表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/116

はじめまして×記憶のない男

 はじめまして。

 イクスにそう告げた時、胸が張り裂けそうだった。

 それでも、彼は私に対して「誰だ?」と訊いてきたから。

 私の記憶がない彼にかける言葉は、それに間違いないはずで。


 私は懸命に、口を動かした。


 あなたは私の幼馴染であること。

 元国家聖女であった私の、専属護衛を務めてくれていたこと。

 魔王の呪いのかかり、私たちは十二回も同じ三年間をループしていたこと。

 その呪いが今、解けたこと。


 私が慣れない手つきでお茶を淹れながら話したことを、彼は一蹴した。


「まるで信憑性がないな」

「あはは~。ですよねぇ……」


 イクスは、私が差し出したお茶を訝し気に観察してから、一口舐めるように飲む。それを「不味いな」と吐き捨てて。すぐサイドテーブルにカップを置いた。


 あはは……ほんと、どうしよう。

 見た目はイクスなのに、イクスじゃない。

 そんな彼の前で、苦笑しかできない私は……今度はため息を吐かれた。


「まあいい。よくわからんが……俺の看病をしてくれていたようなのはわかった。感謝する」


 そして立ち上がったイクスは、すぐベッドに立てかけておいた剣を腰に装着し、「じゃあな」と家から出ていこうとして。そんな彼の腕を、私は慌てて引き留めた。


「待って! どこに行くの⁉」

「貴様に関係ない」

「関係なくないよ! だって私――」

「仮に、貴様の話が本当だとするとしても」


 やれやれ、と私を見下ろす目がとても冷たい。


「幼馴染だとしても、俺には貴様に関する記憶がまるでないし」

「……はい」

「専属護衛だとしても、すでに貴様は聖女を退任しているという。ならば、俺の護衛任務も解任されていると見なしていいはずだ。そもそも国家聖女の逃亡に協力した時点で、教会への反逆だ」


 そのあとを、彼は言わなかったけど……。

 でも、責められているのはわかる。教会にバレたら、俺の身も危ない。そう言いたいのだろう。それを責めない代わりの――彼の願いは。 


「なら、貴様に干渉される謂われはない」

「はい……」

「……まさか、俺と恋仲だったなんて言うつもりはないな?」


 その問いかけに、ますます私は胸が苦しくなる。

 だけど、その問いかけを私が認めるわけにはいかないから。


「……はい」

「なら、俺がここに留まる道理もない」


 そうして、彼はうつむく私の横を通り過ぎた。


「ど、どこに行くの⁉」

「だから、貴様に関係ないと言っているだろう」


 その時だ。


「ちょーっと待ったあ!」

「ぴぃ!」


 扉がバンッと開かれた先に、黒髪魔王美少年ことマオくんと、その肩に乗った小さな白金の聖鳥ピースケくんがいる。そして魔王は珍しく慌てた素振りで叫んだ。


「村の者が倒れたぞ! そこのデカいの、運ぶの手伝え!」

「どうして俺が」


 えーと、とりあえず魔王さん。あなたなら、村人が倒れたとしても運ぶことも、なんだったら治療することもできるんじゃないですか? だって魔王なんだし。


 だけど、魔王さんは肩をすくめるイクスに対して、小さく口角をあげる。


「そこの姉ちゃんに関する記憶がなくとも、村に世話になった覚えくらいあろうて。その恩の返し方も知らん愚図なのかのう?」

「ふん……どこで倒れた」

「こっちじゃ」


 ふてぶてしくも、魔王さんの先導についていくイクス。


 病人なら……私も手伝いに行かなくっちゃ。

 それなのに。イクスの広い背中がなんだか怖くて。


 私はなかなか動けなかった。




 病人っていっても、元盗賊さんの一人がぎっくり腰で動けなくなっただけだった。ぎっくり腰……つらいらしいけどね。

 それでも同僚たちにやんややんやと囃し立てられ、陰鬱な雰囲気は微塵もない。


 そんなぎっくり腰さんを渋々ながら運んだイクスは、やれやれとため息吐いていた。


「まったく……どーしてそこまで無茶をする。まだそんな年でもないんだから、普通なら腰など痛めんだろうが」

「そりゃあ、おかしらのお手を煩わせたのは申し訳ないっすけど……無茶の一つや二つくれぇ、させてくだせぇよ~。おれらがこうして楽しく暮らせるようになったのは、ナナリーちゃんやおかしらのおかげなんすから」


 ぎっくり腰さんは、なんやかんやイクスに運んでもらって嬉しかったらしい。

 厳つい男から向けられたキラキラした目に、イクスは気まずそうに視線を逸らして――うつ伏せになったぎっくり腰さんの腰を思いっきり叩いた。


「……せいぜい治ったら、またキリキリ働くんだな」

「へいっ!」


 そうして踵を返すイクスに、私は小走りでついていく。歩幅がいつもより広いから、走らないと追いつけなくて。それでも、私はなんとか声をかける。


「私以外のことは……覚えているんだよね?」

「……断片的にだがな。不便で仕方ない」


 人気がいなくなった場所まで来てから、イクスがようやく足を止めてくれる。


「あと病人は何人いるんだ?」

「……三人かな」

「なら、そいつらが快復するまでは今まで通り復興に手を貸してやる。だが……貴様は俺に慣れ慣れしくするな。不愉快だ」


 そう言い残し、イクスは畑の方に向かう。人手が減った分、手伝いに行こうというのだろう。

 いつの間にか、ピースケくんがイクスの肩に乗っていた。イクスはピースケくんを摘み捨てようとしているけど、ピースケくんが「ぴぃぴぃ」拒んでいる。そして肩を落としたイクスは、再びピースケくんを肩に置きなおした。


 やっぱり……イクスはイクスなんだ。

 それが嬉しくて。少しだけ寂しい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 魔王様、わざとなのか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ