 聖女ちゃん……そんな軽薄に呼んでくる人、いたっけか?

 だけどそちらを向いて、納得した。着崩すしたシャツ。ジャラジャラとした装飾品。無造作な髪の下に、黒い眼帯。そんなイクスとはまた違った方向の美青年に、当然私は見覚えがある。


「ルーフェンさん!」

「なんだよも~。やっぱり二人一緒にいるんだったら、もっと早く……」


 愚痴りだしたルーファスは「いやいや」と頭を振って。


「すまねぇ。来てくれただけですげぇ助かる……いきなりだが、お願いしたいことがある」


 怪我人の治療なら、わざわざお願いされるまでも。

 そう思っていると、ルーフェンさんが言いずらそうに告げた。


「無理を承知で頼むが……教会との橋渡しを頼めねぇか?」

「……どういうことでしょう」

「俺からも城と教会の双方に何度も要請を出しているんだが、一向に人手も物資も届かねぇ。城の方はまだ『検討する』との返事をもらっているんだが、教会の方は返事すらなくってな。教会の力を借りられれば、この砦を起動できるだろ?」

「なるほど」


 城の状況は、ミーチェン王太子に来た連絡通りなのだろう。一部の貴族たちが、援助を拒んでいるから。話を聞けば、人手はもちろん、食料品や薬品の物資も枯渇しかけているのだとか。彼はミーチェン王太子から登城を命じられたエラドンナ侯爵親子に代わり、不在の間の砦の管理をアルザーク王国から頼まれたのだという。当然、彼の祖国ザァツベルク帝国の許可を得た上で。ゆくゆくは、この地方を担う領主になることを見越しながら。


 そのため、今も『領主代理』の権限で各地に援助を求めているが、難航しているとのこと。その筆頭が教会らしい。


「もともと、ザァツベルグは教会信仰が軽薄だったからな。オレも一度エラドンナ支部に赴いたんだが……まったく聞く素振りも持ってもらえなかった。もちろん、聖女ちゃんの事情もある程度は把握しているつもりだが――」


 砦さえ起動できれば、ある程度魔族の侵攻は留められるだろう。

 だけど、必要な聖女の数は、史実の通りなら五十人以上。支部の聖女のみならず、全国から集める必要がある。たとえ私が命を懸けたとて、ひとりじゃ……。


 そんな時、砦の門が開かれた。慌てて見やるも――入ってくるのは、ぼろぼろの兵士たち。その中に、片足を失くした兵士に肩を貸しているイクスの姿も見える。


 兵士の中のひとりが、ルーフェンさんに報告しに来た。


「なんとか、第二派の打ち止めを確認しました。が、被害は甚大です」


 ルーフェンさんの表情は晴れない。


「あぁ、ご苦労だった。ひとまず、ゆっくり身体を休めてくれ」


 私はイクスに視線を送った。彼は、こちらを見ようともしない。


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[一言] 教会がクズだと言うのは、わかった よし、教会潰そう!
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