3日すらも×耐えられない
一度想いを吐き出したら、止まらない。
「だって私、イクスのこと大好きなんだもん……」
大好きで。大好きで大好きで大好きで。
どんなに蔑まれても。どんなに諦めようとしても。無理。
「……失って、初めて気づいたの。イクスのいない世界なんて、私が耐えられそうにない。そんな寂しい世界で生きていたって、私の方が、何の意味もないんだよ」
「話を聞いたところ、お姉ちゃんの体感時間ではまだ離れて一日も経ってないと思うんだけど?」
「もう~。ほんとだよね」
本当、シャナリーの言う通り。一日でギブアップでした。
全然……イクスのこと笑えないじゃん。
今まで散々受けて、流してきた言葉を、まさか自分で言う日が来るとは。
彼が彼で居てくれるうちに告げることができたなら……イクスはどんな顔をしてくれたのかな? 喜んでくれた? 逆に照れたりしてくれたのかな?
そんな私に、現実を突きつけてきたのは妹だった。
「でもさー、お姉ちゃん。イクスさんは、お姉ちゃんのこと一切覚えていないんでしょ? あんなに『好き好き~』ってしてた男がさぁ。呪いだかなんだか知らないけど……その程度の男に、こだわる必要ある?」
「その程度って――⁉」
長い、長い間、私のために苦しんできてくれたイクスを、その程度って。
思わず立ち上がった私に、シャナリーはヘラヘラと手を振った。
「あ~、ごめんごめん。言い過ぎた。でもさ、イクスさんぶっ飛ばしてスッキリして次に行こ~、なら、あたしらいくらでも協力するけど。また一からイクスさんとやり直してって……お姉ちゃんの方がツラいんじゃないの?」
イクスさんはお姉ちゃんのこと何も覚えてないんでしょ、と。
それは本当にお姉ちゃんの知るイクスさんなの、と。
その事実に、私は黙って苦笑しか返せない。わかってるもん。
わかっているんだ。今の『イクス』は、私が恋焦がれている『イクス』ではないかもしれない、なんてこと。
でも……村で数週間、過ごした『彼』は……。
彼の気遣いや、優しさは……。
私が小さく息を吐くと、お父さまが聞いてくる。
「とりあえず、イクスくんはレッチェンド家に帰るって言ってたんだな?」
「うん。記憶が定かじゃないから、一度家に帰ってみるって……」
「じゃあ、私の方からレッチェンド家に連絡しておこう。彼も『聖騎士』となって教会を捨てた身だからな。道中で教会に捕まる可能性もあるから、早めに保護してもらうよう手配しておこう――今後ナナリーが彼とどう関わりたいかにしろ、彼が教会に処罰されるのは、好ましくないのだろう」
今度こそ、さすがのお父さま。そうだよね、私は一足飛びで帰って来れちゃったけど……いくら快気したイクスとはいえ、一人旅じゃ道中なにがあるかわからないよね。
「うん……ありがとう。お父さま。ごめんね、何から何まで……」
「ばかなことで恐縮するな。娘が大変な思いをしてきたんだぞ? ここで動かない父親がいるはすないだろう。父だけにちちっと片してやるから。安心なさい」
「そうよ、ナナリー。いい感じで冗談言って娘を慰めたいのに上手いジョークが出てこないダメな父親だけど、使いようによっては便利な父親なんだから。ここぞとばかりに上手く使いなさい?」
にっこりと素敵な笑み浮かべるお母さまに、お父さまは顔をこわばらせていた。
「我が妻よ……伴侶を何と心得る?」
「ふふっ。勿論、愛して止まない主人ですわ?」
当然、お母さまの笑みは揺るがないから。諦めたお父さまの顔が、今度は殿下に向く。
「そしてミーチェン殿下、娘に関してお願いしたいことが――」
「無論、聖女ナナリーが城を出たことを咎めるつもりはない。そもそも……話によれば、オレの命令によって彼女が命を落としたのが発端とのこと。このことを深く受け止め、彼女には寛大な処遇を……というか、シャナリーがナナリーのフリをして今も『国家聖女』を務めてくれているからな。父上には報告するが……大事にはしないよう進言するつもりだ」
話の展開が早いな……。これが国政に携わる人の会話なのか。
いや、私もその一端を担ってたはずなんだけどな。でも、改めて思うよ。私ひとりじゃ、『国家聖女』としてもまともに働けてなかったんだろうなって。
だからこそ、未熟な私はミーチェン王太子殿下に訊く。
「いいんですか……? 私、過去にあなたを殺そうとしたことも……」
「だが、オレは死んでいないだろう」
話によれば、別のオレも死んでいないようだしな――と。
そう小さく笑ってから、殿下は表情を引き締めた。
「現実に起きていないことを責めても仕方のないことだ。それに先に言った通り、そもそもがオレの為政に難あってのこと。為政者に不届きがあり、革命を志す者に討たれるなど――歴史上、どこにだって転がっている話だろう」
えーと、この立派な王子様。本当に誰?
思わずシャナリーを見やると、彼女は肩を竦めた。
「ミーチェン殿下、お姉ちゃんの所から帰ってきてから、人が変わってさ。なんか何度も空を飛んだり山を歩いたり畑を耕したりして、いろいろ見えなかったものが見えたらしいよ?」
それは全部、イクスがやったこと。
……やっぱり、イクスは凄かったんだな。
そんなことを、なぜか私が誇らしく、そして羨ましく思っていた時だった。
「まぁ、それはともかく……一応、ナナリーはまだオレの婚約者ということになっているからな。貴殿が望むなら、何に変えてもオレが保護するが――」
「あ、ごめんね」
ミーチェン殿下が話している途中だというのに……。
シャナリーが胸元から懐中時計のようなものを引っ張り出す。それを開き、「やほ~、セタローさん。おつかれ~」と呑気に挨拶していた。魔法の通信道具? 私は知らないけど――て、セタローさん? 私たちを村まで暗殺に来た暗部の?
そこを、殿下が補足してくれた。
「彼の件も、改めて感謝する。オレの管轄に置けとのことで、側近見習いの伝令役を務めてもらってみたのだが、とても有能な男だ」
「それはいいんですけど――」
やっぱり、王太子殿下と国家聖女が揃って飛び出して来たら不味かったのでは……なんて心配していると。その通信器具から、もっととんでもない報告が入ってくる。
『エラドンナ大砦に、魔族が侵攻しているとの報告が入りました』
次回は再びイクス編です。







