初恋の思い出×俺のプロローグ①
ナナリーは俺より二歳年下の幼馴染だった。
親同士が昔から懇意にしており、「親友のうちに子供が生まれたぞ!」と家族みんなでお祝いしに行ったのが、初めての出会い――だというけれど、正直覚えていない。
だって、その時は俺だって二歳だ。親が言うには、ずっと生まれたてのナナリーを穴が開くほど見ていたという。「触ってみる?」など促されても、ずっと首を横に振っていたそうだ。どうしてか、俺は当然覚えていないけれど。
だから俺にとって、ナナリーは居て当たり前の存在だった。
親同士は領地が近いこともあり、月に一度は交流していた。そのたびに俺もナナリーと会うものだから……朧気ながら、ナナリーが遊んでいる最中におもらしして泣きじゃくっているのも覚えているし、うちに初めてお泊りに来た時、ママがいないと一晩中泣いていたのも知っている。……以前、おむつを替えたこともあると本人に言ったことがあるが、あれは嘘だ。そんな嘘を吐いてもバレないのが、年上の特権だろう? 俺の嘘を鵜呑みにして慌てるナナリー、とても可愛かったな。
閑話休題。
さて、そんな幼馴染にすぎないナナリーが、俺の特別になったきっかけ。
それは紛れもなく、彼女が聖女の力に目覚めた時だろう。
なんせ発芽の原因を作ったのは、まぎれもなく俺なのだから。
「くっそ!」
その日、十二歳の俺はとにかく荒れていた。
なんてことはない。俺は兄貴から一本も取れなくて。婆様からもやれ気がせいている、やれ踏み込みが甘い、そんな叱責ばかり受けて。しかも、今日はナナリーが遊びに来ていたんだ。それなのに、かっこ悪いところばかり見られて……別に、ナナリーがいようがいまいが、どうでもいいはずなんだけど。兄貴に負けるのはどのみち悔しいし。婆様に叱られるのはすごく怖いし痛いし。それは、何も変わらないはずなのに。
どうせナナリーなんて、妹みたいなものなんだし。
「はあ……」
俺は屋根に登るのが好きだった。『ばかと煙は――』なんて言葉が東洋にはあるようだが、この際ばかでも構わない。だって今日はナナリーが泊まりに来ているんだ。それなのに……こんな惨めに泣いている姿なんか、見せられるはずもないだろう。
星すら見えない夜だった。空はもう真っ暗なのに、それでもどんよりとした雲が黒の濃淡を生み出している。屋根に登ったところで、なにも面白みのない夜だ。
それなのに――
「イクス―」
なぜ、倉庫になっているはずの屋根裏部屋の窓から、ナナリーが身を乗り出そうとしているのだろう。ナナリーはまだ十歳になったばかりだ。運動神経だって、正直あまり良い方ではない。危なっかしいにも程がある!
「ばかっ! 危ないだろ、戻れっ‼」
「え~? だってイクスひとりで楽しそうなことズルいじゃん」
「ズルいも何も何もしてないから――」
昔から、俺の言うことなんか聞きやしないのはわかっていた。
だけど、窓の縁に立つナナリーはやっぱり危うい。しかも、なんでスカートなんか履いているんだ。令嬢っぽい、ヒラヒラなやつ。さっき晩餐の時「お気に入りなの~」って言ってなかったか? せめて着替えてこい。ばか。
なんて思いながらも、彼女は四つん這いでえっちらおっちら、屋根を登って来ようとするが――
「でもわたし――あ。」
やっぱり足を滑らせやがった!
「くそっ‼」
俺は躊躇うことなく、屋根を踏み込み跳んだ。落ちそうになるナナリーをそのまま抱き込んで、身を丸め、屋根を転がって――どすんっと。背中がから衝撃を受ける。俺の屋敷は三階建て。死にゃあしない。しかも……腕の中の彼女を守れるんだったら、死んだとしても――
全身が痛すぎて、意識が朦朧とする中。そんなことを考えていた自分に、少し驚く。そして笑う。そっか、妹みたいな存在だと思っていたけど、それ以上に……。
ガキだてらに『恋心』なんてモンを自覚した時だった。雨が降ってきた。あんなに雲が重そうだったからな。案の定、雨が近かったのだろう。そう、うっすら目を開けてみたら。
白髪の少女が泣いていた。大きな金色の目から、ポロポロと涙を零して。
……おかしい。たしかにナナリーは銀髪だが、こんな暗い夜に発光するほど真っ白な髪はしてないはず。それに瞳の色だって碧眼。キラキラ宝石のようではあるが、貴族ならまぁ、しばしば同色の者も多い。こんな星のように……いや、まるで太陽のように金色の燃えている瞳など……。
だけど、彼女はわんわんと泣いていた。「イクス!」「イクス‼」と、何度も俺の名を呼んで。こんな泣き虫……たとえ目の色がおかしかろうと、見間違うものか。
彼女は俺の幼馴染で、妹のような存在で、俺の命よりも大切な――
「ナナリー」
俺は手を伸ばし、彼女の零す大粒の涙を拭う。
自然と、もうどこも痛くなかった。それでも俺の無事に、ますます声を上げて泣き出すナナリーが――とても可愛くて。
これが、ナナリーが聖女として聖力が発現してしまった時。
そして、俺がナナリーを“特別”だと認識した時。