とても偉い公爵家一同×長女の願い
「まったく、酷い目に遭った」
「だって仕方ないじゃないですか~。転移は水から水へ移動する方がラクなんですから。今回は急だったんですし」
「だからと言ってな~」
……私はどこからツッコめばいいのだろう?
うちの応接間で、バスタオルで頭を拭くミーチェン王太子に、辛うじて敬語とはいえとても軽い我が妹シャナリー。ねぇ、シャナリー。その方、いちおー王太子。
だから姉として妹を注意しようとしたけど……ふと思い出す。
そーいや私も、この王太子をミノムシのように木から吊るしてたな? 正確に言えばイクスが。
じゃあいいか――てものでもないけど。でも注意できる立場でないのは確かな事実。
モゴモゴ口を動かしていただけの私は、ふと顔を上げたミーチェン王太子の青い目と遭う。
「気にせんでいいぞ。貴殿の妹は、いつもこうだ」
「なんかすみません」
「いや、構わん。やることはきちんとやってくれているし、仕事中はもう少しはまともだ。……少しはな」
「なんか……すみません」
私が軽く頭を下げると「そもそも、オレがまだまだ未熟者だからな」とミーチェン殿下は肩を竦める。……うん。なんか、殿下変わられた? もちろん、黒髪なところや、ひょろ長い……いや、長身痩躯なところに変わりがあるわけではないけれど。やっぱり国王陛下に回復の兆しが見えたからだろうか。角が取れたような、表情が柔らかくなったような気がする。
そんな殿下が、ゆっくり息を吐く。
「親子の対面の場に足を運んでしまい申し訳なかった。だが……どうしても貴殿らに今一度礼を言いたくてな――おかげさまで、父上の体調もだいぶ改善した。このまま行けば、あと三か月もせずに公務に戻れるだろうとのことだ。まだ安静にとのことだが、ゆっくりと王宮の中庭を散歩できるようにもなった。その節は、本当に感謝する!」
そして座ったままながらも、深く頭を下げてきて。
私は慌てて首を横に振った。
「いえいえ。私は何もしてないので」
「ワシも、裏庭に生えていた雑草をやっただけだしのう」
隣に座る魔王さんも呑気にクッキーを頬張るのみ。
そんな私たちに、殿下は苦笑する。
「まったく、礼の言い甲斐もない奴らだ」
そして、言う。
「ところで――貴殿の護衛騎士はどうした?」
途端、私の胸が大きく跳ねた。
ミーチェン殿下の何気ない顔が、本当に苦しい。
……なんて答えよう。
うつむきかけた時、ふと視線に入ったのはテーブルの上でクッキーを食べていたピースケくんだった。彼がてくてくこちらへやってきては一言。
「あくとー」
あくとー? 悪党?
それに「あっ」と思い出して――苦笑する。
あれは、『地図無し村』にした悪徳領主をぶちのめして帰還した時のこと。
盗賊さんのひとりが誤って子供を怪我させてしまって。出てけ! と揉めている時に、自分が行った行動。
それを改めて思い出したら、本当に苦笑しかない。
だって……ただ『馬鹿正直に話した』だけだもの。
そんなで、世の中全部上手くいくほど簡単じゃないって、一応わかっているつもり。それでも――やっぱり願ってしまう。家族には、私の全部を受け入れてほしいと。
――私は、イクスにも受け入れてほしかったよ。
たとえもう、その気持ちが私に向いていないのだとしても。
それでも……話くらい、信じてもらいたかった。
そう、思うからこそ。
「突拍子もない話ですが……聞いてもらえますか?」
私はお父さまと、お母さまと、妹シャナリーと……そういえば婚約者なミーチェン殿下に向かって、言葉を紡ぐ。
まるで、祈るような気持ちで。
私は馬鹿正直に話した。
王太子の命令で魔王討伐に赴き、返り討ちにあって死んだこと。
そんな私を生き返させるために、イクスが魔王と取引したこと。
その結果、同じ三年を繰り返す呪いのループ生活が始まったこと。
「取引など酷い言い方じゃのう。……善意だけでなかったのは事実じゃが」
そんな相槌を挟みながらも、私はざっと試行錯誤の十一回を話して。
今が十二回目の三年であること。その果てに、呪いが解けたことを話した。
そして、その代償がイクスの記憶であることを。
お父さまが質問してくる。
「つまり……イクスくんは記憶喪失になったってことでいいのでしょうか?」
「厳密にいえば、姉ちゃんに関する記憶だけ欠如したはずじゃ。まぁ……奴の記憶の大部分に置いて、この姉ちゃんが関与していたから。本人に戸惑いも多いようじゃがの?」
この場に魔王さんが居て、よかったと思う。
おそらく私ひとりじゃ、最後までわかりやすく説明することも。その現実味も、なかっただろうから。
現に、魔王さんは今、空中に座っていた。
ミーチェン殿下の「本当に貴殿は魔王なのか?」という質問に、わかりやすく答えた結果だ。今も指先をくるくる動かすだけでクッキーを宙に浮かせ、幸せそうな顔でパクリと食らいついている。
「それでナナリー、あんなに泣いてたのね……」
お母さまが、ぽそりと零した時だった。
今までずっと黙っていたシャナリーがすくっと立ち上がった。
「ちょっとあの野郎ぶっ飛ばしてくる」
なにその物騒すぎる発言⁉ 当然お姉ちゃんは止めますともよ⁉
「だめっ! 何を馬鹿なことを――」
「やめてええええ。とめないでえええ。ちょっとだから! ちょっとレッチェンド家の領地の半分が焦土に変わるくらいだからああああああ!」
そんな姉妹けんか(?)を始めた私たちを止めるのは、ここぞとばかりに頼りになるお父さまだ。
「やめなさい、この歩く世界破壊装置娘! さすがにその規模の賠償金は払いきれん! せめて三分の一くらいにしろ。しっかりと市民への避難警報も抜かるなよ⁉」
「まかせて! 避難警報は手伝ってくれると助かる」
「あいわかった。では近隣の領主らに秘匿と協力のための賄賂を――」
ちょ~~~~と、シャナリー⁉ お父さま⁉
ガードナー家長女、どこからツッコめばいいかわからないよ‼
そんな最中、私が飛び出していこうとするシャナリーを辛うじて掴んでいると、お母さまはニコニコしながら指を鳴らす。「はい、奥様」と部屋に入ってくるのは侍女ことルル姉だ。
「あなたのことだから、話は聞いていたわね? あのクソ野郎を潰すわよ。色仕掛けでも仕掛けてきなさい。その後無理やり連れ込まれたなどと、根回ししておいた警邏に――」
「お母さま⁉」
そしてルル姉も。「畏まりました」と髪をほどいて臨戦態勢を整えないで⁉
さらに、テーブルの上では皆を応援するようにピースケくんが「ぴっぴっ」と踊りだしている。旗まで振って可愛いね。誰が用意――あぁ、やっぱり魔王さんですか。いい趣味してます。
はちゃめちゃすぎて……もうどうしたらいいんだろう。
「あは……」
自然と、零れてきたのはやっぱり涙だった。
「あはは! あはははは、もうみんな。ちょっと落ち着いてよ~」
だけど同時に、笑い声も出てしまう。は~、もう、お腹痛い。けっこう偉いはずの公爵家一同が、この大騒動はなんなのか。たかが、年頃の娘が失恋したくらいだよ?
そう――たかが失恋。
初恋は叶わないっていうじゃないか。それに、貴族社会では想い人同士が結ばれることなんて滅多にない。たいていは為政のための政略結婚。当然、婚約者や夫婦になってから親交を深めて、うちの両親のように仲睦まじくなることもあるけれど。だけど……お母さまも子供の頃、牛乳配達に同行していた酪農家の息子が好きだったって聞いたことがあるし。初恋は、そうして甘酸っぱい思い出となるのが普通でしょ?
私は家族のみんな(+悪ノリする魔王さんとピースケくん)が三者三様、どうイクスに復讐をするか作戦会議している最中、ミーチェン殿下のそばに座る。そこしか落ち着いて座れる場所がなかったからね。
すると、ミーチェン殿下が話しかけてきた。
「こうしてガードナー家にゆっくり滞在したのは初めてだが……なかなか良い家族ではないか」
「そうですかね? 下手したら国家転覆のとんでもないことを話している真っ最中だと思いますよ」
だって大規模な土地を一夜にして焦土に変える作戦とか。法務組織を乗っ取って無実な男を処刑にする方法だとか。物騒な単語しか聞こえてこないのですが?
そんな最中、王太子殿下は真面目に青い瞳を向けてきた。
「それで、貴殿はどうしたいんだ?」
「私は……」
その至極まっとうな質問に、みんなも一斉に口を閉ざした。
そうだよね……だって、私は今までの経緯を話しただけ。これからどうしたいか、まだ何も言ってないもん。考えないようにしていたもん。
だって……だって……。
どんなに前を向こうとしても。どんなに割り切ろうとしても。
どうしても、願いはひとつしかないのだから。
「私……また、イクスに会いたい。イクスがそばに居ないのなんて嫌だ……」







