表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/116

不機嫌な男×頭の上のピースケくん。

 それからも、イクスは甲斐甲斐しく働いてくれた。

 朝は村の見回りから始まり、畑仕事を手伝い、狩りの指揮をとり、炊き出しを手伝って、また村を見回ってから寝る。合間合間に、何か問題があれば私に報告もしてきてくれた。


 子供がひとり風邪を引いたらしい、とか。崖が一部崩れそうだから、補強作業に人手を回した方がいいとか。


「なるほど。たしかにここの崖は危ないね」

「はい。網の作成から始めなければならないので、手間暇はかかりますが……ここらはよく子供の遊び場にもなっておりますので。早急に手配して損はないかと」


 山間の今にも崩れそうな崖を見上げながら、私はイクスからの報告を受けている。

 イクスと一緒に偵察してくれていた村人さんたちもいるからか、彼は今まで通り敬語で接してくれていた。イクスの記憶のこと……ほかの人たちにバレたら面倒だから。そう彼は言っていたけれど。これも復興が順調な村のことを慮ってだろう。


 だから――今も。


「ナナリーちゃん、危ないっ!」

「えっ?」


 村人さんらの慌てた声に、私は振り返った。だけど、ガラガラ大きな音がするのは頭上。

 その直後、耳元で「ちっ」と舌打ちが聞こえたと思いきや――大きめな岩が落ちてくる。だけど、私は視界が暗いだけ。イクスが私を覆い隠すように、身を盾にしてくれたようだ。


「イクス、大丈夫⁉」

「えぇ、近くに落ちただけですから。それより、あなた様にお怪我はありませんか?」

「う、うん。おかげさまで」

「それなら良かった」


 私から離れる時、彼は微笑む。愛想だと、一目でわかった。

 この笑顔は、私に向けられたものじゃない。そばにいる村人たちに『聖女を敬愛している騎士』であることを示すための笑顔。


「……私からも物資の援助を王太子殿下に頼んでおきます。必要物資と担当人員の列挙、お願いできる?」

「畏まりました。すぐにまとめましょう」


 元盗賊を含めた村人の特徴や特技なども、しっかりイクスの頭に残っている様子。

 その数時間後に彼が小屋に持ってきた計画立案は、私が頼んだことを飛び越えて、すでにこのまま提出すればいいような形式になっていた。しかも……私が作成するより、よほど緻密で綺麗な文面。だから「このまま使わせていただきます」と頭を下げることしかできない。


 そんな私に、イクスはため息を吐く。


「しかし……俺がこんな女に仕えていたとはな。仕え応えがあったと思えばいいのか」

「イクスさん(・・)は、昔から優しかったので」


 そんな彼に、私も二人である時は『さん』付けせざる得ない状況となっていた。

 だって私が呼び捨てにすると――なんだか嫌そうに、いつも眉間にしわを作るんだもん。


 だけどそれを直しても……彼はやっぱり不機嫌そうな顔をするから。

 私は苦笑しながら肩を竦める。


「私が聖力(マナ)を発現した時のことに、あなたは罪悪感を覚えているようでしたから。それで仕方なく、私に付き合ってくれてたんですよ」

「……記憶にないな」

「えぇ。忘れてくれて、良かったんだと思います」


 それは、紛れもない私の本音。

 イクスが家を捨ててまで聖騎士になったのは、私への罪滅ぼしだったから。

 自分が屋根から落ちたから、その怪我を治すために発現したと思ってたんでしょう? そのせいで、私が一人で教会に行くことなったから……私に付いてきてくれたんでしょう。


 もう十分。あなたの優しさを独り占めするのは……もう十分なの。

 だから「くだらない話だ」と踵を返すイクスを、黙って見送ろうとしたんだけど。


「あ、あの!」


 だけど、ごめんね。どーしても気になることがある。

 なんで頭の上に白金の毛だまりことピースケくん(お腹が空いたのかイクスの髪を食べようとしている)を乗せているのかな⁉


「ピースケくん、お嫌じゃないんですか?」

「……食っていいなら食うが?」

「ぴぃ⁉」


 ビックリしたピースケくんは、頭の上から落ちそうになるけど。それをしっかりとイクスが受け止めているから。私の顔は自然とほころんだ。


「どうか、可愛がってあげてください」

「こいつがいい子にしているうちはな」


 そして、パタンと扉が閉められて。私は本当にひとりになる。


 これで良かったんだよ。ピースケくんは相変わらずイクスに可愛がってもらえているし。あとは復興作業を無事完遂されて、イクスを本当に自由にしてあげれば――それで。


「切ないのう」


 その時、壁をすり抜けて。魔王さんことマオくんが入ってくる。

 このひとがどんな現れ方しようと、さほど驚かないよね。だって魔王だもん。どんなシリアスしていても、ずっと頭の上にピースケくん乗せてたイクスの方が、よっほどびっくり滑稽だ。

 だから、私は普通に話しかける。


「マオくんは、イクスのそばにいなくていいんですか?」

「いや~さっきもあの兄ちゃんには『喧しい』と怒られてしまってのう。しょんぼりしたワシは、可愛いおなごに慰めてもらおうかと思っての?」


 ――私を慰めに来てくれたくせに。

 なんやかんや誰より優しい魔王さんに、私は苦笑した。


「お茶でも淹れますか? ……イクスには不味いって言われましたが」

「あ~。たしかに姉ちゃんのお茶は世辞でも美味いとは言い難いからの――と、そんなことより、ひとつ試してみたいことがあるんじゃ!」


 え、ひどい。

 まぁ、誰かにお茶を淹れるなんて、ここ最近初めてしたことだけど。ずっとイクスが淹れてくれてたし――あれ? もしかして、主従関係なく私のお茶がまずいから、今までイクスが淹れてたってやつ?


 そんな驚愕の事実におののいている私の手が引かれて、気づいたら小屋を出ていた。

 あ、イクスだ。村のおばちゃんたちの世間話に捕まっていたみたい。

 そしてさらに、魔王さんに捕まるらしい。


「おい、兄ちゃんや!」

「……また貴様か。今度は何の冷やかしに――」


 イクスがうんざりとしながらも振り返った時――私は背伸びした魔王さんに、キスされた。


 ……慣れてるもん。そりゃあ、治療ということで毎日毎日、していたことですから。

 だけど、ここ十数日は一切そんなことなくて。

 やっぱり間近で見る黒髪に赤い目の少年は、どこか妖艶で。


 魔王さんが踵をおろし、にんまりと唇を舐めている姿を、目を見開いたまま見つめていると。少し離れた所から、「きゃ~」と黄色い声と、鼻で笑った声が聞こえた。


「ほう、なるほど。聖女が追放されて魔王の妾になるのは勝手だが、二度もそれを俺に見せるな。――不愉快だ」


 そしてイクスはやっぱり頭にピースケくんを乗せたまま、今度こそ足早に立ち去ってしまう。おばちゃんたちは「たしかにこんな色っぽい少年は魔王かも~」なんて、事実を冗談にしか捉えていないようで一安心だけど。


 元凶である本物の魔王は、心底愉快だとばかりに、お腹を抱えていた。


「は~なんだ、結局不快なのか!」


 イクス、怒ってた。

 私がキスされたところを見て、「不愉快」と吐き捨てた。


 

 あれは単純に、他人の情事が目障りだったのかな?

 それとも……嫉妬されたと、思ってもいいのかな?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ