道端✕失恋令嬢が落ちてました
えっちら。おっちら。
もうすぐ朝日が昇ろうとしている。この辺りは街道の草葉もたいぶ低くなり、身を隠すのも難しい場所。だからゴロツキみたいなのが湧くことも少なく、王城にもほど近い。比較的治安がいいのがせめてもの救いである。
「はあ……」
だってさすがにさ。前に荷物。背中にイクスを抱えて歩くには、正直しんどい。白魔法で身体強化しているとはいえ、体格的に大の男性を背負うのは少々厳しいのが本音――と、その時だ。背中でもぞもぞとイクスが動きだす。
「久々に寝た……ナナリーは……?」
「おはよう、イクス。もう少し寝ててもいいよ~。まだ気持ち悪いだろうし」
「お気遣いありがとう…………いや、待て! は? え⁉」
あらあら。我に返ったイクスは大慌てで背中から下りちゃった。そしてイクスは町人風な格好をした私を上から下まで一瞥しては、急にアワアワ荷物を奪われてしまった。
「なな、何をなさってるんですかっ⁉ 貴女様ともあろう御方が……はあ⁉」
「いやあ、だって……あのままあそこには居られなかったし」
私は端的に説明した。
酒場でイクスが無理やりお酒を飲まされ、泥酔してしまったとのこと。
どうしようもなくなってその場の全員を眠らせ、そのまま逃げてきたこと。
「あ、宿は前金で大丈夫だった? お金置いてくるの忘れちゃったんだけど……」
「そんなのことはどうでもいいのですが――ナナリー様、お身体の方は大丈夫なのですか?」
「ん、私?」
宿代未払いはどうでも良くないんじゃないかなぁ~と思いつつも、前金であったことを祈りつつ。イクスの質問に渋々応える。
「だから、白魔法で筋力強化してたから大丈夫――」
だけど、イクスはそっと冷たい手で私の下まぶたを親指で撫でてきて。
「目が金色のままです。いくら貴女様の聖力は人一倍だといえ、聖力は魔力より回復が遅いでしょう? 回復する前に尽きてしまえば、貴女様のお命が――」
「あははっ。大丈夫だって。どうせ私が死んだとて、また婚約破棄からやり直すだけだし!」
魔力の回復は美味しい物を食べてゆっくり休めば一晩で回復するが、聖力の回復は神に祈りを捧げ続ける必要がある。身体を清め、雑念が起こらない場所で……よく聖女が教会の女神像の前で祈りを捧げ続けている光景は、聖力を回復している光景なのだ。全回復までの時間は人によって様々だが……私がほぼゼロから全回復するまでには、三日三晩眠らず祈り続けるくらいは必要。元のバケツが大きいから、仕方ないというかなんというか……。
ともあれ、今の逃避行生活ではそんな悠長な真似をしていられないので――失くなったのならそれまでだ! と私は諦めていたんだけど――イクスはそうじゃないらしい。
「つまらない御冗談は止して下さい。俺は……貴女様の死ぬ姿を二度と見たくはないのです」
「……ごめんなさい」
イクスは私の顔を撫で続けながら、悲しそうな顔でそう言うから。思わず謝ってしまうけど。私だって、イクスを放っておけるわけがないんだよ? なんて言ったら伝わるのかなぁ……。
そう視線を逸らして考えるも、イクスが両肩を掴んで来る方が早い。
「百歩譲って、貴女様の手を煩わせてしまったことを妥協しましょう! でも、もっとあったでしょう? 俺を無理やり叩き起こすとか! ぶん殴って起こすとか! 口にキスして起こすとか⁉」
う、う……うーん……わざとなのかな? それとも混乱して適当なこと言っちゃっただけなのかな? そんな第三の選択肢の真相が気になりつつも、私がどれも選べなかったわけで。
……もういいや、話を逸らそ。
昔からお酒を一滴も飲めないイクスに、私は尋ねる。
「そんなことより、イクス二日酔いは? 大丈夫?」
「貴女様に背負われる屈辱を味わうくらいなら、ゲロだろうが血反吐だろうが何でも飲み干してやりますよ!」
「え~、なんかそれは悲しいなぁ……」
白魔法とて、何でも回復できるわけではない。傷の類は人体の新陳代謝を活性化させて無理やり回復させることができるが(自身の身体強化も似たような原理)、毒の浄化は毒を活性化させてしまうため禁忌なケースも少なくないのだ。
だけどお酒なら大丈夫かなぁ……と提案しようとした時だった。
「そこの御方……どうか、わたくしを助けてくださいまし……」
きゅるるるるるる。
草むらの真ん中で、お腹を鳴らしたひとりの悲惨な令嬢が行き倒れていた。