魔族の侵攻×おせっかいな女
エラドンナ大砦。
そこはかつて、魔族と人間との戦争において、押し寄せる魔族の大群を打ち止めたことで有名な堅固な砦である。その巨大な双璧に微細な魔術の文様が刻まれており、それは聖女の聖力によって発動する――も、そんな戦争は昔の話。今は歴史的文化財として、立派な観光地になっていた。つい先日もとある聖女の気まぐれによって、幻想的なエメラルド色に発光し、多くの観光客を喜ばせたとか。
――私とイクスが逃避行の一環で寄った、あの大砦。
そこが、魔族に襲われているらしい。
淡々としたセタローさんの声が続く。
『魔族の出どころは不明。ただ、エンドール領近隣のザァルベルツ帝国との国境検疫の記録が一部提出されておらず、おそらく帝国から流れてきた説が濃厚かと、側近殿らが推察しております』
「なるほど。陛下への報告は?」
『済んでおります。ただ、陛下の快復はまだ広報していないため、表立って動くのは王太子殿下を主軸にすべきだろうお考えとのこと』
「ならば、一度俺も城に戻るべきだろうな。早急に聖女殿と戻るから、会議の準備を。砦へ人材の手配はしたか?」
『……まだです。与太話だろうと反対する一派がおりまして。その中に領主のエラドンナ侯爵が含まれていることから、特に難航を――』
「くそ、恩赦を与えたのが仇になったな」
――あそこの領主、ちゃんと裁いてもらえなかったのか……。
和平を結んでいるはずのザァツベルク帝国のルーフェン王太子を利用して、戦争を起こそうとしたばか領主(&息子)。王太子自らアルザーク王国と話すと言っていたと思うけど……そう上手くいかなかったんだろうなぁ。実際に国全体で財政難だったのは事実だし。もちろんルーフェン殿下並びにザァツベルク帝国への謝罪はあったんだろうけど、ルーフェン殿下自身も廃嫡目前という立場なこともあって、内密な処理で済まされてしまったのだろう。あくまで私の推測。実際、未遂に終わったわけだしね。
そして、セタローさんとの通信を終えた直後、ミーチェン王太子がソファから腰を上げた。
「そういうわけだから、すまん。城に戻ることになった。シャナリー殿も急務ゆえ、共に帰城を頼む」
「も~。だからあのデブ、島送りにしとこうって進言したのに~」
「城内勤務を増やして監視してれば丸く収まるかと思ったんだがな……とりあえず反省はあとだ。現状を確認しないことには何もできん。行こう」
「帰りは殿下の魔力でお願いしますよ~」
「あいわかった」
そんな感じで、バタバタと。再び浴室へと戻っていった(来た時の魔法陣が残っているんだとか)二人を見送って――ちょっとだけ、羨ましくなった。
だって……なんかあの二人、仲良しなんだもん。本人らに自覚はないと思うんだけど……睦まじい様子が、本当に羨ましい。私もはたから見たら、イクスとはあんな感じに見えていたのかな。そんな気がして。
エラドンナ大砦に、魔族が侵攻している。
その大事件に、当然関与していそうな人物が、ここにひとり。それは当然、ミーチェン王太子も帰城前に彼に訊いていた。
「魔王さん、本当に今回の魔族の侵攻にお心当たりはないんですか?」
「なーんにもないぞ。前にも話したと思うが……魔族のすべてをワシが把握しているわけではない。『個』の一つ一つに関与するほど、狭量な統治者など嫌じゃろ?」
つまり、人間界に攻め込むのが、魔族の総意ではないってことだよね。
今も悠長にスコーンを食べている(どれだけ食べるの?)魔王さんを見るからに、人間VS魔族の大戦争――てほど、大規模に発展することはないんだろうけど。
それでも――と、唇を噛んでいた時だった。
「わかっていると思うが、ナナリーはうちにいなさい」
「お父さま⁉」
私は慌てて振り返るも、お父さまの顔は真剣だった。
「ナナリーも見送ったばかりだろう? 今『国家聖女』を務めているのは実質シャナリーだ。部外者が、首を突っ込むものではない」
「部外者……」
当然だ。私は自ら、その立場から逃げ出したんだ。
その上で、調子よく為政に首を突っ込もうだなんて……お父さまの言う通り。特別『私』に命令が下されるのならともかく、ミーチェン王太子は『シャナリー』に同行を命じた。つまり……そういうこと。
お母さまが、私の肩に手を置いてくる。
「ほら、ナナリーは疲れているんだから。しばらくうちでゆっくりしましょう? お夕飯は何がいいかしら? 食べたいものはある?」
その優しさが、歯がゆくて。
せっかく久々の豪華な夕飯だったのに。私はまともに味がわからなかった。
そして、その夜。
「よし――」
私は寝台から身を起こす。
すると、いつの間にか――彼は当然のように、窓辺に腰かけていた。
「綺麗なおなごに夜這いされるのも乙なんじゃがのう。でも、それじゃあ男として情けなくもあるな?」
魔王さんことマオくんは、当然のように客間で休んでもらっていたはずなのに。
まぁ、今更そんなことで驚く理由もないだろう。
率直に、私はお願いした。
「エラドンナ砦に転移させてください」
「おとーさんに言われたばかりじゃなかったかの?」
「それは……ちょっと申し訳なくもあるんですけど」
いくら親不孝な娘とて、しっかりと心配されてる自覚はありますとも。
だけど、それを不意にしてでも。
「砦はかなりの惨事になっとるが……お主が死んだとて、もうやり直すことはできない。死んだらそこで終いじゃ。さっき『イクスのそばにいたいの~』なんて愛らしいこと言ってたばかりだと思うが」
魔王さんは教えてくれる――ちなみにあの男は、そこにはいないぞ、と。
それに、私は安堵した。よかった……イクスが危ない目に遭ってないなら、何よりだ。
だけど、それはそれ。
「下手な声真似、やめてください」
「あの男のことはいいのか?」
そう問われて、私は笑った。
我ながら、ばかだな~と思うけど。
どうも何度人生やり直しても、自分は変えられないらしい。
私は泣き虫で、いつも目の前のことで精いっぱいで、一人じゃなんもできなくて。
それでも――
「……ここでお節介やかない女が、彼に好かれると思わないんで」





